(続)
冒頭近くにこういう文章がある。「一種の雰囲気を感じて振り仰いだら、川づたいの往還に、
立ち枯れたように直立している電信柱のいただきに、黒々と蹲る猛禽の視線とわたしの視線がかち合ったりした。」
「たり〜たり」になっていないなどと言うのではない。この文章の最後が「黒々と蹲る猛禽の視線とわたしの視線がかち合った」
とあったなら志賀直哉になって、もうその後の出来事はなくなる。「たり」が継続を暗示することで、
その後の出来事をこの森になかに埋め込むことができた。こうした微妙な文章の調律まで、みごとなデビュー作だ。

この新人賞の選考委員を、松浦理英子と吉田修一が今回で辞める。新潮新人賞の選考委員を掛け持ちしている
川上未映子はなぜか辞めない。川上未映子はすぐれた小説家である。何度も言うが、
でも選考委員の掛け持ちは避けてもらいたい。文学に対するリスペクトがあれば、そうなるものだ。