【文芸時評】鴻池留衣「ナイス・エイジ」 乗代雄介「未熟な同感者」 佐々木敦
http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/jihyou/CK2017062902000243.html

鴻池留衣(こうのいけるい)「ナイス・エイジ」(『新潮』7月号)が抜群に面白かった。
以前この欄でも取り上げた「二人組み」で新潮新人賞を受賞してデビューした鴻池は、第二作にして早くも大きく化けたと言っていいだろう。
インターネットの匿名掲示板に「2112」というハンドルネームで現れた人物が、自分は
二一一二年の未来からやってきたタイムトラベラーだと標榜(ひょうぼう)し、もちろん最初は
単なるネタだと思われるのだが、一回目に登場した二〇〇九年に、東日本大震災、民主党政権に
代わる自民党政権の誕生とその長期化、福島第一原発事故被災地への立ち入り禁止、という三つの出来事を
すべて「予言」し的中させていたということで、俄(にわ)かに話題となる。
(略)
「ポスト真実(トゥルース)時代の新文学」と『新潮』目次の惹句(じゃっく)にあるのだが、
これは本文中にそのまま出てくる表現である。ポスト・トゥルース。ひとは今や自分が信じたいことだけを信じる。
無意識にそうしている者もいれば、そういう時代であることをよくよくわかった上であえて「信じることにする」者もいれば、
何らかの意図をもって信じるフリをする者もいる。
時間旅行者という極端なネタを使って、鴻池は新しいタイプの日本文学を書き上げた。
クセのない文体はあくまでも読みやすく、その徹底した滑らかさは評価の分かれるところかもしれないが、とにかく
二百枚の中編を読み始めたら最後まで一息だった。それからこの小説のポイントは、大胆にも次の元号を予言してみせていることだろう。
これがもしも当たってしまったら、と思うと痛快な気分になってくる。