語り手であるイヴァン・カラマーゾフも「大審問官」中では一貫して「Онъ」(あのお方)と言っており、「Онъ=キリスト」であることは明白で、
従来の邦訳で「он」を「キリスト」(原卓也)または「イエス」(米川、江川卓)と訳していたのは誤りではありません。
また、大審問官の台詞も、初出(PDF 309頁)では Это Ты? Ты? となっています。「君、あなた」を指す「Ты」も現行の版では「ты」と小文字化されて
いますが、キリストを指すものと考えていいと思います。ちなみにこの箇所は原卓也訳では「お前はキリストなのか?
キリストだろう?」、米川訳では「お前はイエスか? イエスか?」、江川訳では「おまえはイエスなのか? イエスなのか?」となっています。
ただ、亀山郁夫氏の説は眉唾であるとしても、従来の『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」の章で「キリスト」「イエス」と訳されていた箇所は
、原文では「он」「ты」であり、初出では「Онъ」(「ОН」ではない)「Ты」と大文字で書かれていたことを、
木下氏の批判を通じて日本の一般読者に知らしめるという意義は少なくともあったと思います。