ちょうどそのときアリョーシャが彼のそばを通りかかった。どこかをさして急いでいる様子だったが、行く先は会堂の方角ではなかった。
目と目があうと、アリョーシャはすばやく目をそらして、その目を伏せてしまったが、パイーシイ神父は青年のその素振りを見ただけでも
う、その瞬間青年の心にどういう急激な変化が生じていたか見ぬいてしまっていた。

「お前まで迷いをおこしたのか?」とパイーシイ神父が不意に声をかけた。「いったいお前まで信仰の薄い人たちと同じ仲間なのか?」
と彼は悲しそうに言い足した。

 アリョーシャは足をとめて、どこかぼんやりとした目つきでパイーシイ神父をちらりと見たが、またもや目をすばやくそらし、またもやそ
の目をふせてしまった。そして横向きに突っ立ったまま、問いかけた相手に顔を向けようともしなかった。パイーシイ神父は注意ぶかく
相手を観察した。

「どこへそんなに急ぐのだ? 勤行の知らせが鳴っているではないか」と彼はまた聞いたが、アリョーシャは今度も返事をしなかった。

「それとも庵室を出て行くのか? どういうわけだ、許しもこわなければ祝福も受けずに?」

 アリョーシャは不意ににやりと口をゆがめて笑い、妙な、じつに妙な目つきでそう問いかけた神父に一瞥をくれたが、それはかつて
自分の感情と知性の指導者であり、自分の感情と知性の支配者であった敬愛すべき長老から、将来の指導を委任せられた当の人である。

アリョーシャは相変わらず、返事もせずに、敬意を表することすら念頭にないような様子で、突然片手をふったかと思うと、急ぎ足で庵室から出口の門をさして歩きだした。

「また帰ってくるだろう!」うれわしげな驚異の色を浮かべて、そのうしろを見送りながら、パイーシイ主教はこうつぶやいた。