「では、 私 が 君 に 代わっ て その 質問 に 答えよ う。 それ は こう だ。 党 は ただ 権力 の ため に
権力 を 求め て いる。 われわれ は 他人 の 幸福 などに いささか なりとも 関心 は 抱い て い ない。

われわれ は 権力 にしか 関心 が ない の だ。 富 の ため でも 贅沢 の ため でも、 また 長生き する ため
でも 幸福 を 求める ため でも ない。 ただ 権力、 それ も 純然 たる 権力 の ため なの だ。

純然 たる 権力 とは 何 か、 それ は これから 説明 する。 われわれ は 過去 の あらゆる 少数 独裁 制 とは
根本的 に 違う。 その 限り において は われわれ は 計算 ずく で 行動 し て いる。 われわれ 以外 の 独裁
者 は、 われわれ に よく 似 て い た 独裁 者 さえ 臆病 で、 偽善者 だっ た に すぎ ない。 ナチ・ドイツ
も ロシア 共産党 も、 方法論 の 上 では われわれ の それ に 極めて 近かっ た が、 しかし、 彼ら には
権力 追求 の 動機 を 口 に する だけの 勇気 は 無かっ た。

彼ら は 不本意 ながら、 そして 暫定的 に 権力 を 握っ た ので あり、 しかも 眼前 に 人間 の 自由 と
平等 を 実現 する 地上 の 楽園 が 来 て いる よう な 態度 を 装う か、 あるいは 本気 に そう 思い込み
さえ し た ので あっ た。

われわれ は そんな 手合い とは 違う ん だ。 およそ この世 に、 権力 を 放棄 する 心算 で 権力 を 獲得
する 者 は い ない と 思う。 権力 は 一つ の 手段 では ない、 れっきとした 一つ の 目的 なの だ。 何 も
革命 を 守る ため に 独裁 制 を 確立 する 者 は い ない、 独裁 制 を 確立 する ため に こそ 革命 を
起こす もの なの だ。 迫害 の 目的 は 迫害 それ 自体 に ある。 権力 の 目的 は 権力 それ 自体 に ある。
拷問 の 目的 は 拷問 それ 自体 に ある。 さあ、 これ で 私 の いわ ん と する ところ が 分り かけ た かね?」  

ジョージ・オーウェル . 一九八四年