ステパン氏が息子のピョートルに言い渡したように
「快楽を味わうにはそれと同量の苦痛が必要」である
また、この物語の祖述者であるG氏(アントン・ラヴレンチエヴィチ)
に述べているように「退屈に殺されないためには努力が必要」だ

ステパン氏は良心という内なる神に基づく自由精神(意識)によって
このような獣性に打ち克てると第1部1章で述べていたが
ステパン氏の年少の友人であり、かつての教え子
あるいはもう1人の息子(つまり分身)ともいえる
スタヴローギンは克服できなかった

といってもスタヴローギン「スタウロス(十字架)の人」は
愚鈍で意志薄弱なのではなく
自ら望んで快楽/苦痛の狭間に身を置く意思強固で理知的人物であり
そうしなければ生の実感を得られない虚無そのものと言って良い
快楽と苦痛の交差する場として設定されている
スタヴローギンの性格は人間存在の露出といっても良い

亀山郁夫が言うように生来のサディストだからとは思えないし
その無軌道な生も信仰喪失の常況に由来するからでもない
どちらかというと自意識によって神(善悪)を捕らえようとした
挑戦者的性格が強い