>>717
> つまり、だれの前にひれ伏すべきか、だれに良心を委ねるか、どうすれば結局すべての人が議論の余地ない共同の親密な蟻塚に統一されるか、といった問題をさ。なぜなら、世界的な統合の欲求こそ、人間たちの第三の、そして最後の苦しみにほかならぬからだ。」
>
> それができないために苦しんでいると
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> これはもちろん悪魔の言葉だけど、無神論者には最善の方法かもしれない
> この辺も全体主義を解き明かすヒントにならないだうか

これは「悪魔の言葉」というよりダスタイェフスキーの言葉であり、人間の実相ではないか?

「無神論者には最善の方法」というのもわかりません。宗教の本質ではないか?

そもそも隷属を愛するのは、「議論の余地ない共同の親密な蟻塚に統一され」れば、

そこには「親密さがあり」「心の平安があり」勇気や自己犠牲といった徳性も、そうした母体があってこそ、発揮されうるものだからです。

まさに「だれの前にひれ伏すべきか、だれに良心を委ねるか?」「議論の余地ない」共同の親密な蟻塚が、「存在しない」からこそ、われわれは苦しんでいる。

とげとげしく疎遠で個に分断され、精神は不安定で怒りっぽく、卑怯さと餓鬼のごとく食べ物を左手で隠す。他に奪われまいと。