アリョーシャが入口に立ってもじもじしているのを見て、長老は喜ばしげにほほえみなが
ら、その方へ手をさし伸べた。

(アリョーシャにとって、長老は猛烈な権威だった。善と正義の権威であった。だから、
もじもじしていた。)

「よう帰った、せがれ、よう帰った、アリョーシャ、いよいよ帰って来
たな、わしも今に帰って来るじゃろうと思うておった。」

アリョーシャはそのそばに近寄って、額が地につくほどうやうやしく会釈したが、急に
さめざめと泣きだした。何かしら心臓が引きちぎれて、魂が震えだすように思われ
た。彼は慟哭したいような気持ちになって来た。

(ここ数日、長老の死という高い緊張感をアリョーシャは生きてきた。だが父は待っていた。
けっしてアリョーシャを置いて、逝かないことを。ゾシマの心の中にはつねにアリョーシャ
があった)

「お前はなんとしたことじゃ、泣くのはもう少し待つがよい。」長老は右の手をアリョー
シャの頭に載せて、にっこり笑った。「わしはこの通り腰をかけて話をしている。この
分なら、本当にまだ二十年くらい生きられるかもしれんて。

(ゾシマはある意味超人的な側面を持つが、もうひとつの明らかな側面とは、すべての人の
父とならん、としたことではないか?)