(「第六篇 ロシアの僧侶」冒頭から全文を引用してコメントを入れて
いく試み。のつづき)

「さあ、せがれ、起きなさい」と長老はアリョーシャに向かって語をついだ。
「一つおまえの顔を見せてもらおう。おまえ、うちの人たちをたずねて行ったか、
 そして兄に会うたか?」
長老がこんなに正確な断固たる調子で、兄たちといわずにただ兄ときいたのが、
アリョーシャには不思議なことに思われた。しかしどっちのことだろう? どっちにして
も、長老が昨日も今日も自分を町へ送ったのは、そのひとりの兄のために相違ない。

「ふたりのうちひとりのほうだけに会いました」とアリョーシャは答えた。
「わしがいうのはな、昨日わしが額を地につけて拝(はい)をした、あの上の兄のことじゃ」
「あの兄さんとは昨日会ったばかりで、今日はどうしても見つかりませんでした」とアリョ
ーシャは答えた。
「急いで見つけるがよい。明日はまた、急いで出かけるのだぞ、何もかも棄てて急ぐ
のだぞ、まだ今のうちなら、何か恐ろしい変を未然に防ぐことができようもしれぬ、わ
しは昨日あの人の偉大なる未来の苦悩に頭を下げたのじゃ。」
彼は急に言葉をきって、何やら思い沈むかのようであった。それはふしぎな言葉
であった。