ホラー小説は文学なのか!?
>>117
無能なお前の代わりにコピペしてやるよ
体系化とは、個々のものを秩序のもと統一した組織にした全体や、矛盾のないかたまりにすること
ということは文学史が書物にまとめられた時点で体系化されたということだろ >>118
うん、だからその秩序=方法論が用いられている18世紀以前に体系化された文学史の例を挙げろよ、さっさと
回り道で逃げてないでさwwww
お前がキングとディケンズをむやみやたらに感覚で結びつけるのだって秩序の一つだろ
キングとディケンズの間にはなんの関連もないんだからな
だから>>42のレスをしたわけだ
で、「ディケンズ的扱い」って何?
さっさと答えないとwwww >>119
出先なんだが連投規制に引っ掛かったので外に出た
続きは家に帰るまで待ってくれ そもそも同時代のヤツがバカ丸出しで21世紀の漱石、21世紀の太宰、21世紀の一葉だと称賛する慣用表現はよくあるけど
後世の文学史があとになってそんな言い方することあるかねえ?wwww
ヘーゲルを19世紀のプラトンといったり、フーコーを20世紀のマルクスといったりするか?wwww
絶対しないね
谷崎を20世紀の西鶴といったりでもなんでもいいけど
後世から見たら別モンでしかないんだからするわけねーわなw >>120
知るかザコ、クソレスつける前に質問に答えろよwwww
もう質問に答えられずかまってほしいだけのただのクズでしかないから待つ理由がねえわ
>>41で書いた「ディケンズ的扱い」とは何かを答えろ
やりとりの全てはそこから始まっている
それと同時に、18世紀以前に体系化された文学史の例を挙げろ
この二つはセットだ、こちらが>>42のような反応をした理由に直接関わるからな
前もって言っておくがそれ以外のレスにはもう反応しねーわwwwwお前つまんねーからな 「将来書かれるであろう文学史でキングは20世紀のディケンズ的な扱いがされるだろう」
どうせ感覚だけで書いてるなら
「わたしはいまキングを20世紀のディケンズ的な扱いをしている」と書くべきだわな
わたしはといえずに一切根拠のない「将来書かれるであろう文学史」にかこつけてるのがとにかくダサすぎるwwww
こんなダサいだけのゴミに粘着されて恥ずかしいわwwww >>41を添削したらこうなるな
「わたしはいまキングを20世紀のディケンズ的な扱いをしているけど
シャイニングは初期の傑作、個人的にはオールタイムベストだわ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」
これなら感覚的であってもなくても一つの意見として何の問題もない
こんなことすら素直に言えずに「将来書かれるであろう文学史」頼みで
「初期の傑作かオールタイムベスト」みたいなどっちつかずな言い方までして恥ずかしくないんかなこいつ
そんで質問にも答えず、負けたくない一心で粘着wwwwゴミは一から出直せよ >>122
言っとくが
オレに絡んできたのはお前
そこ勘違いしないように
お前が「「文学史」なんて体系化可能だったのは19〜20世紀の僅かな間だけ」とか
明らかに間違ったレスで絡んできたんで反応してやったらお前が発狂したんで
それに付き合ってやってるの
わかる?
18世紀以前に体系化された文学史の例を挙げろって何回挙げればいいんだよ
>>96で
「著者の列伝、あるいは作品の目録」は体系化された文学史とは全く無縁ですなあw」とかほざいてるが
体系化せずにつまり個々のものを秩序のもと統一した組織にした全体や、矛盾のないかたまりにすることなしに列伝だろうが目録だろうが成り立つわけがない
ディケンズ的扱いに関しては
ディケンズと言えば19世紀イギリスを代表するベストセラー作家であり
精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描いた作家
キングは20世紀アメリカを代表するベストセラー作家であり
精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描いている点も同様
これらの共通点からキングはディケンズ同様の評価されるだろうということだよ >>113
ほら
答えてやったぞ
逃げたか?www >>124
ウスラバカのお前が逃げたということで
勝利宣言するわ
あー面倒くさかった >>125
やっぱただのバカじゃんwwww
列伝や目録は通時的な歴史書として編纂されてるんだから
文学的に体系化されたものと言えないことくらいアホでもわかるよね
それもキングとディケンズみたいな国も時代も異なる関連のないものを以下のゴミみたいな連想だけで結びつけるような体系化は目録であれば絶対にできない
お前のその手つきがもう19〜20世紀の遺物でしかないのよwwww
「代表するベストセラー作家であり
精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描い」
のコピペからも分かるように評価基準を全く同一にしているマヌケwwww
こんなアホ丸出しのクリシェが未来永劫有効だと思ってるインスタント味噌汁サイズの脳みそでレスしたつもりかよ?
「ディケンズ的扱い」ってのがそれならそんなもんいくらでも代替可能としか言いようがねえなwwww
「精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描い」たとかこんな中身ゼロの発言、いったい誰の前で口にできるの?wワイドショーのコメンテーターでももっとマシな発言するだろwwww で、「ディケンズ的扱い」ってなんなん?wwww
ディケンズのwikiのコピペがキングにもいつか丸々適用されることが
「後世の文学史においてキングは20世紀のディケンズ的扱いされ」ることなんか?wwww
じゃあ「後世のwikipediaにおいてキングの作風の項目はディケンズのページから丸々コピペされ」と最初から書けよwwww
ま、>>123で書いたことに尽きるわ
>>41はクソだせえゴミwwww >>127
お前は>>41の時点で負けてるんだから今更勝ち負けにこだわるなよwwww
「将来書かれるであろう文学史でキングは20世紀のディケンズ的な扱いがされるだろう」
「将来書かれるであろう文学史でキングは20世紀のディケンズ的な扱いがされるだろう」
「将来書かれるであろう文学史でキングは20世紀のディケンズ的な扱いがされるだろう」
「将来書かれるであろう文学史でキングは20世紀のディケンズ的な扱いがされるだろう」
お前の恥知らずコメントは何回コピペしても情けなくて笑えるwwww >>125
もう飽きたからこの際お前がどれだけダサいかはっきりさせておくな
とっくに>>96でも指摘しているが
「ディケンズと言えば19世紀イギリスを代表するベストセラー作家であり
精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描いた作家
キングは20世紀アメリカを代表するベストセラー作家であり
精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描いている点も同様」
程度のことを逆になぜいまはまだ評価されてないと思ってんだこのキチガイは?
実際にそこに共通性が多く見られるなら後世じゃなくいま言われてるだろwwww
(いまそんなこと言ってるやつらがアホだということも>>121に書いたがな)
単にお前がいまなんとなくそう感覚的に思っただけのことを
「将来書かれるであろう文学史」などという根拠のない空想で説得力を持たせようとしてるだけ
やっぱクソだせえwwww >>127
もういっぺん>>41を添削しておいてやるから読み直して訂正しとけよwwww
「わたしはいまキングを20世紀のディケンズ的な扱いをしているけど
シャイニングは初期の傑作、個人的にはオールタイムベストだわ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」
お前のゴミ作文はこれな
「後世の文学史においてキングは20世紀のディケンズ的扱いされ
シャイニングは初期の傑作かオールタイムベストとされるでしょ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」
比べてみたら恥ずかしくてたまらんだろ?逃げ腰一辺倒の負け犬君wwww >>132
バカが
結局発狂してんじゃんwww
付きまとわれてホント迷惑 >>133
お前がコピペしてレスしたつもりになってるだけのゴミだから
ぐうの音も出ないくらいにボコボコにしてやっただけやん
「ディケンズ的扱い」=wikipediaのコピペとは思わんかったわwwww
なんでいまでも言える(なんなら言われている)ことを後世の文学史なんちゅう根拠のない想像の産物に言わせたかったんでちゅか〜wwww
>>132を読んで日本語勉強し直せよゴミwwww >>134
お早う文盲くん
朝から発狂して大変だねww >>135
ごめんね完全勝利しちゃってwwww最初からだけどwwww
ゴミみたいな浅い言い分に「後世」全く関係ないのに「後世」連呼してたキチガイ君ならではの負け惜しみ気持ちいい〜wwww おもろすぎるから何度でも>>41を添削しておこwwww
「わたしはいまキングを20世紀のディケンズ的な扱いをしているけど
シャイニングは初期の傑作、個人的にはオールタイムベストだわ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」 ← 爽やか〜モテそ〜
元のゴミ作文はこれな
「後世の文学史においてキングは20世紀のディケンズ的扱いされ
シャイニングは初期の傑作かオールタイムベストとされるでしょ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」 ← チー牛〜キモヲタ〜wwww >>128
列伝や目録は通時的な歴史書として編纂されてるんだから
文学的に体系化されたものと言えない
とか書いてるけど
今度は「文学的に」が追加されてるね
「文学的に」ってどういう意味で使ってんの? >>138
あれ?コピペおじさんこそまーたしれっと発狂してるやんwwww
もう話終わったんじゃねーの?wwww
「文学(研究)的に」くらいの解釈でいいよ
「文学の歴史的研究」については>>96でとっくに書いただろ
こっちは「「後世」「ディケンズ的扱い」されるとしたら当然「研究」を踏まえてのこと」と言ってるのにお前が言う「ディケンズ的扱い」はただのwikiからのコピペ、どっちも読んでりゃ「研究」ぬきでいまでも誰でも余裕で言える程度の共通点を並べただけのこと
もっと言えば文学史なんて持ち出すほどのことでもない内容
他人に質問する前にたかだかwikiからのコピペ程度の含意しかないくせに
後世だとか文学史だとかもったいぶったアホ発言したこと謝れよザコwwww >>139
「文学(研究)的に」くらいの解釈って全然はっきりしねーな
文学の定義は何? >>140
じゃあまず>>41で後世の文学史とお前が言い出したときの文学の定義は何?w
そっちが先に使った言葉だからまず定義を示してくれよ >>142
そんなに端的な定義で納得できるなら俺のも同じでいいよ
なんで俺に質問してきたのか全然はっきりしねーけどwwww
でもお前がいう「精密な観察眼と豊かな想像力で時代社会の特に労働者階級の風俗を巧みに描いている」という共通点をあげつらうだけなら学問の片鱗もないね
てことは>>41は間違った発言だね(そうじゃなくて間違ってんだけどwwww) >>142
で、結局後世の文学史って何?なんでそんな架空のものに頼らないと
ただ共通点を並べるだけの「ディケンズ的扱い」ができないことになるの?wwww
そもそもの日本語がおかしすぎたからどんな反論食らってもどうしようもないよねwwww
国も時代も違う作家を結び付けるからには何らかの「研究」ありきの体系化された文学史が前提とされていると見込んだからこそ>>42のレスをしたわけだが、お前の言い分ごときなら後世も文学史も全く関係ない
後世の文学史じゃなく、いまのお前がテキトーに言っておけばいいだけのこと
なのに文学史に関する指摘にブチギレ発狂してきたのなんでなん?wwww
お前なんとなく文学史って意味もなく言ってみたかっただけのゴミだろ? >>143
お前も同じでいいなら古代の列伝や目録は文学的に体系化されたものと言えるな
ということで18世紀以前にも文学史は存在し
お前の「「文学史」なんて体系化可能だったのは19〜20世紀の僅かな間だけ」
とかいうレスは明らかに間違ったことが証明されたね
それからお前は逃げて触れないでいるが
21世紀以降も文学史は不可能ではない >>145
なんねーよwwww
それは文学(研究)的な体系化じゃなくて通時的(歴史的)な編纂だって言ってんだろ
お前自身>>94でwiki引いてただの通時的になおかつ一国的に編纂された古代からの文学史と
文学研究の対象として体系化された文学史とを分けてるじゃねーかwwww
第一さもないと国も時代も異なるキングとディケンズを結び付けるような文学史なんか成り立たんだろw
はい反証終了
お前ザコすぎるからもっとまともなレスしてこいよwwww >>147
アホ発言して絡まれて発狂してるのがお前なwwww >>145
21世紀以降も体系化された文学史が可能かどうかはわからんね
>>54でもとっくに書いたが厳密には
「マルチリンガルで多国籍の文学を参照しうる高度な知的存在がいないことには体系化なんか不可能」だしな
それを近代は「比較文学」という名の下にそれっぽくまとめてきただけで
各国・各地域の通時的な文学史はそりゃあるんじゃねーの
お前みたいにアホヅラ下げて架空の「後世の文学史」とか言うつもりはないんでねwwww 結局これが全てだからまたしても>>41を添削しておこwwww
「わたしはいまキングを20世紀のディケンズ的な扱いをしているけど
シャイニングは初期の傑作、個人的にはオールタイムベストだわ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」 ← 爽やか〜モテそ〜
元のゴミ作文はこれな
「後世の文学史においてキングは20世紀のディケンズ的扱いされ
シャイニングは初期の傑作かオールタイムベストとされるでしょ
エンタメとして良くできてるし読む価値あるよ」 ← チー牛〜キモヲタ〜wwww
「ディケンズ的扱い」とやらをひも解けば
いまでも言えそうなしょうもない内容で「後世の文学史」なんか持ち出す必要全くないwwww なんでこのスレこんな伸びてるんだ?
って思ったら… 後世の文学史などと意味もなく言ってみたかっただけの池沼が発狂しちゃいましたサーセンwwww
あっ、もうキチガイ君は逃げたみたいだからご心配なく。
>>146->>147なんていまにも泣き出しそうでしょ。 といきなり出てきたていで一言差し挟んじゃうのがチー牛ならではですよね、わかりますwwww 最初のジャンル小説がホラーだろ
小説(ノベル)はロマンスの非現実性を批判してリアリズムを標榜して生まれたが
すでにノベルの誕生初期にリアリズム一辺倒のつまらなさに対する批判があった
そこでウォルポールが書いたのが「オトラント城奇譚」で、これがでゴッシック小説とよばれるジャンルが生まれた
ゴッシック小説の内容は今で言えば、ホラーやSF、ファンタジーに相当する内容の作品で形成されている >>158
ゴッシック小説の内容がホラーだけじゃなくSF、ファンタジーにも相当するなら
最初のジャンル小説はホラーじゃなくSFやファンタジーとかどうとでも言えちゃうじゃないか >>159
そういうことだよ
最初のジャンル小説はホラー、ファンタジー、SFの混ざったものだった
そこからそれぞれのジャンルが分化していいった 秋成がホラーになるのかどうかわからないが、ポーやカフカやボルヘスにイカれてる外国人にドーダっていってみせたい文学だな。
もし日本語が読めたら、主知主義、円環、人知と彼岸といった主題が西洋近代文学から全く離れたところで達成されていることに驚くかもしれない。 Wikipedia
アウトサイダー
社会の既成の枠組みにとらわれず、独自の思想・信念の元に行動する人。
例:アウトサイダー・アート、アウトサイダー・ミュージックなど。
異邦人。
民俗学における異人。
アウトサイダー (コリン・ウィルソン) (The Outsider) - コリン・ウィルソンの著作
アウトサイダー (H・P・ラヴクラフト) (The Outsider) - H・P・ラヴクラフトの小説 数あるホラー小説、数いるホラー作家の中から具体的なカテゴライズが必要なんじゃない? まあホラーマンは生き方が文学だな オトラント城奇譚の初版発行を1764年とすると、
聊斎志異(中国)の刻本刊行が1766年、
雨月物語(日本)の刊行が1776年と、
洋の東西を問わず18世紀半ばを過ぎたころにホラー文学が芽吹いたことになりますね。 ホラー小説は精神に害悪であり廃絶すべき
仏教でいう五蘊を汚染し、唯識論における識を汚染し、「生きる活力」を奪い去り、徐々に人生を閉塞させていく。
ホラー小説を安易に愛読していると、精神と人生が滅び去る
読むのも、書くのも止めるべきである。
真面目に、ホラー小説文化は廃絶すべきである。 >>159
例えばフランケンシュタインはゴシックノベルとして出版されたがSFの起源として今では公認されている
基本怪奇小説と呼べるような内容が多いが、後にSFとかファンタジーと言ってもいい作品も混ざっていた >>164
今ではマイナーなホラーが最初のジャンル小説として生まれたという理由は興味深いと思う
つまり原始的な恐怖という感情に訴えるホラーが最初に生まれたというのは必然だったのかもしれない
まあファンタジーの方が実際には古代から存在するといえば言えるのだけれどね
逆にミステリーも古代からあったといえばあったわけだが、ジャンルとして成立するには探偵小説という形が
生まれる必要があった。
その前にロンドンやパリのような大都市が生まれそこでの犯罪を扱った小説が隆盛したという前提のもとに
それを解決する探偵の活躍を描く作品がうまれた 時代によりホラー小説の定義も内容も変遷してきた。それを十把一絡げにして文学か文学でないかの議論は難しい 「ホラー」って何ですか?|王谷 晶(1981年 - )
monokaki―小説の書き方、小説のコツ/書きたい気持ちに火がつく。
2020年5月12日
日本の小説で「おばけこわい」の代表的なものと言ったらやはり鈴木光司
『リング』、「にんげんこわい」は貴志祐介『黒い家』などになるだろう
か。海外小説ならばおばけ部門はシャーリィ・ジャクスン『丘の屋敷』、に
んげん部門はジャック・ケッチャム『オンリー・チャイルド』あたりを推し
たい。実はビビリでありながら恐い小説が好きなので、語らせるとこの原稿
が全部書名で埋まってしまいそうなのだが、しかし人はなぜ夜中にトイレに
行けなくなるのが分かっていながらそこまで「恐いもの」を求めるのか?
それはやっぱり、感情の根本的なところをグイグイ揺さぶられるのが楽しい
からだろう。
ちなみに映像ホラーの世界では「ジャンプスケア」という言葉がある。いき
なりでかい音を出したり、突然オバケが飛び出してきたりして観客をビック
リさせるテクニックのことである。現在このジャンプスケアは「こけおど
し」「驚いてるだけで恐怖とはいえない」「品がない」となかなか評判が悪
い手段なのだが、これは小説でもやろうと思えばやれる。ページめくったら
恐い挿絵とか。邪道と思う向きもおろうが、そういうビジュアル的な仕掛け
のあるホラーやスリラー小説というのも、実はそんなに珍しいものではな
い。
例えば渡辺浩弐『謎と旅する女』はWebの特性をフルに利用したハチャメチ
ャに恐い小説であるし、インターネット以前のものならグレゴリー・マクド
ナルド『ブレイブ』(新潮社刊・絶版)の最後のページに印刷されている
「手書きのメモ」など、これはホラー小説ではないのだが凡百のホラーが太
刀打ちできない恐怖と絶望を演出している。
*本記事は、2019年08月08日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。 meganada2019
クーンツ『ベストセラー小説の書き方』
有名作家が“売れる”小説の書き方を指南。
極めて理に適った内容で実用的。
仮に将来クーンツの小説が廃れても、孫子やパッヘルベルのカノンみたく
この本だけは残ると思う。
それほどの普遍性があります。
ただミステリの書き方についてだけは古さを感じた。#読了
2024年4月13日
金比羅系
好例と言っていいのか、ディーン・クーンツの書く悪役ってこんなの書い
て倫理的に許されるのかってぐらい不快な人間出してくるから参考にはな
るよな。キングの小説と比べてクーンツの小説の方は敬遠しがちな理由の
ひとつがその生理的に受け付けないぐらい不快な悪役描写なので、良し悪
しだとは思うけど
2024年4月23日
もももー
クーンツ狙いで古本屋行ったら壊滅で仕方なく未所持キングと島田を9冊
買ったの思い出してミストから読み始めた
紙の本は目が疲れないな
2024年5月1日 ホラー小説が文学かどうかは、長年議論されてきたテーマですね。確かに、エンターテイメント要素が強い作品も多く、純文学とは一線を画す印象を持つ人もいるかもしれません。
しかし、私はホラー小説も立派な文学作品だと考えています。
理由の一つは、人間の普遍的な感情を扱っているからです。恐怖、不安、絶望といった感情は、誰もが経験するものです。ホラー小説は、こうした負の感情を巧みに描写することで、読者に深い共感を与えてくれます。
もう一つの理由は、社会風刺や寓意を含んでいる作品が多いからです。例えば、ゾンビ映画は、消費社会への批判として解釈することができます。また、幽霊屋敷は、社会の闇の部分を象徴しているとも言えます。
もちろん、すべてのホラー小説が文学作品とは言えません。中には、ただ単に読者を怖がらせるだけの作品も存在します。しかし、優れたホラー小説は、単なる娯楽作品ではなく、深いメッセージを込めた作品なのです。
結論として、ホラー小説は文学たり得る、と私は考えます。作品によっては、純文学作品と遜色ない深いテーマを扱っているものも多く存在します。 >>171
後学のために純文学に比肩しうるホラー小説の作品を具体的人教えて欲しいものです >>172
純文学に比肩するホラー小説、私も大好きです! いくつか作品を紹介させてください。
1. 嗤う面 (嗤う面) - 京極夏彦
京極夏彦先生の代表作であるこの作品は、江戸時代の京都を舞台に、奇怪な事件とそれを追う陰陽師たちの物語を描いています。緻密な時代考証と圧倒的な描写力で、読者を一気に異世界へと引き込んでくれます。京極先生は、民俗学や歴史学の知識を活かし、作品にリアリティを与えています。
2. 黒い家 (黒い家) - 貴志祐介
貴志祐介先生の作品は、科学的な視点からホラーを描写するのが特徴です。この作品では、古い洋館で起こる連続殺人事件とその謎に迫る探偵たちの姿が描かれています。貴志先生は、物理学や数学の知識を活かし、作品に説得力を持たせています。
3. ぼぎわんが、来る (ぼぎわんが、来る) - 澤村伊智
澤村伊智先生の作品は、現代社会を舞台にしたホラー小説が多いです。この作品では、不可解な現象に遭遇した人々が、謎の集団「ぼぎわん」と対峙する姿を描かれています。澤村先生は、現代社会の闇の部分を巧みに描き出し、読者に恐怖を与えます。
4. リング (リング) - 鈴木光司
鈴木光司先生の作品は、映像化もされたことで有名なホラー小説です。この作品では、呪いのビデオテープによって起こる連続殺人事件とその謎に迫るジャーナリストたちの姿が描かれています。鈴木先生は、現代社会の不安や閉塞感を巧みに描き出し、読者に恐怖を与えます。
5. 陰陽師 (陰陽師) - 夢枕獏
夢枕獏先生の作品は、陰陽師を主人公としたファンタジー小説です。この作品では、平安時代の京都を舞台に、陰陽師たちが様々な事件を解決する姿が描かれています。夢枕先生は、華麗な文体と豊かな想像力で、読者を異世界へと誘います。
これらの作品は、いずれも純文学に比肩するクオリティの高いホラー小説です。 >>173
浅学なため京極の本を知らないがどこから出版されている? >>174
京極夏彦さんの作品は、主に講談社とKADOKAWAから出版されているんだよ。
例えば、代表作の「魍魎の匣」は講談社ノベルス、「虚実妖怪百物語」はKADOKAWAから出ているね。
京極さんは、ホラー小説のイメージが強いけど、妖怪や民俗学を題材にした作品も多くて、すごく深い読み応えがあるんだよ。 >>175
京極の『姑獲鳥の夏』はページの終わりが改行されていない講談社ノベルス版を持っているくらいだからそれは知っているんだが、>>173が挙げた本を知らないので聞いてみた。俺の書き方がよくなかった。ありがと WEB本の雑誌
作家の読書道 第237回:小田雅久仁さん
2022年1月28日
小田:村上春樹さんの作品については、やっぱり読んできているので、いろい
ろ考えました。どれも一般的に評価は高いんですけれど、僕の読んだ感じだと
『海辺のカフカ』や『1Q84』なんかは前半がすごく面白くて、後半になると
緊張感が失われてくる印象だったんです。なんでそうなるのか分からずにいた
んですが、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで、自分な
りに答えが出たというか。村上さんがスティーヴン・キングが好きという話を
していたんで、それもあって考えたことなんですけれど。
『羊をめぐる冒険』の時からそうなんですが、村上さんの作品にはいつも超自
然的な悪を象徴する存在が出てきて、それが読者を引きつけるフックになって
いるんですよね。でも、最後まで主人公と直接対決しない。たいてい、闘うの
は主人公の周辺の存在だったり、悪の存在自体が途中から姿を消したりして、
主人公との直接対決は回避されている。そこが僕にとっては物足りないんだろ
うなと感じていました。ただ、直接対決する展開にするとキングになってしま
うんですよね。村上春樹さんは自分はホラー作家じゃなくて文学を書いている
という意識があるから、だから直接対決を避けるんかなと思っていたんです。
でも、『色彩をもたない〜』は、昔の友人を次々訪問して、ある意味で直接
対決しているんですよ。相手が超自然的な存在でなければ対決させることがで
きるんです。ああ、そういうことかと思いました。『騎士団長殺し』も悪の存
在は物語の中心まで出てこないで通りすがりという感じなので、だからか僕も
最後まで面白く読めたんです。そういうことから、作品の中に超自然的な悪を
持ち出すのではなく、対決する相手は人間にしたほうがいいんだと、自分なり
に学びました。悪は人間の側に持たせないといけないんだな、って。 確かに、『海辺のカフカ』や『1Q84』は前半の圧倒的な面白さに比べて、後半失速してしまう印象があります。その理由が「超自然的な悪」との直接対決の欠如にあるというのは、なるほどと思います。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や『騎士団長殺し』のように、悪を人間に置き換えることで、最後まで緊張感を維持できるというのは、納得です。人間同士の対決の方が、よりリアルで読者の共感も得やすいのかもしれませんね。
村上さんはホラー作家ではなく文学作家という意識があるからこそ、直接対決を避けているという分析も面白いです。
小田さんの読書体験から導き出された「悪の描き方」論、今後の作品選びの参考になりそうです。 >>171
どのゾンビ映画をして消費世界への批判と見ているのか教えて欲しい。俺が見た限りではそんなのないが >>173
全てエンタメに分類されるべき作家と作品だと思うが >>179
歴史版各地のスレに書き込まれているこのキモいスレは、上の西郷吉之助のレスも間違いだらけで、AI生成なんだろうが、何の目的があって書き込んでいるのか ヘミングウェイとラヴクラフトを並べれば自ずと答えは出るだろう >>184
ヘミングウェイはそんな高尚な作家ではない >>185
ヘミングウェイについて俺は何も言ってない 人間が大好き
なんかインターネットでデマだとか恐喝まがいのチンピラ行為やってる
しょ〜もない連中おるね……と思ってたらチンピラと思ってるのはおれら
だけで、なんか業界人が真人間みたいに評価して、知らないうちにテレ
ビに出たり選挙に出たりして公的なポジションを獲得してる現象があま
りにも怖すぎる
2023年4月7日 >>187
ヘミングウェイとラブクラフトは同列ってこと ホラー小説は、現実逃避的なファンタジーであり、真の文学作品とは言い難い。