アニ録ブログ
2019-07-04
アニメレビュー雑感:カノンとの小さな戦い

蓮實重彦は,ことあるごとに映画史の〈カノン〉を忌避する発言をしている。

〈カノン(canon)〉とは宗教教義における「正典」のことであり,
要するに「映画を語りたければこれを観ろ」というような規範のことだ。
映画界はしばしば「ベスト〇〇」といった形で「観るべき作品」をリストアップし,大衆もそれをありがたく受け入れる。

ところが映画批評における権威であるはずの蓮實は,この〈カノン〉の存在を悉く忌避する。
その理由を,彼は「ある種の動きを止め,それ以外の作品に対する好奇心を低下させてしまうから」だと述べている。

ある種の権威ある存在が,そのような形で数を限定してしまうと,
映画史をかたちづくるおびただしい数の作品とどうつきあえばよいかわからなくなり,
これを見ておけばよいという怠惰さから,見る作品が限られてしまいがちなのです。*1

蓮實はこの絶対的〈カノン〉に対して,批評家の「複数性」の重要性を説く。
「この傑作を見なければ失格だというような権威ある声」ではなく,仮にその時々で注目されていなくとも,
その作品を好きになってもいいと言ってくれるような「複数の声」。そのような声こそが,
世にある膨大な量の作品に対し,鑑賞者の心を開かせてくれるのだ。

*1:蓮實重彦『映画論講義』p.10,東京大学出版会,2008年