【日本的スノビズムの】蓮實重彦5【法王】
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730 吾輩は名無しである[] 2021/01/31(日) 21:07:44.89 ID:drGtoE/r
日本的スノビズムの法王
733 吾輩は名無しである[] 2021/01/31(日) 22:29:05.18 ID:P159AI3e
≫日本的スノビズムの法王
これは、否定的評価でありながら、どうじに、なにかしら敬意も感じさせて、たいへんよい。
前スレ
【日本的スノビズムの】蓮實重彦4【法王】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1616747515/
過去スレ
【ばふりばふり】蓮實重彦 X+3【120度】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1562762562/
【翳りの歴史のために】蓮實重彦2【仮死の祭典】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1611357116/ スレッドが立ってよかった。
ありがとうございます。 「日本的スノビズムの法王」と評したのは、浅田彰?
それは知らなかった。 確か対談で言ってたと思います面と向かって「スノビズムの法王」と浅田彰が蓮實重彦に😂 「スノビズム」というのは、否定的な意味合いがある。
しかし、それでも「法王」という言葉をつかっても、さほどおおげさに思えない知識人は、
蓮實重彦のあとは、もう出ないんではないですか。 ちくまの連載些細なことでいちいちイライラしてる荒んだ生活してる老人みたいな感じで心配だっ! 「新潮」に載った青山真治追悼文がよかった
VHSのデッキが壊れるくだりにはユーモアが漂う
早世した子息重臣と青山、その妻とよた真帆の麗しい関係にしんみりする
そして、86歳になってしまった自らの高齢を嘆く なんだあ?
見てない間にコテが棲みついてる雑談スレになってるのか お前ら俺は煽ってたのにこいつとは馴れ合うのか
エコ贔屓してんじゃねえ 引用、お前俺のことは煽り倒してコピペの絨毯爆撃で俺を追い出したのにコイツとはよだれ垂らして目をキラキラさせながらゴロニャンと馴れ合うのか 今日からこのスレは俺が仕切る
Pとかいうクソコテは消えろ
俺が立て続けて育てたスレを美味しいとこだけ掠め盗ろうとしてんじゃねえよ
引用、お前も消えろ
何一つわかってない馬鹿なんだからよ >>7
お前なあ
俺の前では散々御前〈ムスィユー〉のこと馬鹿にし倒してた奴が何が「蓮實重彦のあとは、もう出ないんではないですか。」だよ馬鹿野郎 Pとかいう奴はHIPHOP板板でも自分の雑談スレ回しててこっちでも人気者とかムカつくわ
俺は嫌われて煽られて追い出されたのに
俺はHIPHOP板でも嫌われてるんだぜ
人気者になるコツ教えろや Young Stoner Lifeがエライことになってるからそれどころじゃないんだぜ さっきも言ったが、今日からこのスレは俺の “何でもあり” スレにするからな
河出文庫
ディフェンス
ウラジーミル・ナボコフ(著/文)若島 正(翻訳)
発行:河出書房新社
文庫判 336ページ
定価 1,120円+税
発売予定日 2022年7月6日
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784309467559 >>1
俺はスレ立てる時はコテ外してた/外すけどキッチリ名前入れるところに本性のいやらしさが出てるな 御前〈ムスィユー〉の新しい作物『ショットとは何か』ドロップされたな
扱ってるのがグリフィス、フォード、シーゲル、小津、コッポラ、トニスコ、デイヴィッド・ローリー(誰やねんこいつ)らへんで
あまり興味を惹かれないからパス 引用、たけしおじさん死んじゃったみたいだぞ
映画板のたけしスレにも姿を現さなくなった このスレもたけしおじさんがいないんじゃ面白くもなんともない コテやってると名無しから「クソコテクソコテ」と煽られる──前スレで引用その他の名無しに散々ターゲットにされた──のに名無しに媚びて仲良くやる秘訣を教えて貰いたいものだ ブッシュの時かな、蓮実はアメリカを擁護しなければいけない、
なぜなら、アメリカはいい映画作品をつくるから、と言っていたけど、
ハリウッドとかかなりヤバい感じでつくるんだろ。
犯罪やってレイプとかで反応した仕草を見るとか。 アメリカはウクライナには武力干渉できないよ
核戦争になるからな
プーチン、あれ頭おかしそうだから簡単に核ミサイルのスイッチ押すよ
せいぜい外堀を埋めるぐらいしかできん >>17
どこまで本気で書いてんの?俺は頼まれてスレ立てただけじゃん 全部 “冗談〈ジョーク〉” で全部 “マブ(本気)” や
ま、自分の個人/雑談スレならともかく、不特定多数が書き込む御前〈ムスィユー〉がテーマのスレは普通コテ外してスレ立てるやろ、常識的に考えて
「これは俺のスレですから」って “刻印” 押すのイヤラシわあ >>30
俺はコテを外さない事を自分に課してるから仕方ないんだよ。外したら二度とつけないと決めてるからね。 >>32
だから刻印刻んでるんじゃないんだって。わからないかな? アトランタ連銀総裁、「さらなる行動」を支持−インフレ高止まりなら
アトランタで起こっていることは↑です。 >>34
それどころじゃねえって自分から絡んで来ておいてどんだけ自分勝手なの?何様なんだよ? 「絡んで」w
お前なんかに「絡んで」ねえよw
「アホ扱い」してるんだがw すーさん
@pQbmhDczVnKjwnE
·
56m
ある意味、庵野秀明や樋口真嗣は蓮實重彦なんかに言わせれば全てフレームの選択が間違っているということになるのだろう。だが、私にいわせれば庵野の場合はそのフレームの変さも含めた才能だからね…。
すーさん
@pQbmhDczVnKjwnE
·
51m
1950年代から映画を見てきた蓮實重彦にとってはそれは生理的に受け付けないアングル、フレーム、リズムであり、それはわかる。庵野秀明のアングルなんか邪道しか入ってないもん。だけど、それが妙な圧迫感、心理状態を表現していて、その気分はある意味自分にもしっくりくるところもある。
すーさん
@pQbmhDczVnKjwnE
·
48m
ゴダールはアングル、フレーム、リズム全部ぶっ壊しているように見えて実は本当に綺麗。もともとちゃんとしたもの見て壊しているのがわかる。庵野や樋口真嗣はTVとかも含めた雑食から入ってるからねえ。私も人のこと言えないが…。 話が通じない馬鹿だって解ったしな
完全に「刻印刻んで」て「刻印刻んでるんじゃない」とか言ってることが意味不明だからな
そういうのは「お前の意志」がどうこうではなく「傍(はた)からどう見えるか」だ
お前の行為は120%「刻印刻んで」るんだよ
それすら意識することなく “鈍感さ” に基づいてやってるなら「意識的に」やるより更に “質(タチ)” が悪いわ 引用さあ
お前自分の考え書くとけっこう面白いんだから他人の文章なんかに頼らず自分でレスしなよ 蓮實スレッドの住民は、だいたい知的水準が高く、
知識が豊富なので、
説明不要のことが多い。
しかし、全員がすべての話題に対し予備知識があるわけでもない。
だから、自分の意見を述べるさいに、
引用した文を読んもらうことで
前提的な知識の不足を補っていただくことは必要である。
ましてや、文学板全体では、
蓮實スレッドの住民のように
みなの知的水準が高いじゃいわけではなく、トンチンカンな人も多いのだ。 蓮實スレッドと三島由紀夫スレッドでは、
住民の知的レベルが,院生と高校生くらいちがう。 まあ、右傾化する人間、右翼的価値観に疑問を抱かない人間は脳に何らかの欠陥があるからな
御本尊の三島にしても、勉強は恐ろしく出来て迸るような文学の才能があったが脳に致命的な欠陥があった つかさ
「予備知識」「前提的な知識」ナシで丁々発止で遣り合うから面白いんじゃん
“説明過多” な映画ほどつまんねえものはねえべ ま、そういうことなら別にいいけどね
納得した
ただしほどほどにしておけよ
見づれえし煩雑だから と、俺と引用の会話のレヴェルに連いてこれず置いていかれるコテハンくんとID:PKgOY6ngくん >>49
蓮實スレッドの住民は、批評が意味から離れることのいきすぎには
現時点で疑問を持っている人が多いけれども、
批評が「意味の詮索」ばかりしていた頃には、
それも意義があっただろうということは認めている。
三島スレッドの住民は、批評理論について何も知らない人が多く、
そもそもそういうことを考えたことがない。
そういうわけで、三島作品について三島事件とのかかわりで、
「意味の詮索」をするということに終始する。
これは、右傾化云々ということとは、また別の話だ。 >>50
そうはいっても、ポストモダニズム的なエスプリやユーモアなんて、
たとえ東大で文学をやったような連中にだって、
ロスジェネよりも下の世代には、ぜんせん伝わらないですよ。
冗談なのに、「本気」で言っていると思われますから。 >>54
わかるわー
思ってる以上に全く通用しないよね
若い世代では本当に知的だなってやつほどきちんとスルーしてる
もう中年同士の狭小な内輪以外ではやめたほうがいい 蓮實重彦の青山監督追悼文から
[ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1960年)以降、映画はどう撮ってもよいという愚かな思いこみが世界に行きわたった。
だが、優れた映画作家は、誰もが被写体に向けるキャメラの位置、距離、アングル、そのショットの長さなどを、これしかないという絶対的なものとして映画を撮っている。
しかも、その技術的な厳格さは、彼らが世界に向ける瞳のしなやかさを損なうものではない。]
追悼文なのでしょうがないということはあるにしても、
それでもなお、アート・フィルムのイデオロギー、素朴な作家主義そのものの書き出しにうんざりして、
続きを読む気がしなかった。 [瞳のしなやかさ]
相も変わらぬ、ということだ。
しなやか、柔らか、軽やか、
つまり、新体操みたいなのはよくて、
ハンマー投げみたいなのはよくないということだろう。
新体操の女王カバエワを愛人にしていたプーチン大統領と好みがちかいのではないですか。
あるいは、本居宣長とどう違うのか、という風にも思う。 Olympic Games Athens 2004 - Alina Kabaeva RUS Ball final
侵略しているほう。 侵略されているほう。
ウラジミール・クリチコ VS ジャン・マルク・モルメク Part 2 KOラウンド せめて最後まで読もうや
最後まで読んでないのに批判するのは “貧し過ぎ” るし “哀し過ぎ” る
「しなやかさ」という言葉じりを見当違いに捉えることこそ「「ポストモダニズム的なエスプリやユーモアなんて」「ぜんせん伝わらない」」の最たるものでしかない そもそも、短い文章すら冒頭の一節より先には読み進められないほど、──「虫唾が走るほど」、言っても善いのだろう──嫌いならなぜその人物のスレに巣食っているのか謎である
私淑する人物のスレで思いの丈を述べればいいのではないか
スレがないなら立ててあげますよ
御前〈ムスィユー〉のスレでは御前〈ムスィユー〉に対する見当違いで的を射てない批判は邪魔でしかないし不快なので
まあ、5ちゃんねるで云うところの「荒らし」に完全に該当する行為です ですから、「荒らされた」僕は前スレから「出て行った」訳です
不快なので 市田良彦×浅田彰トークショー「反乱・主体化・階級闘争」
割と最近でも、こんなことをやっている。
蓮實重彦と柄谷行人の対談本は、「闘争のエチカ」だ。
わたしとしては、「闘争のエチカ」のほうの蓮實重彦のことはけなしませんよ。 常識的には、否定的な意見を書き込むことは「荒らし」でもなんでもなく、
住民を誹謗中傷するほうが「荒らし」なのです。 市田良彦「ルイ・アルチュセール―行方不明者の哲学」
帯文
「「哲学とは理論における階級闘争だ」とアルチュセールは喝破した。退屈な秀才どもの口先だけの哲学ごっこを忘れ,闘争を続行するために,まずはこのアルチュセール論を読まねばならない。—浅田彰」
こういう威勢の良い雄たけびにしても2年ほど前のことである。 「闘争のエチカ」
「われわれの闘争は、「天使」になろうとする「人間」たちに対するものです。つまり、外部を消去しようとする者たちです。彼らは天使ではありえないし、天使の無力も知らない、たんに人間を支配しようとする人間(魔女)でしかありません。」(柄谷行人)
「小説を擁護したい」、という言葉で二人が指し示そうとしていたものは、闘争そのものの擁護である。すなわち、本来が闘争としてあったはずの小説が、闘争とは別の何かに変質しはじめていることへの反省、苛立ちであった。(蓮實重彦) 「思想の言葉」あるいは言説なるもの
市田良彦
なにか書いてくれませんかと依頼され、とまどう。「思想の言葉」、なんと大仰な。私にあらためて口にすべきどんな思想があるというのか。思想なんてものはもうSNSでのつぶやきに任せておけばよいではないか。人類の集合的知性が勝手に生産し、勝手に淘汰してくれるではないか。
そんなふうに思ってしまったのは、ここ数年共同研究の一環で私としては何十年かぶりにフーコーの著作に耽溺してきたからである。共同研究の成果はこれも単刀直入さによって大仰に響くかもしれない名前―『フーコー研究』―を冠した大著として、岩波書店から刊行されたばかりである。その分厚さ、執筆者の多さが私にはSNS空間のパロディのようにも感じられてしまう―よってたかって少しずつ。けっして同僚たちを貶めているのではない。「誰が語ろうとよいではないか」、フーコーが有名にしたと言っていいベケットのこの言葉のせいである。SNSはおろか共同研究にさえ、もはや「作者」はいないのかもしれない。しかし、これがフーコーの予見した「人間の死」のありようだったのか。 いまや、「作者」の存在がゆるぎないのは、
逆説的に、集団によって製作される商業映画だけなのではないか。 あるいは、5ちゃんねるにも、固定ハンドル田中淳さんのような
場を仕切っている(と自らは宣言している)「作家」はいるのかもしれないが。 ロシア・ウクライナ作戦の司令官を交代(2022年4月10日)
「映画は戦争」(サミュエル・フラー)だそうだから、
上はいわば、社長命令で製作途中の映画の監督が交代させられたようなものだろう。 蓮實重彦によるドゥルーズ初の邦訳『マゾッホとサド』における誤訳ーープラトンの『パイドン』が『饗宴』になっているーーというのは、あれは「カサブランカはプロパガンダ映画である」よりも格段にひどい恥ずかしさではないだろうか・・・できればプラトンなど読まずにやりすごしたい人類の思惑と矛盾なく共鳴しあってしまう「はしたなさ」ではないだろうか。
(蚊居肢) 『ショットとは何か』蓮實重彦
下北沢で立ち見した『東京物語』、青年の心を掻き乱した『殺し屋ネルソン』『大砂塵』にはじまり、西部劇、ミュージカル、「演出」の映画と「撮影」の映画を論じ、ドゥルーズを叱る。リュミエール兄弟から濱口竜介まで、映画の歴史と魅力を縦横無尽に語り尽くした比類なき映画論!
目次 : 1 『殺し屋ネルソン』に導かれて/ 2 物語を超えて/ 3 映画崩壊前夜とショットの誕生/ 4 「理論」的な問題について/ 5 ショットを解放する >>926
それ憶測の域出てないじゃん
やっぱあんたキチガイ統合失調症だろ?
なんで統合失調症って証拠なしに決めつけるのか
ちゃんと薬飲んでる?
あなた絶対統合失調症だよ
しかも治す努力たりてない甘え統合失調症
絶対に文章の癖と構成の癖が出る
これは確実にしょうがない事。
その個性の証拠に
俺が気が付かないと思う事が無能かなと。
証拠なしに妄想で人を決めつける時点で
人間としては終わっている手遅れ統合失調症だなと
それは俺ではなく、万人の評価だよ。
カエルも鳴くから居場所がバレるわけで、鳴かなければ居場所は解らん
しかしカエルが鳴くは本能。
病人も害するはキチガイ統合失調症としての本能か、悲しいね。 「闘争のエチカ」から
さっき僕は、情報空間とコミュニケーション空間を区別したんだけど、その情報空間というのが共同体としての日本にあたるわけです。それは、また文学対言語にあたるものです。そして、前に挙げた区別をまた使えば、情報空間はイメージを介した物語の領域だといってもよい。その意味で、他の書物で「説話論的磁場」と呼んだものに相当しています。それに対して文学というのは、イメージを欠いた差異の世界であり、文壇といった共同体のことではなく、作品という表層のことです。だから、ここでの階級闘争は、言語対文学だというべきかもしれない。言語は、作品を自分の中に閉じ込めようとする。作品はその外に出ようとする。そして、批評が、その外に出ようとする力を活気づけるとき、コミュニケーションが起こる。つまり、そこで初めてインターテクストの問題が語りうるわけです。(蓮實) ジャック=アラン・ミレール
『明るい部屋』のプンクトゥムpunctumは、ストゥディウムstudiumに染みを作るfait tache dans le studiumものである。私は断言する、これはラカンのセミネールXIにダイレクトに啓示を受けていると。ロラン・バルトの天才 le génie propre de Roland Barthes が、正当的なスタイルでそれを導き出した。…そしてこれは現実界の効果l'Effet de réelと呼ばれるものである。 共同体に闘争を挑んでいた人が
東大学長そして三島由紀夫賞とは
これいかに この人は充実した人生を送れたけどこの人のフォロワーは人生ぶち壊されたってことでいい? 「われわれの闘争は、「天使」になろうとする「蓮實重彦」に対するものです。つまり、外部を消去しようとする者たちです。蓮實重彦は天使ではありえないし、天使の無力も知らない、たんにハスミ虫を支配しようとする人間(魔女)でしかありません。」 小説などだったら、青空文庫もある。
外国の古典作品ならば、海外のサイトで読めるところがいくらでもある。
自動翻訳サイトも、いまは文学や思想の言葉でもある程度ちゃんと訳すようなものがある。
電子辞書を引いて変なところを補って自分で訳しなおせば、
いくらでも「タダ」で読めます。
ニーチェでもプルーストでもそうやって読めます。 【体調不良】 広瀬アリス、渡辺裕之 【ワクチン】
://egg.5ch.net/test/read.cgi/geino/1651722535/l50】
>>54
ジョークが受けないのはジョークを言った側に100%問題がある。
この鉄則から逃れようとしても無駄 日本映画界の海原雄山とも言われる蓮實重彦を完全無視して庵野秀明が邦画の玉座に着いた
村上春樹の君臨なら冷笑してやり過ごせるがこと映画に関しては黙って肩をすくめて通り過ぎるわけにはいかないだろう
かつては黒澤明や山田洋次等数多の映画監督を鶴の一声で殺してきた蓮實重彦の影響力の低下を鑑みても『見るレッスン』、『ショットとは何か』、『ジョン・フォード論』の出版がこの趨勢を止めることを期待するのは難しい
最晩年に至った蓮實重彦の最後の/最大の戦いが始まる いや、もう十分やろw
庵野なんぞ東か四方田に任しておけばええ
結局オタクの範疇から出らんないんだから ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています