【日本的スノビズムの】蓮實重彦5【法王】
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730 吾輩は名無しである[] 2021/01/31(日) 21:07:44.89 ID:drGtoE/r
日本的スノビズムの法王
733 吾輩は名無しである[] 2021/01/31(日) 22:29:05.18 ID:P159AI3e
≫日本的スノビズムの法王
これは、否定的評価でありながら、どうじに、なにかしら敬意も感じさせて、たいへんよい。
前スレ
【日本的スノビズムの】蓮實重彦4【法王】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1616747515/
過去スレ
【ばふりばふり】蓮實重彦 X+3【120度】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1562762562/
【翳りの歴史のために】蓮實重彦2【仮死の祭典】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1611357116/ 所詮、誰にも文章を買ってもらえない、東大総長にもなれない、東大を卒業すらできない人の妬みですね 東大総長の年収は2300万
その他雑所得も加えれば3000万超かな
よく働いてそれだけでもご立派です >>189
私も同感です。
>>186-188
の人は、どうも自分のような危なそうな人がいるので、
突然自宅に刃物を持って侵入されたりしないように、
5ちゃんねるのようなところでは、
匿名にせざるをえない、ということがわからないらしい。 旧帝大の総長というのは、
いまはどういうことになっているのか知らないが、
かつては、公的な地位としてはいちおう、閣僚級の扱い、ということだった。
最高裁判事などとほぼ同じだったと思う。
偉い人の批判をして、そのたびに精神異常者みたいなのに誹謗中傷されていたら、
たいへんですよ。 蓮實の「青山真治をみだりに追悼せずにおくために」を新潮6月号で読んだが、青山真治を巡る人の出会いと蓮實の個人的感傷を書いただけの、年老いても盛んな蓮實の権力欲と淫らな感傷に過ぎた代物だった。 何でも他人のせいにして逃げるニート乙
誰もお前個人を襲うどころか興味の対象にもしません 興味の対象にしないわりに、
それなりに手間をかけて誹謗中傷をしているわけだから、
かわっていますね。
書き込みの雰囲気から、
いかにも一歩間違えば通り魔殺人などをやらかしそうな人に思えるので、
恐ろしがってもふしぎはないでしょう。 自分がニートだから、暇な人はみなニートだと思うのかもしれないけれど、
世の中には無職という人もいるのですよ。 おっ、ニート乙
俺はニートじゃない、無職なだけだー!
ニート乙w 平日の早朝と夕方に5ちゃんねるに書き込んでいるのは、
たぶんニートが多いんでしょう。 普通は自分の日頃の活動に照らし合わせて逆の想像をします
早朝に少し余裕を持って仕事に出かけ帰ってきてからまたゆっくりする
日中から夜中にかけてずっと5chに張り付いてるニートはさすがに言うことが違いますね
口先だけのニートの生態がよく分かります ≫普通は自分の日頃の活動に照らし合わせて逆の想像をします
朝の4時〜8時、
夕方の6時
その時間帯に5ちゃんねるに誹謗中傷の書き込みを続けざまにする人を
普通だと思う人はいないと思いますよ。 出た出た、ニートの謎論法
4時〜8時は嘘じゃんwwww
5時前~5時過ぎと8時台にちょろっとじゃん
お前と一緒にしちゃいかんよw ニートの生活はこれだからw
2022/06/01(水) 00:34:45.28ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 01:43:52.92ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 02:05:42.00ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 02:11:38.08ID:6ZG81Nhf
飯〜就寝w
2022/06/01(水) 14:56:24.99ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 15:06:29.37ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 15:11:56.62ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 15:21:29.67ID:6ZG81Nhf
飯〜ゴロゴロw
2022/06/01(水) 17:42:28.31ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 18:08:09.64ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 18:17:34.71ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 18:34:41.43ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 18:47:41.36ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 18:48:45.03ID:6ZG81Nhf
2022/06/01(水) 18:54:19.38ID:6ZG81Nhf
飯〜ゴロゴロw
23時過ぎからまたニートの5chタイム始まります、乞うご期待w ≫5時前~5時過ぎと8時台にちょろっとじゃん
では下記のように訂正します。
朝の5時前~5時過ぎと8時台
夕方の6時〜7時
その時間帯に5ちゃんねるに誹謗中傷の書き込みを続けざまにする人を
普通だと思う人はいないと思いますよ。 >>208
え?誹謗中傷?蓮實のフォローがメインだよ、蓮實のスレだし
あとはニート丸出しのお前個人をイジって遊んでるだけなw
老人ニートのお前を狙い撃ちでなw あなたのいうように、
老人なんだから、扶養してくれる人なんか死んでいませんよ。 >>186-188
蓮實重彦のことは、一言も出てこないけれどね。 もちろんそうでしょう、だから元ニートですね
でも元なんかつけなくてもいいっしょ
そのときの名残が文章の隅々に表われているから あらゆる面で明らかに蓮實より劣っている人間が匿名をいいことに好き放題を言ってふんぞり返っている
それを露骨にバカにしたところ、言い方は毎回異なるが要するに「そういうもんだろ」の一点張り
誰からも必要とされていない、納得もしてもらえない無駄な知識をこねくり回すことしかできない無能でありながら
話し相手をひたすら5chで探している老人ニート
完全に人生詰んでいる事実上の廃人
こんなに面白いものはない ちくまの連載を読むたび
長生きはするもんじゃないなと
瀬川昌久との対談も情弱老人のおしゃべりをわざわざ本にするなよと ≫蓮實のフォロー
一歩間違えば、介護施設で連続殺人とかやらかしかねないような心性ではないか
と思ってしまうような人が、
平日の朝の5時前~5時過ぎと8時台、夕方の6時〜7時過ぎの長時間、
「蓮實のフォロー」を主旨とするといって
5ちゃんねるに恐ろし気な書き込みをしている。
蓮實先生も、自分のフオロワーがこれでは、
それに関しては、おそらく何も言いようがないでしょう。 「身の程知らず」の老人ニートの陳腐な妄想乙w
もうツッコミどころもない
まともな人間が蓮實の発言と匿名のカスの自己主張を天秤に掛けてどっちを取るかなんて分かり切っている
あれこれ考えたところで誰からも聞き入れてもらえない匿名のカス同士の慰め合いと罵り合いが続くだけ >>偉い人の批判をする
一歩間違えば、介護施設で連続殺人とかやらかしかねないような心性ではないか
と思ってしまうような老人ニートが、
平日の昼間の14時~20時台と夜中は深夜2時過ぎまでの長時間、
「悪口をいわれてもしょうがない」といって
5ちゃんねるに恐ろし気な書き込みをしている。
蓮實先生も、自分の批判者がこれでは、
それに関しては、おそらく何も言いようがないでしょう。
典型的な匿名の人にピッタリの、陳腐なフォーマットよなw 純粋他者(なんじゃそりゃだけど)を受け入れないのをなんで田舎者って言葉でわざわざ言うのかなあ?
戦前の谷崎や荷風ならともかく戦後の東京で育った者の都会性なんて屁みたいなもんて蓮實先生なら痛いほど分かってるはずなのになあ 少なくともwebちくまの最新の記事で言われている田舎者の対義語は「戦後の東京で育った者の都会性」ではないでしょう、記事内で出て来る言葉でいうと「国際性」のほうでしょう、私ごときには蓮實氏の国際性がいかほどのものかを査定することはできかねますが 蓮實の抑圧って「そんなんじゃ世界市場で戦えない」しかないんだよ
哀しいくらい 世界の映画市場を囲い込むことに躍起な米アカデミー賞を批判しているので
それは端的に誤りでしょう それは市場を荒らす成金を批判しているのであって、市場を根拠とした作品批評であることを誤りとする理由にはならない。 米アカデミー賞批判は「市場を荒らす成金」批判ではありませんが?そもそも蓮實が世界的な商業的成功を称揚している批評など見た覚えがない だから抑圧って書いたんだ。
誉めるときには使わないが貶すときには使う、というかそれしか使わない。 わしと趣味の感性を共有しない者は田舎者じゃと言ってるだけでしょ
そんな蓮實に幻惑される奴は田舎者と浅田彰が言ってたりややこしいねw でも蓮實信者には田舎者って言葉が有効に響くなという嫌らしい計算が垣間見えるのがなんとも >>225
言葉尻だけ捕まえて単純化して喜ぶのはまさしく田舎者かもしれませんな シネマの煽動者
なお、映画館のスクリーンは目視できても
映画作品〈フィルム〉も映画〈シネマ〉も目視できない 御前〈ムスィユー〉の新しい作物『ジョン・フォード論』
7月21日ドロップ
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ジョン・フォード論
蓮實重彦
定価:3,410円(税込)
発売日:2022年07月21日
ジャンル:ノンフィクション
作品紹介
「古典的な西部劇の巨匠」というレッテルからジョン・フォードを解き放ち、画面そのものを見つめる快楽へとひたすら誘う――『監督 小津安二郎』と双璧をなす著者集大成。主要監督作の詳細なフィルモグラフィや貴重なスチール写真を多数収録。
『ジョン・フォード論』蓮實重彦 | 単行本
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163915746 >>231
田中淳さん 東京大空襲に着想を得たCGアニメ映画を撮った
ご本人ですか。 「田舎者」だったら、日本人なんか皆そうだという感じもあるから、
いいけれども、このスレッドのの蓮實信者は精神異常だからね。
ちなみに、私の祖父は、「悪魔の手毬唄」のモデルになった土地の人で、
生まれつきは、田舎も田舎、ド田舎ものなんだけれども、
大正時代に8年間アメリカ留学していたものだから、
日本人を全部田舎者だと思っていましたね。 浅田が蓮實信者を田舎者呼ばわりしたのは、まあ所詮、蓮實は北関東の出だからしょうがないねw
彼の熱烈なグルーピーの金井美恵子も同じ北関東の栃木の出だから。
関西人が栃木や群馬を馬鹿にするのは昔から。
北関東人の東京人への媚びへつらいが気持ち悪かったんだろうね。 それだと神戸生まれの浅田自身も田舎者になっちゃうよ?土地柄の問題じゃあない >>235
お前は馬鹿だな、神戸は横浜は無論、東京より都会だ。 「お前は馬鹿だな、神戸は横浜は無論、東京より都会だ。」だってさ
キチガイLv1ってところだな 普通の意味での都会人は土地柄と結びついた美意識、美学に裏打ちされた立ち居振る舞いや洗練された趣味や衣服のセンスのはずなんだけどね
江戸の通人みたいなのは戦後消滅して本当の東京原住民は衣服も地味でオシャレしてるのは田舎者とか言い出す谷崎や荷風が聞いたら落胆しそうな代物に変貌したけど
京都や金沢みたいな街だとまだ嫌味な通人的な旦那衆の世界が生きてるんだろうけどさ
もちろんこんな程度のものは坂口安吾的に下らないと否定して構わないもんだけどね 昔の人を有難がって通ぶる田舎者ですな、ちょい悪オヤジとかと同レベルのダンディズム ただ三島なんかだと幼少期から歌舞伎なんかを浴びるように見て地方人には及び難い都会人ならではの教養があったけど蓮實以降福田和也とかまで東京の知識人は複製芸術一本槍で都会的というよりオタク的で田舎者でも模倣可能 まあ蓮實も浅田も田舎者なんて言葉使う必要も無いところであえて田舎者なんて言葉を使ってるわけで幻惑されちゃ駄目だよ田舎者諸君w 三島歌舞伎は、じっさいは擬古文新劇だ。
本格的な部分は、ほぼすべて題材にした古典からの引用で、
三島本人の文ではない。 >>240
ベンヤミン「複製技術時代の芸術」
「世界史において初めて、機械的な複製は芸術作品を儀式への寄生的な依存から解き放った」 蓮實重彦の書くものに原因があるのかも知れないが、
蓮實映画批評に影響された人たちは、映画を鑑賞するということに
儀式性を求めているように思える。
やはり多くは、まるで「土人」のように、美的・趣味的対象の
「儀式への寄生的な依存」を必要としているのでしょうか。 現代では、大量生産された消費財に
呪物性があるということとおなじでしょうかね。 元々荷風といふ人は、凡そ文学者たるの内省をもたぬ人で、江戸前のたゞのいなせな老爺と同じく極めて幼稚に我のみ高しと信じわが趣味に非ざるものを低しと見る甚だ厭味な通人だ。
彼は「ぼく東綺譚」に於て現代人を罵倒して自己の優越を争ふことを悪徳と見、人よりも先じて名を売り、富をつくらうとする努力を罵り、人を押しのけて我を通さうとする行ひを憎み呪つてゐるのである。
荷風は生れながらにして生家の多少の名誉と小金を持つてゐた人であつた。そしてその彼の境遇が他によつて脅かされることを憎む心情が彼のモラルの最後のものを決定してをり、人間とは如何なるものか、人間は何を求め何を愛すか、さういふ誠実な思考に身をさゝげたことはない。
それどころか、自分の境遇の外にも色々の境遇がありその境遇からの思考があつてそれが彼自らの境遇とその思考に対立してゐるといふ単純な事実に就てすらも考へてゐないのだ。
荷風に於ては人間の歴史的な考察すらもない。即ち彼にとつては「生れ」が全てゞあつて、生れに附随した地位や富を絶対とみ、歴史の流れから現在のみを切り離して万事自分一個の都合本位に正義を組み立てゝゐる人である。
「ぼく東綺譚」を一貫するこの驚くべき幼稚な思考がたゞその頑固一徹な江戸前の通人式なポーズによつて誤り買はれ恰あたかも高度の文学の如く通用するに至つては日本読書家の眼識の低さ、嗟嘆あるのみである。
文学者は趣味家ではない。趣味で人生をいぢくつてゐるのではない。然し、人各々好みあり、趣味はあげつらふべきものではないから、懐古趣味も結構であるが、荷風の如くに亡びたるものを良しとし新たなるものを、亡びたるものに似ざるが故に悪しといふのは、根本的に作家精神の欠如を物語る理由でもある。 >>230
売れたら週刊文春で阿川佐和子と対談するんじゃないだろなw
せめて草笛光子と もっと格調高く文學界でと
言ってくれないか?(震え声 文化庁やNHKなどに、かつては僅かならばいた「通人」が、
いまやぜんぜんいなくなった時勢に、
「通人」をくさしたって、それは瀕死の相手を殴るようなものです。
坂口安吾の場合は、そもそも「通人文化」の息の根を止めようとしているのだろうから
それでいいのでしょうけれど。 >>251
日本文化の駄目を押すのを嫌う面は潰されるべきだと思う 東京下町や京都の洛中に生まれたとかただそれだけで問答無用に他所者を田舎者呼ばわりする幼稚というか無邪気な感じがいいんでないの
井上章一みたいに妙に傷つく奴もいるが
蓮實みたいに妙チクリンな屁理屈つけるのは野暮だねえ 東京下町や京都の洛中に生まれたとかただそれだけで問答無用に他所者を田舎者呼ばわりする幼稚というか無邪気な感じがいいんでないの
井上章一みたいに妙に傷つく奴もいるが
蓮實みたいに妙チクリンな屁理屈つけるのは野暮だねえ >>254
そういうのは、鈴木清順のような「江戸土人」には当てはまるかもしれないが、
永井荷風と蓮實重彦は、洋行帰りですから、「文明開化」の側の人なので、
当てはまらないでしょう。
ちなみに、江戸時代の京都では、町民を「地百姓」といったそうです。
ヒャクショウなわけです。 話はそれるが、
月形龍之介の映画のほうの「水戸黄門」では、
水戸黄門は、百姓の隠居光右衛門と称する場合がおおい。
劇中では、隠居した百姓が、それなりに立派な身なりをしていて、ともを二人連れて
宿の上等な部屋に宿泊している、
ということに不審の念を抱く者は誰もいない。
これが本来のあり方なのです。
それがテレビの東野黄門になるとちりめん問屋の隠居になる。
百姓の隠居では、すでに視聴者が不自然に思うようになっていた、ということから、
変更されたのでしょう。 >>256
「洋行帰り」に大きな意味を持たせた恥ずかしい時代があったということだね しかし、制作サイドに「通人」が全然いなくなったせいで、
日本では、まともな「コスチュームプレイ」が、まず作れない状態になっている。
かといって、アメリカ的にやろうとしても、陳腐なだけだ。
結局、マンガ的にやるしかやりようがなくなっている。
これは問題です。
文学では、昭和初期が舞台とはいえいちおう「コスチュームプレイ」ではある
「伯爵夫人」、それが唯一の近年のまともな作品ですよ。 「意は似せやすく、姿は似せ難し」から一歩も踏み出していない認識を披露なさっていて、蓮實の「凡庸」とはこういうことを言うのだなと思った。 日本ではウルトラマンや仮面ライダー
海の向こうではディズニーがセックス・ピストルズ
世界的にそういう時代なんだろう
Pistol | Official Trailer | FX
https://youtube.com/watch?v=9KhxwG0eCiE 脱構築も弁証法も
日本の組織人の手にかかると
大抵は足して2で割るになっちゃう 今の歌は歌の本意にあらずとて
古来質朴に体に読まむとするは
却て歌の本意を失ふなり
本居宣長にしても、歌体すなわち「姿」を
時代に合わせて変ることを否定しているものではない。 「姿ハ似セガタク意ハ似セ易シ、然レバ姿詞ノ髣髴タルマデ似センニハ、モトヨリ意ヲ似セン事ハ何ゾカタカラン、コレラノ難易ヲモエワキマヘヌ人ノ、イカデカ似ルト似ヌトヲワキマヘン、試ニ予ガヨメル万葉風ノ歌ヲ万葉歌ノ中へ、ヒソカニマジヘテ見センニ、此再評者決シテ弁ズル事アタハジ、是ヲ名ヲ顕ハシテ、コレハ予ガ歌コレハ万葉歌ナリト云テ見セタラバ、必予ガ歌似セ物ナリト云ベシ」(宣長全集・2-512) 来月『ジョン・フォード論』刊行
『「暗夜行路」論』も書いてほしいな ここ数年でパタパタッと出た各シン装版と
視るレッスン、ショットとは何か、フォード論の印税で
老後の資金も安泰だろ
もう勘弁してやれ 荷風は明治大正ではちょっとばかし時代遅れ気味だった吉原遊郭より当時最先端の待合での芸者遊び
昭和に入ると銀座のカフェー、玉の井の銘酒屋、浅草のレビュー館通いと昭和モダニズムを満喫している
花柳界が伝統芸能化を意識するのは昭和モダニズムに押されて
戦後は浅草ストリップ通いと風俗に関しては新し物好きなんだよな
最先端に若くて魅力的な女が集まるってこともあるんだろうがw
長生きしてたらキャバクラやブルセラ援交やメイドカフェに興味持ったに決まってる
そんな荷風を敬慕した谷崎は素人の健康的な女が好きだったのでどこか不潔な性風俗の女には惑溺しなかった
蓮實先生には想像の戦前より実地に体験した戦後の性を描いてほしかった 永井荷風の場合は、とくに新しもの好きなのではなく、
だんだん経済的に余裕がなくなってきて、
あまり金のかからない遊び方に移行しただけだろう。 荷風に限らず明治大正の作家が昭和初期に円本で多大な印税を手にしたのを知らないのか? 「断腸亭」の経済学―荷風文学の収支決算
吉野俊彦
これには、大正末には、経済的にいき詰っていた書いてあるそうだ。 余裕がしょうじたのは、昭和9年ころからではないの。 「断腸亭」の経済学―荷風文学の収支決算
吉野俊彦
↑についてのアマゾンの書評から
「荷風の家の収支状況を丹念にまとめてあります。文学・荷風・戦前の経済の研究者には参考になる内容です。荷風の作品論は一切無く、あくまで彼の日記から読み取れる社会経済、彼自身の台所事情、そして彼の人となりの話です。」 同じ遊ぶのでも、待合とカフェーでは、金のかかり方が、一桁近く違う。 新橋の芸妓・八重次(のちの藤蔭静枝)を入籍
この八重次をひかせたのだとしたら、莫大な金がかかっただろうから、
高い女には懲りた、ということだと思う。 おいおい荷風が昭和の初めに芸者のお歌さんを身請けして囲って待合まで持たせてやってたのも知らないのか?
そんなマニアックな情報でもねーぞw 永井荷風の場合、財閥の親類や1000町歩地主の家の人というのではないのだから、
親の残した財産なんか知れているだろう。
それが、放蕩し浪費をつづければ、相続財産は、すぐにつかいきってしまうだろう。
大正末ごろに経済的にいき詰っていたというのは、そういうことではないの。
何年かのちには、そこそこ印税が入るようになって、経済的に一息ついたんではないの、
荷風の日記を読んだことがないので、あくまでも推測だが。
また、八重次とお歌では、芸者としてのランクがまるで違うだろう。ピンキリなんですから。
ならば金のかかり方も当然違う。
それから、カフェ―の女給にカフェーをださせてやったというのではないのだろうから、
とくに新しもの好きというわけでもないのではないの。
好みが変わったのではなく、たんに、女のランクが下がっただけだろう。 [荷風は生れながらにして生家の多少の名誉と小金を持つてゐた人であつた。]
坂口安吾によれば、荷風の家は、多少の名誉と小金があるということにすぎないのだから、
それが正しいとすれば、お大尽みたいな遊蕩生活は長く続けられるわけがない。 もとより権力者ではないし、また、大金持ちには程遠くても、
そこそこ坊ちゃんの若くてインテリの文士なら(ことに歌舞伎座の座付き作家だし)、それなりの女といい仲になることもできただろうが、
おっさんになればなるほど、どんどんモテなくなるから、そういうわけにもいかなくなる。
結局、分相応に、高級なところから中級のところへ、そして、さらに低級なところへと、女漁りの漁場をかえただけのことだろう。 断腸亭日乗
大正十四年
正月十五日。午前兜町片岡といふ仲買の店を訪ひ、主人に面会して東京電燈会社の株百株ほどを買ふ。去年三菱銀行の貯金壱万円を越へたれば利殖のため株を買ふことになしたるなり。仲買片岡は磊落なる相場師肌の男にて、余の小説を愛読せり。かつて築地僑居のころ相識りしなり。夜木曜会新年句会。
大正末の一万円は現在価格で幾らでしょ?
そもそも荷風はランティエで金銭感覚はまとも
働いたり文筆で稼がないと生活出来ない境遇になることを最も恐れたから遊ぶにしても谷崎みたいに無計画な使い方はしない
しかも昭和初期には円本ブームで巨額の印税収入で最も羽振りがいい頃
詳しいことは知らんが現在価格で数千万円らしい
谷崎は豪邸新築したり散財しまくるわ所得税滞納するわであっという間に使い切ったらしいが荷風はそんな馬鹿なことはしない ▼大正10年頃の1円は現在の何円に相当するのか。また、この当時の10万円はどのくらいの金額になるか知りたい。
回答
国立国会図書館のリサーチナビ「過去の貨幣価値の調べ方」についての記事を参照。
企業物価指数、消費者物価指数を使って比較するのが一般的であるが、このうち企業物価指数を元に算出した。
●企業物価指数(戦前基準指数)
大正10年→1.296
平成29年(2017年)→687.8
687.8÷1.296=約530.7倍となる。
これを10万円に当てはめると、約5,307万円となる。
また、『値段史年表 明治・大正・昭和』(朝日新聞社 1985)のうち、大正10年に近い年代の値段が掲載されているものを抽出した。
●金
大正14年→1円73銭
平成30年→4,827円(いずれも年間最高価格)
1円≒約2,790円
これを10万円に当てはめると、約2億7,900万円となる。
●公務員初任給(国家公務員 大学卒 総合職)
大正7年→70円
平成30年→181,200円
1円≒約2,589円
これを10万円に当てはめると、約2億5,890万円となる。
●航空旅客運賃(日本航空 東京-大阪間 大人普通片道運賃)
大正13年→35円
平成31年→27,600円
1円≒約789円
これを10万円に当てはめると、約7,890万円となる。
「物やサービスの種類によって価格の上昇率がまちまちなので、お金の価値を単純に比較することは困難(日本銀行HPより)」とあるように、比較するものによって計算結果が異なり、一概にいくらとは答えられないため、あくまでも参考値とした上で回答した。 ≫現在価格で数千万円
現在、数千万円で、どのくらいお茶屋遊びができるんです。
よくて1〜2年でしょう。 さあ今は一回行くと最低20万はみないといけないらしいがあれだけ東京中に待合があった時代はピンキリじゃね? 八重次クラスはピンだろう。
それに昔のほうが(貨幣価値の違いを考慮すれば)高いんですよ。
いまは、キャバクラとか安いところとの競争があるし、
観光客のたぐいも客にしなければならないので、
安くなっているのです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています