柚子の香りが鼻腔をくすぐる。
背中に両腕を回す彼女を見下ろしても、眩しいうなじしか見えない。
身体の柔らかな感触に、頬が熱くなる。照れくさいのを隠して、憂の肩を引き離そうとした。
「今までありがとう。それと、ごめんね」
 憂が、感情の綯い交ぜになった瞳で僕を見ていた。
柔らかな身体が離れる。
でも、首筋の感触だけは残っていた。
彼女の肌ではない。細い紐の、鋭い痛みだ。
 声を出そうとするが、うまくいかない。
「好きだったよ。初めてだけど、たぶん本当に。ずっと嬉しかった。ずっと楽しかった」
答えは返せない。肺が酸素を求める。生存本能が、死の恐怖が、彼女を突き飛ばそうとした。
だが、憂は動かなかった。僕を見つめ、愛を囁きながら、細紐を絞める。
「あなたが私を見てくれるだけで、私の名前を呼んでくれるだけで、何よりも幸せな気持ちになれたよ」
淀んだ瞳で、けれど迷いなく彼女は愛を囁く。
疑問が、怒りが、困惑が、息苦しさに呑まれて消えていく。
思考が途絶え、理性が潰え、最後に残っていたのは視界だけだった。
「だから、ありがとう。世界で一番、大好きでした」
 僕の目に映る彼女は、プロポーズに答える恋人のように、幸せそうに微笑んでいた。


良いか悪いかはともかく、シンプルさを意識しながら書いてみた。