小さい頃 床屋は母親だった
前髪がいつも斜めになっていた
斬新な髪型と信じていた
そんな時に飲んでいた甘酒は大人の証だった

高校生の頃 悪友が親友だった
いつも斜に構えて尖っていた
腕っぷしの強さを信じていた
そんな時に飲んでいたビールは友の証だった

大きくなった 無駄に知恵がついた 大人の証は必要なかった
それでいて証に憧れ 手を伸ばしてはこっぴどく叩かれた
心が涙に満たされて全てが歪んで見えた
そんな時に側にいたのがお酒だった

昼間から縁側で日本酒を呷る 注ぎ口がふらつく一升瓶でなみなみと注ぐ
蕎麦猪口に張られて揺れる光に目を細め 一息で飲み干した
眠れと誰かが瞼を押し下げる 抗って注いだ蕎麦猪口から酒が零れた
舌で舐め取ると痛みが返ってきた 縁の一部が欠けていた

酒でふやけた頭で立ち上がる ふらつく足で花台の上の位牌に蕎麦猪口を捧げた
母親に投げ付けて 欠けた一部は記憶の中に残っている 心の中に刺さっている
手を合わせる気持ちにはなれない ガキの頃の気持ちと連れ立って
今度は美味い酒を飲もうと思った たまに路上で酔い潰れて見えない星を見てもいいだろう

今も傍らには酒がある 手を伸ばして摘まみ取ったものを抱えて 今夜も届かない夢を見る