すったもんだのデートの末、どうにかラブホテルに漕ぎつけた。
 先日恋人になったばかりの花火は、少し体調でも悪いのか、朝からイライラしていたので、今日のデートは散々であった。
 デートの最後を締め括る情事で何とか挽回しないと、後日にまで尾を引きかねない。最高の夜を彼女に贈るのだ。
 着衣したままの花火がベッドの上に仰向けに寝そべる。部屋の電気はもう落としてある。寝台横のテーブルランプだけを点け、ぼんやりとした灯の中、彼女の顔を見下ろす。
 途方もなく整った、しかし愛想の欠片もない顔。冷然とした表情と、ぼんやりとした灯が相まって、幻想的な美を醸し出している。
 花火という名から分かる通り夏生まれである彼女だが、まるで冬の女王のような女であった。それが堪らなくそそる俺は、ひょっとするとMなのかもしれない。

 彼女が見上げてくる冷たい視線に、背中が痺れるような心地に陥った俺は、早速本番に差し掛かろうとズボンに手を伸ばす。
 おや? 背中が痺れるような官能を覚えるのに、まだ勃っていない?
 ズボンのポケット越しに股間を弄る、いじ……んん!? あれ、そんなはずは……嘘だろ!? ない、ない、ナニがない!
「何もたついているのよ」
 凍えるような声が、花火の紅色の唇から吐き出される。
 大いに焦る。いや、これはもたつくだろう! ナニがないのだ! ズボン越しに局部を執拗になぞるが、本当に何もなくつるつるだ。
 ど、どうすれば……!? このような異変に対処するだけの応用力を俺は持ち合わせていない。いや、他の男なら持ち合わせているかというと、甚だ疑問だが。
 誰か、誰か助けて……そうだ! エロスの伝道師、ワイスレの自由の女神! どうか俺に知恵を授けてくれ!
『…………さん、……マンさん、リーマンさん』
 ハッとする。たおやかな女性の声が脳内に響き出した。
『自由です、リーマンさん! 何も突っ込むだけがエロではありません。手淫です。手で愛撫して、彼女を満足させるのです!』
 成程! ありがとう、自由さん!
 早速俺は手を伸ばすと、服越しに花火の胸を揉みしだく。常になく丁寧に、執拗に、神経を注ぎ愛撫で彼女を満足させようとする。
「んっ……」
 微かな嬌声が漏れる。花火の頬が朱に染まる。……いけるか!?
 更に手淫に励むが、じきに花火がもどかしそうになる。ついには――。
「ねえ、いつまでやるの? 前戯はもういいよ」
 長々とした愛撫に、花火は不満そうな表情を覗かせる。
 くっ! 拙い、これ以上はもう無理だ。手淫だけで満足させられるほど、俺はテクニシャンじゃない。万策尽きたか……いや、待てよ? テクニシャンといえば、てっしーがいるじゃないか!
 自由さんと並ぶ、ワイスレ内のエロの双璧。てっしー! 知恵を貸してくれ!
『……金色夜叉は素晴らしいなあ』
 おおい! 誰がそんなことを聞いているんだ! 俺が聞きたいのは打開策だ!
『こ、金色夜叉を十回も読めば創作論の基本的なことは……』
 だーかーらー!!!!
『ごめん。無理だ、リーマンさん。グッドラック!』
 何故だか一度も顔を見たことがないてっしーの、満面の笑みを湛えながら親指を立てる様を幻視した。
 クソ! 使えない! こうなったら最後の頼みの綱だ。ワイさん! ワイさん!
『事態は理解した! ワイはリーマン君の柔軟な発想に期待する!』
 ああああああ!! もう!! クソ、こうなったらやぶれかぶれだ!
 俺は花火に背を向けてから、ついにズボンを脱ぎ捨てる。次いでパンツも脱いでしまうと、手に持ったパンツで何もない局部を隠すようにして花火に向き直った。
「何してんの?」
 俺の奇怪な行動に、花火は眉を顰める。俺は瞼を閉じると、すーっと深呼吸する。そして――
「小っちゃくなっちゃった!」
 某手品師の真逆のことを言いながら、勢いよくパンツを取り払った。
「……小っちゃくもなにも、何もなくなってるけど」
「何もなくなっちゃった! ナニだけに!」
「ふふ、ふふふふ……あはははは!」
 おお、受けた!? まさか受けるとは! これなら……。
「はははは…………死ね」
 花火は絶対零度の声と視線をくれると、むくりと起き上がり乱れた着衣を整える。ベッドから下りると、こちらに一瞥もくれずに部屋から出ていく。
 バタン! と、閉じられるドアの音に俺は項垂れた。
 ……終わりだ。全て終わった。俺のナニは何処に行ったんだよ。『ちょっと遊びに行ってくる』なんてレベルの話じゃねえぞ。
 そのまま突っ伏してふて寝する。目覚めてみると、如何なる不思議か、ナニは元通り俺のあそこに帰ってきていたのだった。