――暗い場所。どこからともなく、疲れ切った男の声が響く。

『ウチはアットホームな会社だから。そこが売りなんだ!』
『ウチはやればやっただけ出すから! こんな会社ないで! ガンガン稼いでや!』
『ウチは若い社員の多い会社だよ! その分活気があるし、そう年も変わらないから気を遣う必要も少なくて楽だよ!』

 なるほど。中小企業でよく聞かされる謳い文句だ。就活生たちよ、気を付けたまえ。斯様な言葉に惑わされれば、君は日本社会の暗黒面に堕ちることになる。
 君たちは余りに社会を知らない。だから、まずは自分たちでも知っている大手企業に挑戦したことだろう。
 だが残念ながら、それらの会社から篩い落とされて、止む無く中小企業に就職活動をしている。そうして先の発言を聞かされるわけだ。
 聞こえの良い謳い文句に思われるかもしれない。でも、ちょっと待ってほしい。それは君を黒い底なし沼へと沈めんとする甘言なのだ。

 アットホームな会社。まあ、嘘ではあるまい。
 君が知っているかどうかは定かでないが、中小企業にはすこぶるオーナー企業が多い。そしてそれらの会社は往々にして身内びいきだ。
 社長にその妻や息子、親類筋が何人も勤める。また、彼らオーナー一族と親交のある者が採用されたりする。それらの人は、準身内といった所か。
 言うまでもないことだが、君のような入社前にオーナ一族と何ら縁故のなかった社員は最底辺におかれる。
 その上、オーナー一族は仕事(会社)とプライベートの垣根が曖昧だったりもする。
 君は、アットホームな会社の社員という名の、オーナー一族の体の良い召使になりかねない。
 うむ。なるほど、アットホームなことだ。大昔の名家の邸の中を見ているかのような気分にさせられる。

 やればやっただけ、ウチは(給料を)出すから! 
 ……君は期待に胸をふくらませるかもしれない。
 バリバリ働いて大活躍すれば、大手の社員にはなれなかったけれど、大手のエリートたちと変わらぬ高給を得るのも夢ではないかも、と。
 だが、キツイことを言えば、そんな夢想を抱けるのは君たち就活生や新社会人くらいのものだ。
 我々のような先達からすれば、何とも空虚な言葉に聞こえる。
 やればやっただけ、と言うが、では明確な基準はどこにある。営業部に配属されたとしよう。具体的に売上をいくら上げれば、いくらの報酬を得られるのか? 
 一度尋ねてみればよいだろう。きっと明確な答えは返ってこない。何せ、基準なんて何もないからだ。ようは社長の胸先三寸である。
 勿論、完全出来高制の会社であれば事情は異なる。まあ、それはそれで恐ろしい制度ではあるが。

 ウチは若い社員ばかりの活気ある会社なんだ!
 ほう、若い社員ばかり? 異なことを仰る。
 人は誰であれ年を取る。近年できたばかりのベンチャー企業ならいざ知らず、起業して十年二十年にもなるのに若い社員ばかり?
 先輩社員の勤続年数を聞いてみればいい。一年? 二年? 三年? 多分五年以上と答える人は少ない。まあ、軒並み短い年数が返ってくることだろう。
 翻ってベテランと呼ばれるような社員が少ない。少ないどころか、下手をすれば社長、専務、部長など、相当上役にしかベテランがいない恐れすらある。
 つまり人が居つかない会社。すぐに人が辞める(逃げていく)会社だということだ。