ぼくはしがないサラリーマン。
あまり日本では使われない珍しい食材を海外から輸入し、それを卸す仕事をしている。
今日も営業先のネパール人が店長をしているインド料理店にやってきた。
日本にあるインド料理店は、必ずしもインド人が経営しているわけではないというのは、この仕事を始めてから知ったことだ。
突飛な話のようにも思えるが、決して珍しいケースではない。
その人がどこの国の人かなんて細かく判別するのは、普段接触がない異国人には中々難しいのだろう。
最近は海外で日本料理店をやる中国人も多いらしい。

「いつもお世話になっております、サリナさん今日もお綺麗ですね」
ぼくは店のドアを開けると、すぐにも漂ってくるカレースパイスの香り溢れる空気を吸い込みながら、快活に声を張り上げた。
「イラッシャイ、オマチシテオリマシタヨ、アンタモスキネエ」
まだイントネーションが怪しい日本語で返事を返す妙齢の女性は、ぼくに椅子を勧めて、ラッシーという飲み物が入ったグラスを出してくれた。
冷やす習慣がないのか、それはとてもぬるい。常温というやつだ。

この店の店主サリナさんは、日本で暮らしてもう十年になるという。
中々直らないイントネーション以外は、日本語も達者なものだ。
額にはビンディという既婚女性がつける印がある。
赤い民族衣装はこの店を訪れるお客に異国情緒を思わせるか、あるいは祖国の匂いを思い出させるのかも知れない。
ぼくにはもう見慣れた光景だ。
誰が教えたのかピンクのスポットライトを思い出させるちょっとおかしい返しも、さらりとかわしていた。
「ありがとうございます。ところでご注文の件なんですが」
「ソウソレヨ。コノミセモモウジウネンニナルカラ、コンドオキャクサンガパーティーヒライテクレルヨ。アンタノトコロモオイワイスレバイイヨ」
さらりと言うサリナさんに、ぼくは苦笑いを浮かべた。
「えー、それはサービスしろってことですかあ?」
言いながらぼくは、酷く甘いラッシーを口に含んだ。
だがこの商談はあまり甘くないようだ。