地球が地軸周期値47%を迎えた日の事だ。

知っての通り、この日は太陽光線の地表照射時間が等値となる。
−75度に凍てついていた地表を覆っていた氷はこの一日で溶け切り、翌日に地表世界は水没。
海水は沸騰限界を超え、天頂半球は夏を迎える。47%の日。この春の一日にだけ表出し、四足歩行が可能になる遺跡群を、わたしは訪ねることにした。
目的地はン・マーリの古代遺跡群である。
ン・マーリは旧人の文筆家の名を冠してつけられたらしい。キヤコタという軟体動物を模した造形物には、化石樹脂由来のコーティング跡が残っている。
古代節足動物、ニカと呼ばれていた彫像は遺跡群の建造物に備え付けられ、ある種の原始的信仰の対象となっていたということが推察される。
キヤコタとニカ、この二つの神像の発見は前回の訪問の収穫である。今回の訪問は1地軸周期ぶりだ。わたしの2つの心臓は期待に踊った。

地中都市から地表に伸びるチューブをポッドで浮上。防御フィールドを展開。これを忘れるとわたしたちの体は気圧差に破裂してしまう。
4つの肺は口からせり出し、3つの眼球も破裂してしまう。前回はこれで死にかけた。気を付けよう。

今回はン・マーリの儀式広場を訪ねるつもりだ。クカンテウツという塔に代表されるこの地域は、キヤシクという、細い棒状の物体に哺乳類の肉片を挿し、
高温の油脂に投入をすることで奉ったらしい。胃を破裂させて倒れるという野蛮とも言える習慣があったそうだ。が、野蛮かどうかは時代背景が隔絶しているので、
私達が断罪するべきことではない。まずは事実を淡々と確認するべきなのである。

そういうわけで、私はン・マーリはクカンテウツにたどり着いた。ここには、ン・マーリという旧人類当人が記したという碑が残っている。
海水の凍結と沸騰による浸食に耐えきったこの碑が、つまり一見何の代り映えもしない背もたれにしか見えないこの碑が記録物であると分かった時、
私の2つの心臓は高揚した。思わず防御フィールドを過剰展開し、ン・マーリの遺跡群を吹き飛ばしてしまうところであった。

ン・マーリの碑の前に四足で立つ。
ゴンホニという言語、象形文字でこれは記されているのは、別の遺跡群との連関と照らし合わせる事で解明をした。わたしは6つの指先、感覚柔毛で碑文の表面をなぞる。

「ヲシャンカ ノイダイサ スマイザゴウトガリア
 へウショシイワ ノ レスイワ スマシタイウリュンコヲヒノコ テシンネキヲトッヒイダ ンパッシュ リトカンテノンニウショクゴンセ!クユトガナブノ」

……うーむ。意味が分からない。旧人類の行動、言語、文化は非常に謎が多い。レスイワとはどこかの地域なのだろうか。
この『イワ』はウショシイワのイワと何らかの相関があるのだろうか。うーむ。
と、考えあぐねているうちに、防御フィールドの限界を知覚した。
そろそろ時間だ。続きは次の地核周期である。何とももどかしい。できるなら、この碑文の主に直接意味を
訪ねてみたいものだ。が、それは現在研究中の時間逆行機械の完成をまたねばならない。完成には少なくとも4地核周期の経過を要する。
が、高々4周期である。待つという時間は長いが過ぎてしまえばあっという間だ。完成したら、一も二もなく、わたしは会いに行くつもりだ。
古代遺跡群の語源となった、ン・マーリという文筆家に。