村男十人は綿の入った着物の肩から蓑をかけ、髷頭に笠を被ると藁でできた長靴を履いた。一人が行灯を、四人が葛篭を担ぎ、五人が包みを持って外に出る。
 誰一人口を硬く閉ざしたまま一列となって歩く。先頭の男が蝋燭を灯した行灯を持ち、九人はそれについて行く。
 葛篭や包みには、御札が貼られていた。蓑や笠、長靴にも御札が貼られていた。
 風が夜道を通り抜ける。
「ぼっぼっぼ」
 その声が聞こえると、誰もが一瞬停止しそうになった。
「ぼっぼっぼ」
 だが、口を開いてはならない。
 祠につくまでの辛抱だ。御札が張ってあるので、声はそこまで近付いては来ない。
「ぼっぼっぼ」
 そして、ちゃっちゃっちゃという玩具の音が続く。
 十人は前や足元だけを見て、村から木々の小路を歩き離れていく。
 声の主は三日前に山の頂の岩のしめ縄が雷に打たれてから、この村に現われるようになった妖怪で、その岩に封じ込められていたのだ。
 それを封じた呪術師はもう昔の人間で、言い伝えだけが残っていた。
 神社の巻物にはこういうようなことが書かれている。
 【だんどろさん】は夜に現われ、村の子供を連れて行く。ぼっぼっぼと言いながら玩具の音を鳴らすが、それを子供に聞かせないようにしなければならない。
 何故なら、どんなに注意をしても一度その音を聴いてしまえば、子供にはその不気味な音までもさも楽しい音に聞こえてしまい、まるで祭りの縁日に急ぎたいが如く気がはやって外に出て行ってしまう。
 だからしっかり戸締りをして、子供の耳に団子を詰めさせ音を遮断させなければならない。
 古い昔、だんどろさんは飢饉時代に生まれた子供を食らう鬼だと言われ、呪術師が岩に封印したのだった。一説では口減らしをされた魂が寄り集まって遊び相手を欲する妖怪だともいわれている。
「ぼっぼっぼ、だんだ、どろどろ、だんだどろどろ」
 ちゃっちゃっちゃ
 この村にいる神主のいる祠まで彼らは歩く。
「だんだ、どろどろ」
 だんだ、どろどろ、とは、この地方の言葉でお餅や米を練って作った食べ物のことを言う。
 小路の先に祠がある鳥居が見えてきた。食物の入った葛篭や包みを持った村人が鳥居をくぐって行くと、声は遠くなっていった。
 神主が彼らを出迎え、祠に貢物の食料、米や野菜、粟、饅頭などを並べさせる。神主のお清めが始まった。遠くからまだ、だんどろさんの声が神主の祈りの声の間に聞こえる。
「ぼっぼっぼ」
 ちゃっちゃっちゃ
 神主が葛篭や包み布から御札を取り、清めた貢物の食物を入れさせると、それを村人は再び担ぎ、岩まで運んでいく。
「ぼぼぼ、ぼぼぼ、ぼぼぼ」
 鳥居をくぐると、もう御札がないのでさらにだんどろさんの声が近付いて大きくなってくる。だが清められているので一時的に貢物を襲っては来ない。
 匂いにだんどろさんはおびき寄せられ、葛篭だけを見てついてくる。
 新しいしめ縄を持つ神主と重い葛篭を担いで村人たちは歩いていき、山の頂までようやくたどり着いた。
 岩の周りに食物を並べると、一気にだんどろさんの影が飛びついた。そこで神主はその内に周りに盛り塩を盛り、お神酒を捧げて呪文を唱え始めた。
 村人は一斉に岩にしめ縄を巻いた。
 だんどろさんは饅頭を食べていたら驚いて顔を上げ、周りを見た。呪文が唱えられ続けて、盛り塩の先には行けない。
「………」
 だんどろさんの影が幾人にも分かれた。みなが盛り塩の先で岩の周りを饅頭や団子、木の実を手に、口に頬張って見てきている。それは遥か昔のこの村の者だった。
 神主が呪文を唱え終えると、みんなが姿を消して行った。
「これから、年に一度しめ縄と供え物の食料を持ってこの岩にやってこよう」
 神主が言いだんどろ岩に塩を降った。