「死ね! 地獄へ行って、二度と出てくるな!」
「人間の屑だな 草 もっと苦しめよ」
「まだやるとか笑い事じゃないでしょ」
「ブリブリブリブリイ!」



 つい一ヶ月前、象を使役していることにいちゃもんが付いて、一時出し物は全て中止になって、
暫く世間様のご機嫌伺いをしながらひたすら待って、それでまたこれだ。

「クソうんこ乞食野郎」というのが彼の芸名だ。露出した左肩には、痛々しい怪我の痕が残っている。
太い針がぶっ刺さった痕。もう治っているはずだが、生々しい。
 うちのサーカスは、「人から嫌われる人間のクズの集団がサーカスやってます」
 というポーズで、気持悪い曲芸、危ない曲芸ばかりをするのが「売り」である。
 出し物の一つであった、危険ドラッグに似たものを服用してラリった様子を見せるだけの演目、
これで警察が飛んできて、そのお陰でうちのサーカスは世界中で有名になった。
似たようなものというのが本当に似て非なるものだったのか、ヤバい代物だったのかは、私は知らない。
 今では「コーヒー三十杯のガブ飲み」が、それに取って代わっている。

 しかし、つまんないことになったものだ。
「やってらんねーな、マジで」
 彼は「メシア」。ヘブライ語で救世主という意味だ。メシアでも何でもなく、ただ適当に付けた名前……
というより、その筋の人の神経を逆撫でするためにわざわざそんな名前にしたのだ。
 彼以外のメンバーは、「春子」「道子」「朋子」などなど。私も「桜子」と平凡である。
女の破廉恥な格好が見たい客のために、メンバーは彼以外全員女性だ。
 彼も「太郎」と改名することに団長が決めたが、彼は厳として応じなかった。
どうしても首を縦に振らなかったのである。そのため彼は「メシア」のままだ。
彼は、重度の知的障害者のウンコを食べる見世物にクレームが付いて、団員の中で
一番美人の団長のウンコを食べている。普通に食べるのではなく、冷蔵庫に保存したものの早食いである。
「あんな会見開いちまったら、俺達は終わりだろうが。もう死んだほうがマシだ」
「『何かに一生懸命になれる時、その人は光り輝くことができるのです』よね」
 そう言ったのは私だ。
 無関係の、このサーカスの団員でない他人が台詞を作り、一言一句そのままに
受け売りで喋ったのだ。皆泣いて嫌がったが、圧力団体の嫌がらせが酷すぎた。
このまま批判され続けるよりはマシだという団長の判断があった。
「私達も真面目にやってるということが判ったはずよ」
「団長、しかし危険ドラッグの件、実は演技だなんて誤魔化しがよく通用しましたね」
「ま、この世の中、みんな馬鹿なんじゃない? 私達と同じかそれ以上に」
「そうっすね」
「真面目な話、高所から針の山に飛び降りる『エクストリーム自殺』、あれは危ないわ。メシア、大丈夫よね?」
「いや、慣れてるからだいじょぶっすよ。それこそ、努力でしょ? なんだかんだで、うちらメンバー、
努力の大切さは知ってるし、ムチャクチャなのはポーズだってこと、よくわかってるっすから!」
「そうね」
「努力してくるっすよ。真面目にやれば、悪いことなんか起こらないっすから!」
「それは皮肉?」
「さあ、どうっすかね」

 そう言ってメシアは「エクストリーム自殺」の演目を演じた。

 その結果、失敗して意識不明の重体となった。

 ところが、万事塞翁が馬というやつか、我々の興行収入は更に増えた。
 あの会見が、ヤラセの暴露だけは真実、真面目くさっていることだけが
実は嘘のヤラセであるという誤解が広まってしまったのだ。メシアは半年後、演目に復帰した。
 我々の熱狂的なファンは、我々に寄付までしてくれる。
 後二十年儲けに儲けて、その後は後継者を探すことになりそうだ。

 ほんと、人生何が幸いするか判ったもんじゃない。