「天ぷら屋」

 久しぶりにこっち方面に来たな、さて昼は何を食べよう。蕎麦にしようか、ザルではない冷たいぶっ掛け系のやつだ、ここら辺りにいつも食べているチェーン店があったはずだ。それに天ぷらを足すのもいい。
天ぷらかぁ……そうだ、その蕎麦屋の近くに天ぷら定食屋があったな、そこにしよう。

 狭い路地の奥、店に近づくと徐々に天ぷら油の匂いが強くなってくる。間口は一間の引き戸のみ、奥行きのある店内は長いカウンターだけだ。昼をとうに過ぎた時間だが、20席ほどある席の半分近くが埋まっている。

 入口の置物みたいないおばあさんに注文を告げる、食券販売機の人間版だ。
メニューはもちろん天ぷら定食(ご飯、味噌汁、天ぷら)のみ、定食の種類が天ぷら5品(野菜2、魚、ササミ、その他)、5品+エビ2、エビ5のみというシンプルなもので、あと一品だけとかご飯の大盛り小盛りなど。

 私は5品を注文した。おばあさんは少し大きな声で「お一人様」と言いい、おつりと札をくれた。今じゃめったに見ない、数字の書いた楕円のプラスティックの札だ。

 狭い間隔で椅子が固定されているで、私は両側に客のいない席を選んで座った。札をパチリとカウンターに置くと、すぐにカウンター内の店員がお茶を持ってきて、札をさっと取りカウンター内側に置く。
それから少し間をおいて、大根おろしの入ったつゆとタクアンが二切れの小皿が運んでこられ、次にワカメと豆腐の味噌汁(白味噌仕立て)とご飯が目の前に置かれた。

 天ぷらが出てくるのはもう少しあとだ。席から厨房の台に並べられたタクアンの小皿、具だけ入った味噌汁のお椀、大きな炊飯器に山積みされたご飯茶碗などが見える。奥では天ぷらが揚げられている。

 とりあえず味噌汁を一口啜る、前に見えるあの大鍋でずっと温められている汁だ、まあ風味はあまり無い。
そこで目の前にある七味唐辛子を一振り味噌汁入れる、それから天つゆにも二振り。もう一度味噌汁を口に運ぶ、それからタクアンをかじり、ご飯を一口。
これで一旦止めて置かなければ、後に出てくる天ぷらとご飯の量のバランスが崩れる。

 おっ、揚がったな、……他の客の分だった。眼の前のご飯と味噌汁を我慢しつつ再び待つ。スマホ開いて、5chを見て暇つぶし。おーワスレハイが始まってるぞ。

「はい、どうぞー」と揚げたての天ぷらが目の前に来る。

 さて何から食べよう。ごぼうとニンジンのかき揚げ、紫蘇をのせた鶏のササミ、開いたキス、玉ねぎの輪切り、あと四角い白い……イカだ。

 それではまずかき揚げをつゆをつけ一口、サックと噛み切れる、これは三口分だな。次はキス天を小さく一口、サクッどころではないパリッと行ける。よしご飯だ、そして味噌汁。
次は玉ねぎだ、大抵アーチ状で揚がったのが出てくるのだが、玉ねぎの端の部分だから丸い形で揚がっている。
それを半分噛じる、おや皿の玉ねぎの下から細長い棒状の天ぷらが出てきたぞ。何だろう? 山菜かな、6品目だ、ラッキー! では一口……。あらさっきの玉ねぎの丸い一番外側が切れて伸びて揚がってただけだった。

 気を取り直して、二切れ目のタクアンを食べご飯を一口。よし次はササミだ、天つゆにつけ半分食べてみる。あっさりとしたササミに紫蘇がいいアクセントになっている、二口に分けて食べようと思ったが、そのまま全部口に放り込む。
それからご飯を少し多めにかき込む、それを味噌汁で流し込む。思ったよりご飯の消費が激しい少しセーブしなくては。

 玉ねぎを全部食べ、味噌汁、かき揚げ二口目、味噌汁、ご飯一回休み。キス天にはたっぷりつゆをつけ大根おろしも山盛りで口に運ぶ。尻尾を出すなんて野暮なことはしない、そこがいっそうこのサクサク感を演出しているのだから。

 残すは、ご飯一口少々、味噌汁も少々、かき揚げにいか天。先にかき揚げを片付け、そして味噌汁を飲み干す。

 とうとうメインのイカだ、ササミとこれどっちをメインに持ってこようかと考えたが、ちょっとイカの方が大きかったのでこちらにした。つゆの大根おろしも残してはもったいないのですくうようにつけ、口へ。

 これは一口で行こう、もちっとした食感をを感じようとしたら、軽く噛み切れた。……あちゃーこれ白身魚じゃん! そうだったここには一品にもイカ揚げとかなかったな、他の店のメニューと勘違いしてた。
残念無念と残りのご飯を平らげお茶を飲んだところで、二人連れお客が私のすぐ隣に座ったので、私は席を立った。

 入口のおばあさんが「ありがとさん」と言って送り出してくれた。