>>137 滑り込みセーフ

お題:『配管工』『ユニオニオン』『誰かが冗談を言う』『ドラムンベース』『ジャンル:ローファンタジー』

【春踏(しゅんとう)】

 冬の寒空のもと、夕暮れ時の広場で赤と青を基調としたオーバーオール姿の男たちが大勢集まっていた。
 その中央部分で20人程のむさ苦しい男たちは直径10メートル程の輪を作り、中心を向いて片膝をつけ頭を垂れる。

 さらにその輪の外側でひと固まりになっているのは、8人程の演奏者たちだ。
 ドラムセットや電子キーボード、エレキギターなどが並んでいる。

 バスドラムから始まった軽快な生演奏に合わせ、頭をあげて立ち上がると踊りだす。
 ドラムンベース調のリズムに乗って足を伸ばし縮め、その場で回り飛び跳ねる。
 足運びに大切なのは身振り手振りだ。大きな足運びをするならば手振りも自然と大きくなるもの。

 彼らはニ時間も続けると、輪のすぐ外側から入れ替わる交代要員とダンスの中で手を叩き合わせ、休息を得る。

 これを三日三晩のあいだ繰り返す。
 神聖なる儀式なのだ。一瞬たりとも音楽と踊りを絶やしてはならない。

  ★ ★ ★

 三晩目を明かした早朝、ついに輪の中心部分の土が盛り上がり、緑色の土管が生えてきた。
 もう一息だ。そこに集まった全員が輪を作り、踊りに加わる。

 五分もしないうちに土管から這い出てきたのは、玉葱頭をした精霊だ。名前は恐れ多くてとても言えない。
 男たちは全員地べたに正座し、精霊に向かって頭をふせる。
 その姿に満足した精霊は土管の縁に寝そべって、甲高い声をあげた。

「ようお前らご苦労なことだな。今年も賃上げは成功させてやるから、もっと御布施を寄こせよな」

 老齢の男が一人、目を伏せつつも素早く精霊の視界の中央へと移動し正座する。

「我らが精霊様の意のままに」
「今年はやる気が起きないからもういいよな。来年はオペラで出迎えてくれ。そんじゃまたねぇ〜〜〜」

 精霊が土管の中に転がり落ちると、土管も地面の中へと沈んでいく。

「気難しい方だ。だがこれで今年も賃上げは約束されたも同然だな」

 男たちは皆やり遂げた満足感で溢れていた。

「増えた分以上に精霊が掠め取るのにな」

 などと誰かが冗談を言うものならば、そいつは間違いなく団体の裏切り者であるが、幸いこの場にいたのは同志達だけだ。

 現世とは異なる世界をつなぐ彼らは、配管工と呼ばれていた。

〈おしまい〉