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お題『深海』『女体化』『氷河期』『人形』+最後の一行が『強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。』

【歌うシャチとオモチャの人魚】(1/2)

 霞がかっていた意識が晴れ、目を開けると水の中だった。
 泳ぎ方はなぜだか分かる。両腕は自然な形で後ろに伸ばし、両足の代わりとなる尾ひれを上下させて水を蹴るだけだ。
 しかし上半身の姿勢を維持するのが難しく、その場でもがくようになってしまう。
 とは言え、両手を若干広げてうまく舵を取れば良いことにはすぐに気が付いた。
 それだけで顔に当たる圧が増し、五回蹴っただけで海底が後ろへと勢い良く流れていく。

 不本意ではあるが、この身体は想像以上に素晴らしいことを認めなきゃならないな。

『意識接続は良好のようね。一度接岸しなさい』

 俺の頭に直接響く女王様の声に従い、砂浜へと身を投げる。
 水から顔を出してその場に座り込むと、隣には体長5メートルを越えるシャチが横向き状態になっていた。
 胸びれで腹太鼓を叩きながらかもめの水兵さんを歌っているが、ビールっ腹を叩く中年オヤジのようでみっともない姿この上ない。

 俺のこの身体も隣のシャチも本物じゃない。
 人形とペアリングすることで意識を移動させ、その人形を自在に操る魔術によるものだ。
 ちなみに俺のこの身体はウェーブ掛かった長い金髪の美形人魚である。

 闘神大学海洋武芸科に所属し、三人編成となる俺の班に与えられた人形は、ダイオウイカ(♀)、シャチ(♀)、人魚(♀)だ。
 男である俺があからさまな女型である人魚は選べず、残りのどちらにしようかと僅かに迷っていると、班の女子二人は即座にシャチとダイオウイカを選んでいた。
 なんでどっちも人魚を選ばないんだよ!

 結局交換にも応じられなかったため、俺は人魚になるしかなかった。
 くそっ、何が悲しくてこの俺が女体化せにゃならんのか。

「あんたはこれからそれで生きていけよ。めっちゃ似合うぞ、リョウタロウちゃん」

 シャチの人形を選んだユウカが全身を震わせながら、そのシャチの口で俺を茶化すが冗談はやめろ。

 なぜ女子である二人が人魚を選ばなかったのか、なんとなく察しは付いている。
 二人とも本体は水の抵抗がなさそうな体型をしているうえに、コンプレックスを感じているからな。泳ぐのに特化したこの人魚の体型と同一視されるのが嫌だったとみえる。

 特にユウカなんて同じ大学生だと言うのに落ち着きのない行動と服装、背丈も相まって、この間は小学生男児だと間違われたくらいだ。
 思い出して笑いがこみ上げてしまい、ユウカに対して思わずボク、元気いいねえとこぼしてしまった。

 うつ伏せに戻ったシャチは、ドッタンバッタンと巨体を跳ねさせながらアニメの主題歌を口ずさみ、ビーチチェアの上で仰向けになっている俺の本体へ近づく。
 おいやめろ、だんだん俺に惹かれなくていいし、俺の笑顔は眩しくない!! 俺をそのまま押し潰す気か、マジで謝るから!!

「痴話喧嘩をやめなさい。説明するわよ」

 胴体長だけで10メートルを超えるダイオウイカを操る我らが女王様……もとい、班長のアンナが声を上げた。
 さすがに砂浜へとは上がれないようで、横倒しになって胴体部分の一部を水面に浮かべている。
 二本の触碗を揺らしながら50cmに迫る目玉で睨まれるとか、どんなホラーだ。

 砂の上で胴体を横に揺らしながら移動し、俺と並ぶユウカ。さすがのこいつもアンナの言うことは黙って聞く。
 闘神大学海洋武芸科二年でありながら最強の称号を欲しいままにし、優れた顔立ちや整ったプロポーション、雰囲気だけではなく、実際に良家の生まれということもあって女王とあだ名されているくらいだ。

 もっとも胸周りは虚飾にまみれているが、その事を知るのは俺とユウカくらいだろう。
 知ってはいけないことを知ったがために、あろうことかユウカは同科ブービーである俺の命を差し出して助かろうとした。
 まあ先に同科次席であるユウカの命を差し出して命乞いを始めたのは俺なのだが。
 結局生かされて女王様の傍に置かれることとなったが、ユウカの斜めになった機嫌を戻すのにニ月分のバイト代がお菓子に変わった。