>>245 今回お題難しくね……?

使用したお題:『幽霊』『百』『ひみつ道具』『チューハイ』

【百鬼夜行】

 百鬼夜行が見たいと言われた。私は怪訝な顔で少し相手の顔を見て、手に持っていたチューハイの缶でその額を軽く叩いた。

「あたっ。何すんのよ」
「それはこっちの台詞。急に意味が分からないこと言わないで。最近面白いことがないから困ってるって愚痴ってたら、いきなり百鬼夜行が見たいとか……。
お化けが見たいのならお化け屋敷でも行ってきたら?」

 頭を冷やせと完全に無関心な私に、テーブルに突っ伏していた相手は不服そうに見上げてきた。真っ赤な顔は照れているからではない、酔っているからだ。
 小さなテーブルにぐでんと頭を転がしながら唇を尖らす、という妙に器用なマネをして相手は文句を言ってきた。

「だってー、なんか見たくないですか? 百鬼夜行。だってお化けがたくさん、たーっくさんいるんですよ? しかもそんなのが街の中を練り歩くんですよ?
 パレードみたいで楽しそうじゃないですか。見たくないですか?」
「パレードが見たいなら夢の国にでも行けばいいと思うよ」
「そうじゃないよー、そうじゃないんですよー」

 私の同意が得られないことにジレたのか、テーブルの上で頭だけをゴロンゴロンと転がすという器用なことする。
 私はアホらしくなって、相手の頭にチューハイの缶を押し付け、その動きを縫い留めた。ついでにグリグリ捻じる。

「あのね、お化けが見たいって言うのは簡単だけど、実際は難しいの。そんなどこにでもいるもんじゃないし、いたとしても見世物じゃないんだから。
危険な奴だって混じってるかもしれないのよ? 遊園地に行ってお化け屋敷入ってパレード見れば、百鬼夜行を見たのと同じじゃない。それで我慢しなさい」
「えー、だったら百鬼夜行の方がいいじゃないですかー。ほら、お化け屋敷とパレードを兼ね合わせたってことで」

 テーブルの上から眼だけで懇願してくるという器用な真似をしつつ、相手が頼んできた。いやいや、頼まれたって私が百鬼夜行をやってるわけじゃないんだし、と心の中で盛大に突っ込む。
 ただ相手が「どうしても百鬼夜行が見てみたい!」と酔っ払い特有の我がままを発揮してきたので、面倒くさくなった私はため息をつきつつ、奥の手を引っ張り出してきた。

「ん、なにこれ? メモ帳?」
「ちょっと仕事のね。ホントは他人に見せちゃダメなものなんだけどね。だから人には秘密にしといてね」
「オッケー、私なら見てもいいわけね。大丈夫、口は堅いから」

 どの口が、と思ったが、あえてそこに言及しなかった。さっきまで百鬼夜行にあれだけ食いついていたくせに、今はメモ帳を興味津々の瞳で見ていた。秘密という言葉が効いたんだろう、きっと。
 相手は顎で頭を支えるという器用な恰好で文字列を追っていく。フンフン、と興味深そうに読んでいたが、だんだんと顔つきが険しくなり、最後には青ざめた表情になっていた。

「……なにこれ?」
「私の仕事のメモ。探偵やってるからね、

私。その関係でいろいろ情報を仕入れてあるのよ。週刊誌に載せられそうなもの、表沙汰にするって言えば圧力をかけられそうなのもの、世間に出しちゃまずいもの……これはその中でも飛びきりヤバイ類の情報」
「え、嘘、ヤダ……なにこれ本当のこと?」
「本当のことよ。さらに言うと、その後ろの方のページは、ご近所関係のどす黒いお話の類。あまり見ない方がいいわよ?」
「……ひぃー、人間怖い! こんな怖いことがそこら中にあるの!? 人間の世界の方がよっぽど百鬼夜行じゃない!!」
「まあね。でもおかげで私の飯のタネになってるのよねー」
「ひ、ひぃー! 平然としてるあんたが一番怖い! 鬼! 悪魔! お化け!!」
「ちょ、どこ行くのよ!?」

 そう罵ると相手は、頭をテーブルから浮かし、後ろ向きで窓の外へと飛び出していくという器用な真似をした。
 首がシュルシュルと巻き戻っていく様子が相手の悲鳴の反響具合で何となく察した。
 私は一人残ったチューハイを飲もうとして、中身がなくなっていることに気づく。新しい缶のプルタブを開けた。

「まったく、どっちがお化けなんだか」

 私は苦笑しながら相手が帰って行った先を見ながら、何か面白いネタが転がってないかなぁと夜の道を見下ろした。