『馬』『田中』『チモシー』『ボタン』
最後の一文を『だが、これで終わりではなかった。』

【現場を知る為に】

「おい、そこの新人! チンタラやってんじゃねぇよ!」
「は、はい! すみません!」

 俺は今なぜか牧場で馬の餌やりを行っている。俺が就職したのは営業部のはずだ。それが何故こんな事になっている?
 思い返せば、先日の職場での事が発端なのだろう。

「おい、田中。これがなんだか知ってるか?」
「……なんですか? 牧草?」
「チモシーだよ、チモシー。お前、自分のとこの扱ってる商品くらいちゃんと把握しとけ」
「はぁ……」
「……こりゃ一度現場を体験させた方が良さそうだな。おい、明日この住所のとこまで行ってこい」
「……どこですか、ここ?」
「行けばわかる。色々と見て、体験してこい」

 新人の俺の指導担当になった、同じ名字の田中先輩の呆れた様な声が聞こえてくる。……なかなか思ったような就職先が見つからなかったから片っ端から面接を受け、採用されたのが今の会社の営業部である。
 ボタンの掛け違いでもあったのかのように、俺には遥かに向いていなかった営業職になってしまった訳ではあるが、それでも頑張ろうとは思っていた。だけども、気付けば何故か牧場で馬の餌やりである。

「こりゃまだまだ使えねぇ新人だな、おい」
「す、すみません!」
「いいか、あんたのとこが扱ってる商品の一つがこのチモシーってやつだ。馬にとっちゃ主食の一つなんだ」
「あ、なるほど。そういう事ですか!」

 それを聞いて先輩が何をさせたかったのかが少し分かった気がする。つまり自分たちの扱う商品の実物をちゃんと見てこいという事なんだろう。そうと分かれば頑張るしかないだろう。結構な重労働ではあるが、これも商品の理解を深める為だ。

 それからその一日はひたすら馬の餌やりを筆頭に色々な世話をさせられた。体力には自信があまりなかったのでその日の終わりにはもうクタクタであった。そんな時、携帯が着信を知らせてくる。相手は田中先輩である。

「おう、今日はどうだった?」
「……疲れはしましたけど、先輩の言いたいことはわかりました!」
「そうか、ならいい。とにかく今日はお疲れさん」
「はい!」

 先輩は先輩なりのやり方で俺に営業の仕事を教えてくれているのだろう。流石にこういうのばっかりは勘弁だけどね。

「そんじゃ、明日はチモシーの収穫の方だな。今日はしっかり休んどけよ」
「え、ちょ!?」

 それだけ言い残し、田中先輩は電話を切っていった。その直後に住所の記載されたメールが田中先輩から届いている。重労働で現場を体験するのは今日だけだと思っていた。だが、これで終わりではなかった。