>>315
使用お題:『難しい理論(種類は問わず)』『摩天楼』『ダンジョン』『仮面』『カレー』

【ある勇者のパーティー】


 襲い来る魔狼王の攻撃に、俺は真正面から立ち塞がる。
 いつもよりやや左に重心を置き、最小限の振りかぶりと共に最速の迎撃。
 斬撃を嫌った魔狼王は俺の右手側へと身を翻すが、それを読んでいた俺は左側に開いていた足を踏み込み、横薙ぎに剣を振るった。

 Gigaaaaaaa!!!!

 会心の手ごたえと共に魔狼王の巨体が地に伏す。対する者が人間であったならこうも上手くはいかなかっただろう。
 本能で動く魔狼の類は、その感覚の高さ故に、咄嗟に利目を頼り左側へと飛び退く事が多い。
 それを知っているが故の結果だ。
 長年、魔獣や妖魔と言った魔物を相手にして来た俺の流派故の剣の理論……理合いと言った所だろう。
 群れのリーダーだった魔狼王を切り伏せた事で、残った魔狼達も腰が引けている。あまり追い詰める事が無ければ、もう少しで瓦解すると思われる。

 OoooooooBooooooooo!!!!!

 慟哭の様な叫びに目をやると、仮面を着けた少女が巨大魔樹を氷雪の魔法で氷漬けにしている所だった。“仮面の魔女”とも言われる彼女の魔法は特殊だ。
 彼女はその身に付けている仮面を取り換える事で無詠唱で魔法を使う。
 東方にある呪術の一つに、神の仮面を着ける事でその身にその神の現身を降ろすと言う物が有る。
 彼女は、それをヒントに鉱石魔術……魔晶術を取り入れ、宝石を触媒に仮面の文様を術式として、自らの体を疑似的な精霊へと転化する、新しい魔術理論を組み上げたのだ。
 精霊の行動は全てが魔法に代わると言う。それは疑似精霊へと転化した彼女も変わらないらしい。
 それ故に彼女は、無詠唱で強力な魔法を次々に使う事が出来るのだ。

 そして……

「どっせええええぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 この魔物の群れのボスらしきトロルを蹴りだけで屠っているのが勇者である。
 高速再生能力を有するトロルを打撃だけで完膚なきまでに叩きのめせると言うだけでも既に慮外の事だが、その上、再生すらままならなくできるなど規格外も良い所だろう。
 普通であれば、その能力の高さに畏怖し、敬意を払う所であるのだが、彼が手に持っている物が全てを台無しにしていた。

 赤みの有る茶色のスパイシーな香を漂わせるその食べ物……カレー。

 勇者の故郷の食べ物であり、彼の大好物だと言うそれを片時も離さない状況を見ると、彼にどう声を掛けるべきか、頭が痛くなる。
 勇者が蹴りだけでトロルを屠ったのも、それだけの実力があるからと言うだけではなく、カレーを食べるのを止めたくなかったからだろう。
 その証拠に、ほぼミンチとなったトロルの死骸を見ながらも、彼がカレーを食べる事を止める気配はない。

「……今度、キーマカレーを作ろう。うん」
「何の話ですか? 勇者」
「あ、いや、こっちの話」

 天を摩する楼閣……摩天楼の名にふさわしい魔王の城が聳え立つのが見える。事前の斥候達の話では、魔王の住居は、その魔王城の地下に広がるダンジョンに有ると言う。
 この魔王領に入ってから、魔物達の攻撃はますます激しくなっている。
 通常異なる種類同士の魔物が群れを作る事は無い。
 それ故に、魔王の統率力の高さがうかがえる。
 そんな魔王と対峙するのも、もう間もなくの事だろう。
 自分達の行動の是非いかんでは、人類に明日は無いのだ。そう思うと、身震いがする。
 そんな悲痛な覚悟を決める俺とは対照的に……

「よし! 今度はビーフカレーじゃなく、シーフードだ!!」
「勇者、僕にも頂戴?」

 後ろから聞こえる、そんな勇者達の呑気な声に、多少の殺意が湧いたとしても仕方が無いと思う。