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使用お題:『影法師』『将棋か囲碁』『雑談』『文学少女』『混ぜる』

 これで『将棋か囲碁』のお題クリアになってるかは自信はないですが……。

【影法師と文学少女】

 図書室の一角にある机で一人の文学少女が本を読み耽っていた。いつもの日課で本であれば何でも読むという彼女が今読んでいるのは『将棋入門』という本である。彼女は将棋の事はろくに知りはしないからだ。
 そんな彼女の前に人影が現れる。……影だけが。

「やぁ、また本を読んでいるんだね」
「……またあなた? ……なんでいつも影だけなの?」
「いやいや、つれないねぇ。何度も言うけど、僕の事は影法師とでも呼んでおくれ」

 図書室の壁に影だけで現れるから影法師なのだろう。それはどう見ても影だけで動く謎の存在だ。そろそろ日が暮れ始め、昼と夜が混ざる時間帯になってきた。
 そんな時にその影法師はいつも現れる。ただただ彼女と雑談をする為だけに。

「いつもは小説とかを読んでいるのに今日に限ってなんで将棋なんだい?」
「……あなたに教える気は無いよ」
「あれま、これは嫌われたものだね。……僕はそれなりに将棋には詳しいつもりなんだけどね」
「……ほんと?」

 影法師はいつも彼女が興味を持つように、その時に読んでいる本に関わる知識を混ぜるようにして雑談を持ちかけてくる。影法師はどんな本に対しても同じ様に沢山の知識を持っている。それはそれは不気味な程に。

「どうしてもというのなら、将棋の事を教えてあげるけど?」
「……あなたに教わるのは何か嫌」
「あらま、つれないねぇ。例えるなら今の君は『ヘボ将棋王より飛車を可愛がり』かな?」
「……それはどういう意味なの?」
「将棋の格言さ。将棋において一番大事なのものは『王』なんだ。でも、それを忘れて必要以上に『飛車』を大事にしてしまっている状態の事だよ。今の君にとっての『王』と『飛車』はなんだい?」
「……私にとっての『王』と『飛車』? 今の私の一番大事なもの……」

 彼女にとっての『飛車』とはこの影法師から教えを拒む事。そして一番大事な『王』は『将棋入門』の本を読んでいた理由。……大好きな祖父が入院してしまい、今は退屈を持て余している。だからこそ彼女は祖父の大好きな将棋を覚えようとした。
 祖父は強がってはいるが、彼女と彼女の両親は医者からもう祖父は長くはないと聞かされている。その前に祖父との思い出を作りたかったのである。そう、祖父の大好きな将棋で。

 「……分かった。影法師、将棋を教えて」
「そうこなくっちゃね。あぁ、でもごめん。僕は将棋盤には触れないから、駒を置くのは君に任せるよ」
「……それくらいは問題ないよ」

 彼女は安物ではあるけども持ち運びのできる簡単な将棋盤を持っていた。それを使って、影法師から将棋を教わっていく。
 不気味な影法師ではあるけども、そこに悪意はなくただ純粋に将棋を教えてくれたのであった。

 しばらくの後、彼女の祖父は息を引き取った。しかし、その最期の間際には孫と大好きな将棋を打って、最後の楽しい思い出に満足した笑みを浮かべる老人の姿があったそうだ。
 そしてそれ以来、彼女が図書室で影法師を見る事はなくなった。