>>468 うーん、恋愛物は上手く書けん。
使用したお題:『影法師』『将棋か囲碁』『雑談』『文学少女』『混ぜる』

【裏側にあるモノ】

「将棋の駒って、どうして裏返しになると強くなるのかしら?」

 私はふとそう呟いた。たまたま目を落としていた文庫本に将棋のシーンが出ていたからだ。
 同じ部屋で一緒に本を読んでいた彼もまた、本から目を離さずに答えた。

「単純に強くなる表現の一環だろ。敵陣深く食い込んだ兵隊って、敵からすれば相当厄介だろうし。
 だからと言って新しく駒を用意するわけにはいかないから、裏返しで強くなる表現をしたかっただけなんじゃないかな」

「確かにゲームの手法という観点から見ればそうだけど、裏返しというのがすごく意味深に思えない? その駒には裏の顔があって、敵の王の近くにいると本性を現す、みたいな」

 私の言い分に「ふむ」と相槌が返ってきた。チラリと顔を下に向けたまま目線だけを彼に向けると、彼は本を見ながら眉間に皺を寄せて少し考えていた。

「言われればそう思えなくもないけど……でもそれだと変じゃないか? 一般的に裏側というものは弱いとされている。
 ジキルとハイド然り、影法師然り、古今和歌集然り。だいたい裏側扱いされてる者は負ける定めじゃないか。強いとは思えないよ」

「そんな古典文学や純文学の裏の意味と、戦争疑似体験ゲームの将棋の裏返しをごちゃまぜにしなくても……」

 私は呆れつつクスリと笑った。思考のベースが小説である彼は、何かと考えがズレている。だけど、それが嫌じゃない。
 彼はまた「ふむ」と一息おいて、本から顔をあげて私の方を見た。私は逆に急いで本に視線を戻す。目が合わなかっただろうか、こっそり見ていたことがバレなかっただろうかとドキドキする。
 だが彼は一切気づかなかったらしい。冷静に自分の考えを述べる。

「確かに。でもやはり納得はいかない。裏側というものは悪しきもので消え去るもの、消し去るものという認識が日本古来のものだ。
 大昔に発明された将棋にその考えが生きていないという考えは納得できない。やはりそこまで深い意味はなく、単純に駒を有効利用しようとした結果なんじゃないかと思うけど……」

「まあ無難に考えたらそうよね。深く考えるほどのことじゃないのかもしれないわ。でもね」

 ここで一呼吸。本題はここからだ。本から目をあげて、初めて彼の顔を真っすぐに見つめた。
 私はせめて事前に考えていた台詞を噛まないように神に祈った。

「人の一番強い思いみたいなのは、その人の裏側に隠されてる、って考えることもできるんじゃない?」

「ふむ……」

 彼は再び熟考する。私は彼がまた思考の渦に潜っていった様子を見て、安堵したような落胆したような複雑な気持ちになった。
 小説が好きで、文学的な物言いが好きで、洒落た表現が好きなくせに、私の台詞の真の意味をいつも理解してくれない彼の真剣な表情を困ったように見た。
 私の裏側にある気持ちはいつ彼に伝わるのだろうか、そんなことを思いながら、何かを考えてる彼を少しだけ赤らんだ顔で見つめていた。