>>519 まずは1いじり……
使用したお題:『1年』『進行が主人公』

【シンコウさんの物語】(1/2)
 僕の妹は精神の病を患っている。

 詳しい病名は忘れた。ただ「妹の精神年齢は通常の人の3分の1か4分の1くらいの速度でしか成長しない」というお医者様の言葉だけは幼いながらも良く覚えている。
 その時の妹の無邪気な顔と、両親の青ざめた顔も。

 妹は普通ならそろそろ高校受験を考える年齢だというのに、その精神年齢は5歳児並みなのである。

「ねぇ、お兄ちゃん。お話聞かせて?」

 妹の行動範囲は狭い。肉体は大人の女性で、精神が子供のままの妹の独り歩きは危険極まりないからだ。
 だから妹は家と障害者用の学校と病院以外には連れて行ってもらえず、だから妹は僕の話を聞きたがる。僕のありきたりな日常の話を。

 最初のうちはそれでも喜んでくれた。放課後の友達とのやりとりを一緒になって楽しんだり、学校のムカツク先生の話で一緒に怒ったり、猫が車に轢かれた可哀そうな姿を想像して二人で涙した。
 学校から帰るとすぐに妹は僕にしがみつき、いつも今日は何があったのかと話をねだった。背丈はそれほど変わらないのに中身は子供の頃のままで少し複雑な気分がした。でも妹の求めるがままに何でも話した。

「……ねぇ、他にないの?」

 しばらくして、妹は僕の話に飽きた。当たり前の話であった。
 精神年齢は5歳児並みだけど、記憶力は普通の女の子と変わらない。だから僕が昔した話を覚えている。
 「それ前に聞いた」「そこの話面白くない」「ねぇ、違うお話を聞かせて?」と注文が増えるようになった。とはいえ、一般の男子校生の話なんてそんな飛躍した物語を作れるはずがない。

 なので、僕は小説を読むことにした。

 漫画は止められていた。妹には刺激が強すぎるとのこと。また、自分の異常性に気付いてしまう可能性があったからだ。
 なので僕は小説を読んで、そのあらすじを妹に聞かせるようにした。僕の友人がこんな奴で、こんなことをしていたんだよーって。

 妹はそれを大層楽しんだ。

 小説には人生が詰まっていると言ったのは誰だったか。よくわからないがその通りだと思った。
 妹はその作り話の主人公たちの一喜一憂に心を動かし、僕の話ではなく僕の架空の友人の話を求めるようになった。

 ただ、これには問題があった。僕が小説を読むのが苦行だったことだ。
 文章を読むこと自体は苦痛ではない。でも、僕だって健康な一男児なのだ。友達とも遊びたいし、家でのんびりしたい。ゲームだってしたい。勉強はしたくないけどしなきゃいけない。
 そんな中で小説を読んで、そのあらすじを考えて、妹に害がないように内容にフィルターをかける作業は困難を極めた。僕はしばらく悪戦苦闘の毎日だった。

 ……そんな中、あるサイトを見つけた。『安価・お題で短編小説を書こう』というネットのスレッドだった。

 ここは5つくらいのお題をアンカーで募集し、そのお題に即した短編小説を書くというサイトだった。
 正直盛り上がりにかけるし、そこまで名作ぞろいというわけでもなかった。でも、短編と言うのがすごくよかった。僕はそのサイトに書かれていた物語を読んだ。

 妹からは好評だった。

 精神年齢が低いから物語の深浅は考慮されない。そして短編小説だから起承転結が短くて妹にも理解しやすい。
 何より話し手である僕がすぐ理解して読み聞かせやすいというメリットがあった。僕はそのスレッドに常駐しはじめた。

「お兄ちゃん、今日もシンコウさんのお話ある?」

 シンコウさんというのは僕が作った架空の人物だ。スレッドに投稿された短編は僕が書いたものではないので、勝手に自分や友達の名前を当てるのは気が引けた。だけど、人物名がないと妹に話しづらかった。
 だからその時のスレッドのまとめ役である進行さんから名前をとって、シンコウさんの物語と名付けた。妹はシンコウさんのいろんな角度からの物語を楽しんでくれた。

 ……ただ、ここで困った事が起こった。初代進行役の人が進行役を辞任したのだ。これではこの短編を書こうスレが機能しなくなる。妹に聞かせる話がなくなってしまう。

 だから……僕は2代目の進行役を買って出た。全ては妹のために。そして僕自身のために。