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お題:『楽器』『ホットドッグ』『爪切り』『白魔術』『にんにく卵黄』


【陰鬱な終末】
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 金曜日の夕日はいつだって優しい。脳内アナウンスも浮足立っている。今週の世界はこれでおしまいです。また来週。
 俺は職場からいそいそと脱出してHPとMPが赤いまま帰路につく。改札を抜けホームに並ぶおじさんの群れの一部となる。
 おじさんAが現れた。おじさんBが現れた。おじさんCは俺。D、E、F……別にキングおじさんにはならない。まだこの人たちとは違う種族だと思えるほどには若造のつもりだ。
 しかし地下鉄の窓に映る表情は死者のように覇気がなく、これはやはり魔列車なのかもしれない。

 コンビニで適当にポーションとエーテルを買い、セブンスヘブンのドアを開けた。ただいま我が家。お帰り俺。今日も神羅カンパニーに内側からダメージを与えてきたぜ。偉いぞ、よくやった。なんでそんなこともできないの? 知るか、俺は頑張ってんだ。すみませんでした。
 片腕が機関銃の黒人とかクリムゾン姉さんの代わりに、カウンターに並ぶ未開封のサプリメントたちが出迎えてくれる。せめてこういうので栄養補給くらいはしなさいねと、母親が送ってくるマルチビタミン、EPA、にんにく卵黄、亜鉛。
 こどもの頃は好き嫌いの多さを咎められたものだから、味のしないカプセルを飲むだけでいいと言われたらきっと喜んだろう。
 俺はいつだって楽な方に流れていく性分で、そこそこのことを難なくこなす器用さがあった。嫌いなものを嫌いなままでもこうして大人になれた。

 エーテルをレンジに突っ込んで、3分間待つ。その間に爪切りを取り出して、胃のあたりに溜まったモヤモヤを吐き出すために、パチリパチリと音を鳴らした。

パチリ
 
 そう、俺はなかなかにできるやつだった。小学生の頃からテストの答案が返されていく時間はわくわくしたし、できる奴らと90点代で一進一退の攻防を演じるのが楽しかったし、お母さんはいつも褒めてくれた。
 ポケモンの名前を151匹暗記していたし、ダークドレアムの配合方法を知っていたし、俺のネスは負け知らずだった。ブルーアイズよりデーモンの方が強いことにいち早く気づいたし、対抗呪文の切り方も完璧だった。
 まぁ体育は苦手だった。でも結局頭を使える奴が大人になったら最強なんだよねって思うようにしていた。HPと力が低くたって平気だった。俺は黒魔導士になるんだから。
 毎日苦もなく冒険し、家に帰ったらのび太を見守り、大人帝国を笑った。毎晩暖かいエリクサーを供され一晩寝れば全回復した。

 中学、高校と俺無双は続いていた。かっこよさとかいうパラメータがそんなに高くないことにも気づいてしまったけど、俺のファイラやブリザラは通用した。
 吟遊詩人にも興味が湧いたから、メリッサとカルマを練習したし、ロビンソンやTomorrow never knowsを歌い切れるのは世界で俺だけだった。奇声をあげてることを指摘されても、無視して歌い続けられた。
 楽器を持つ気にはならなかった。ギターは指が痛いし、カラオケで満足した。
 苦手なこともあったけど、無視して進める余力があった。俺はキーブレードに選ばれし勇者で、ワイルドのペルソナ使いで、アーロンさん曰く無限の可能性に満ちていた。
 そして自分が主人公じゃないことを自覚できる賢さがあって、だから大学を選ぶときは安全な道を歩んだ。パラディンや魔法戦士になるのはしんどいから。俺は魔法使いを極めるだけでいいと思っていた。