「くそっ、だめだ。やっぱり壊れてる」
 そう吐き捨てると、ウンともスンとも言わないトランシーバーを睨みつけた。遭難して5時間、猛吹雪の中やっとの事で小さな洞穴を見つけたまではよかった。だが、救助を呼ぶための無線機が故障してしまった。
 サークル仲間の3人で雪山登山を開始したのが一昨日、いつものように楽しい思い出になるはずだった。張り詰めた空気が流れる。寒さに身震いしながら外を見やるも、依然として風は強く吹雪が止む様子はない。
「もう終わりだ。俺たちは死ぬんだ」
 同じ学部の達也が頭を抱える。その言葉に俺も頷いた。
「そうだな。諦めるしかない……」
 すると後輩のハジメが声を荒げた。
「2人ともなに言ってんすか。こんな所で死ねないっすよ! 諦めちゃ駄目っす」
「うるせえ! 綺麗事言っても無理なもんは無理なんだよ、なぁ翔?」
「あぁ俺たちは死ぬ。だから……ハジメ。諦めよう。ただ最後に言わせてほしい」
「こわいっす。やめてくださいよ。マジで……こんなの」
「いいから聞け!」
「は、はいっ」
 ハジメが緊張した面持ちで見つめる中、俺は言った。
「なーんちゃってっ! ドッキリ大成功!」
「え、は? ええええぇ?」
「トランシーバーの故障も道に迷ったのも嘘でしたー。ちなみに洞穴の場所も事前に確認済み」
「え、ええ? な、なんすかそれ」
 テンパるハジメに、達也も腹を抱えて笑い出す。
「はははっ、まんまと騙されたな」
「え、達也先輩もグル? ひでぇ!!」
 涙ぐむ後輩。今日はハジメの誕生日。俺たちはその為に大掛かりなサプライズドッキリを仕掛けた。吹雪は予想外だったがドッキリは大成功。それを知ってようやくハジメに笑顔が戻ってきた。
「もうー、先輩たち酷いっす!」
「悪かったよ。ともかく誕生日おめでとうっ」
「ありがとうございます! それにしても、びっくりしました。おかしいなとは思ってたんすよ。遭難してるのに達也先輩あんま焦ってなかったし」
 指摘を受けて達也が頭をかいた。
「ははっ、俺演技苦手なんだわ。あー、楽しかった。そろそろ寝るかっ」
「そうだな。うぅ、寒い。流石に今日はちょっと無理しちまった。おやすみ」
 俺は寝袋に入ると冷え切った体を震わせながら眠りについた。

 どれくらい時間が経っただろう。目が覚めた。
「う……ん……ふぁあ、よく寝た」
 重たい瞼を持ちあげ、洞穴の中を見回した。が、2人の姿がない。寝袋はおろか荷物さえも。
「え、なんで……あれ、俺……昨日確かに一緒にいたはずなのに」
 外は大吹雪、いまだに強い風が吹いている。出て行くなんて考えられない。不安が押し寄せる。
「お、おいっ、だれか居ないのか? 返事を……」
 とその時だった。洞穴の外からひょっこりと達也とハジメが顔を出した。
「なーんちゃって! ドッキリ大成功っ」
 2人ともニヤニヤしている。しかもご丁寧に『ドッキリ大成功』というプレートまで掲げて。
「お、お前らーー!」
 てな訳で、まんまと俺も騙されてしまった。
「ったくよぉ。もうドッキリはいいっての!」
「怒んなって、翔」
「そうっすよ。俺も騙されたんだしお互い様です。外はまだ吹雪いてるし、もう少し休みましょうよ」
「あぁ、そうだな」
 俺たちは再び寝袋に入った。吸い込まれるように眠りに落ちた。

 目が覚めた。あたりは真っ暗で何も見えない。あれ、ここはどこだ? 風の音だけがする。
「誰かいるか? おいっ、達也、ハジメっ」
 何故か嫌な予感がする。気分が悪い。
「頼む。返事してくれよ……なぁ! おいーーっ!」
 するとパッと光を浴びた。強い光に思わず目を細める。
「はははっ、ドッキリ大成功ー!」
 懐中電灯を持つ達也とハジメ。また騙されてしまったようだ。
「な、なんだよ。お前ら……しつこいぞ」
 笑ったつもりだった。けど、顔がひきつって上手く笑えなかった。
 ドッキリだったのだ。もう安心していいはずだ。それなのに、今もなお嫌な予感がするのはどうしてだろう。
 そう言えば俺たちはいつからここにいる? 時間は? 時計はどこだ? あれ、最後にご飯食べたのいつだっけ。それに全然寒くない。
 2人のほうを見た。楽しそうに話している。俺の考えすぎか。大丈夫。うん。きっと大丈夫だ。俺も深く考えないようにしよう。
 俺は口元を緩めると、2人の会話に入っていった。外はやっぱり吹雪いている。風の音がやけに耳元で響いてうるさい。でも大丈夫だ。ここには達也とハジメもいる。楽しそうに笑っている。あれ、なんで俺笑ってるんだっけ?