ワイさんよろしくお願いします。

 首都近郊、某市の雑居ビルにある地下射撃場。その監視カメラに一つの人影が映っていた。
 その人影を見れば、なんとか男だとは判るが、解像度の低いカメラで仄暗い室内を映しているため表情まではわからない。
ただ、背筋が縮こまっている姿と、標的を撃とうとしては止めるのを繰り返している様子は、彼が敗北感に打ちひしがれていることを容易に推測させるものだった。

 もし、この映像を分析AIにかければ、この男がの正体がかつてSLL(セカンド・ラスト・レター)の一員として裏社会で活躍し、
当時の首都の殺し屋コミュニティ“tLLs(ザ・ラスト・レターズ)”で期待の新星と呼ばれていた孫三平だとわかるだろう。
 しかし、かつてイタリアかぶれの伊達男ともてはやされた頃の彼を知る者であれば、 往時とは程遠い現在の姿を到底信じられまい。
 かつて、孫はただ一度の慢心から無謀な仕事を受けて失敗し、そこで囚われて想像を絶する拷問を受けた。
別の仕事を受けた仲間により偶然発見されて助けられたものの、孫は拷問を受けたことによる後遺症でイップスのような状態に陥る。
これが、孫の人生を一変させた。
 仕事が出来ない日々の中、孫は酒に溺れた。そしてSLLの仲間を相手に毒舌を吐くだけのお荷物になり下がり、
それを指摘されると暴れるようになった。そんな状況が続いた結果、孫は厄介者として半ば追われるように去る。
それ以来、裏社会で孫を見たという者は現れていない。
 そんな事情が最近になって変わり始める。きっかけはSLLに向けてキナ臭い動きが出始めたことだ。
その中でSLLを乗っ取るために孫を担ぎ出すという噂がまことしやかに流れるようになった。
 かつての孫であればリーダーとして申し分なかっただろう。今の孫であれば乗っ取りに大義名分を与える為の道化ですら困難だ。
 とはいえ、SLLの幹部達はこの突拍子もない噂を恐れている。彼らが臆病だからではない。
乗っ取りの動きの中でかつての孫が蘇ることがあれば、幹部達が地位を守ることは困難だ。孫はかつてそれほどまでの男だったのだ。
 結局、孫は一発も発射することなく、射撃場を立ち去る。監視カメラは、最早誰も映してはいなかった。