私の名前は早瀬アキラ。23歳。新人女子アナウンサーです。
 今日はお昼の番組の食レポに初挑戦……なのですが、コンディションはどうも芳しくありません。
 うう、胃の辺りがキュッと締め付けられるよう。それでいて心臓が早鐘の如く打ち鳴らされています。
 初めての食レポということで緊張しているのに加えて……私はチラっと横の席に座る男性を盗み見ました。その何とも端正な顔立ちを。
 彼の名前は、白石龍二。言わずと知れた人気俳優。甘いマスクで世の女性を虜にして止まないイケメンさんです。
 ……実は、かく言う私もまた、学生時代から大の白石ファンだったりします。
 あー、本当にヤバい。ヤバヤバですよ。憧れの白石さんの前で何か粗相でもしないかと、不安で不安で。……ちゃんと食べ物が喉を通るかしら?
 そわそわと待つこと暫し、私たちの座るテーブルにお料理が運ばれてきました。
 割烹着に白い前掛けをした女将さんが、まず私の前に、次いで白石さんの前に置いたのは、創業百二十年というこのお蕎麦屋さんの看板メニューである天ざる蕎麦。
 黒いお盆の上には、お蕎麦の載ったざるに、麺つゆの入ったお椀、薬味の載った小皿、野菜やら海老やらの揚げ物が載った大皿と、オーソドックスな配膳ですが……。
「お蕎麦が白いですね」
 自然な感想が口をついて出ました。ざるに盛られたお蕎麦は真っ白で、普段私が口にするものと異なっています。
「そばの実の中心部分を挽いて打った蕎麦は白い麺になるんです。更科蕎麦なんて言うんですよ。ほら、よく蕎麦屋さんの店名にもなってますよね」
 私の言葉に応えた深みのあるバリトンは、白石さんのお声でした。
「そ、そうなんですね。白石さんは、お、お詳しいですね」
「更科蕎麦は高級品なんですよ。早瀬さん、どうぞお先に」
「あっ、はい……」
 うう、噛んだ。それに『あっ、はい』って何だ……。
 私は少し震える箸先で、まず薬味を麺つゆに入れて混ぜると、白いお蕎麦を一口分摘まんで麺つゆに投入する。
 お蕎麦を食べた後は何と言おう? のどごしが〜とかかしら? それとも麺の弾力とか……。
 悶々と悩みながら麺を啜る。……美味しい! 何これ、何これ? 食べ物が喉を通るかしら? なんて心配が馬鹿らしくなるくらい、するすると食べられる!
 蕎麦の香りは薄いけれど、代わりに仄かな甘みがする。薬味が程よいアクセントになっていて、味だけでなく香りの薄さを補っている。
 ああ、本当に美味しい。お蕎麦って、こんなにも美味しいものだったろうか? これならいくらでも啜れそう。
「ああ、幸せ……」
「ハハッ、『幸せ』ですか。いいですね。視聴者の皆さんに、本当に美味しいんだってことがよく伝わりますね」
 し、しまったぁぁああ!! バカ、バカ! 私のバカ! どんな風に美味しいかを伝えるのが食レポなのに!
「では、次は僕が頂きますね」
 白石さんは綺麗な箸使いで麺を摘まむと、ずずっと啜る。何度か咀嚼したのちに嚥下した。
「成る程、これは幸せな味だ! やはり、この更科蕎麦特有の際立ったのどごしは病みつきになりますね! ああ、幸せだ……」
 テーブルの傍に控える女将さんや撮影スタッフたちが思わずといった具合に微笑む。
 私は、というと、頬が異様に熱くなった。きっと赤く色付いていることだろう。羞恥故にではなくて、これは……。
 白石さん、私のことをフォローしてくれたんだ。
「ささ、早瀬さん、天ぷらもどうぞ」
「はい!」
 蕗の薹の天ぷらに箸を伸ばすと、天ぷら用にと大皿の隅に置かれた塩にちょんちょんと付けてから口に運びます。
 サクサクっと、期待通りの最高の食感! これぞ天ぷらの醍醐味です! 
「ん〜、サクサクッと美味しい。幸せー」
「早瀬さんは、本当に美味しそうに食べられますね。一緒に食べていて、こちらも一層美味しく感じられますよ」
 白石さんは温かな笑みを浮かべられながら、そのように仰って下さりました。
「ありがとうございます! 麺ももう一口頂いちゃいますね!」
 ずずっと麺を啜る。薬味のワサビとネギ、何より恋心がよく効いて、とても幸せな味がしました。