人間の死がここまで美しく見えたのは、あの時が初めてであった。
 ワタシがその光景を目にしたのは、四年前の四月七日のことだった。
 脳裏に焼き付いたあの光景はワタシの人生の中で最も美しかったといっても過言ではなかった。
 四年前の四月一日に八十になる祖母が、「オキナワ……、オキナワにいくの……」と言い出した。
 痴呆になっていた祖母が昔を思い出して何度も同じことを言っているのであろうと家族の皆が思ってた。
「おばあちゃん、きっと大和に乗って戦死したおじいちゃんに会いたいんじゃないかな」と言うと、
「折角だから、親父が死んだ場所に連れて行ってやろう」父がワタシの提案に賛同したのだ。
 父は実の父親の顔を見たことがなかった。
 生まれる前に祖父が戦死したからだ。
 父はまだ見ぬ、父親の姿を大和の沈没地点で追い求めたかったのだろうか。
 親戚が長崎県で漁師をしていて、大和の沈没地点に行きたいと頼むと、アッサリ了承してくれた。
 祖父の兄の息子である。
 四月七日の午前中に漁船に乗り込んだ。
 長崎県の男島から南に176キロの位置である。
 漁船は上下に揺れながら波を蹴って走る。
 7時間くらいで沈没地点に到着した。
「おばあちゃん、おじいちゃんが眠ってる場所に着いたよ」
 ワタシが耳元でそっと囁いた。
 おばあちゃんは何度も頷き、陽が沈む海を呆然と眺めていた。
 陽が沈み夜空には宝石を巻き散らかしたかのように星が輝いている。
 漁船のライトが辺りを照らす。
 海面を見ると夜光虫が青白い光を放ち光を放っていた。
 信じられないことが起きた。
 夜光虫が海から飛び出し、祖母の体を包み込んだ。
 身体は青白い光に包まれたかと思うと、白い光に変わった。
 光の中を覗き込むと、年老いた姿ではなく、若々しい女性が立っているではないか。
 写真でしか見たことのない祖母の若い頃の姿である。
 隣には褪せた緑色の軍服を着た若い男性が……。
 おじいちゃんだ!
「親父?」父が男性に尋ねた。
「スッカリ、御爺さんになって仕舞ったね、でも、立派になって、綺麗な娘まで」
 満面の笑みを浮かべている。
「加代子をここまで連れてきてくれてありがとう、あとは父さんが面倒を見るから」
 おじいちゃんはこの言葉を言うと、スッと消えた。
 白い光も同時に消え、おばあちゃんは笑みを浮かべたまま、永久の眠りについていた。
 このとき、ワタシは悲しみよりも愛する人に迎えにきてもらったおばあちゃんが羨ましかった。

こっちにしてください!