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使用お題→『恐竜』『コネクト』『満月』『カブ』『新生活』

【森の向こう側の私たち】(1/4)

 森の奥には空き地があって、その周囲は柵で囲まれていた。柵の材料は人骨で、柱の上からどくろが見下ろしている。
 空き地の中に目をやると、大きな足、恐竜のように大きな、ニワトリの足が見えた。その足の上に、三角屋根の小屋が建っている。
「すみませーん!」
 大きな声で呼び掛けるが、反応はない。恐らく聞こえていないのだろう。
 空き地を横切って、小屋に近付く。するとニワトリの足が動き出し、小屋はぐるぐると回転し、こちらに背を向けるようにして止まる。
「すみませーん! アカデミーの方から、来ましたー!!」
 再び大声で叫ぶが、返事はない。さてこれはどうしたことだろう。
 小屋の正面に回ろうと思い、私が移動を始めると、足が直ちに反応する。私が幾ら歩いても、見えるのは小屋の背中だけ。私が止まると、足も止まり。私が走ると、足も素早く動いた。
 歩いて、走って、歩いて。歩き疲れて立ち止まり。そこでようやく、私は教えられた呪文を思い出した。
「小屋よ、小屋よ! 森には背をもって、私には表(おもて)をもって立て」
 すると足が動きだし、そしてなんとも都合良く、小屋がこちらを向いて止まる。それで大人しく待っていると、正面の戸が左右に開かれて、そこから老婆が顔を出した。
「誰だい! さっきからうるさいやつだ! あたしになんの用だ!」
「こんにちは、おばあさん! 私、アカデミーの方から来ました!」
 老婆が身を乗り出す。
「あー!? どこから来たってー?」
「アカデミーですー!」
「あー、あんたが、そうかー! とりあえず上がってきな! だけど、うそだったら容赦しないからねー!」
 正面の戸から中に入る。ごちゃごちゃと物が置かれた室内。薄暗く狭苦しい空間で、老婆の目が光る。
「身分証を出しな」
 私は荷物の中から言われた物を取り出す。
「はい……これです」
「ほーう、どうやら本当のようだね。訪問販売かと思ったが。最近多いんだよ、老人を食い物にしようってやからがね」
 本当なのか冗談なのか分からないが、だけど、もし本当だとしたら。
「もちろん、そいつら全員、あれさ」
 老婆の鼻が、広場の周囲を指し示す。不思議と恐怖は感じない。
「ともかく、怠けず、しっかり、働いておくれ。もしちょっとでも怠けようものなら――――」
 こうして私の新生活が始まった。

 *

 私はケシの実をすり潰す。ごりごり、ごりごり。手作業でやるには面倒な作業だ。
 ごりごり。
「――世界――――」
「おい」
 ごりごり。
「――――走り出した――――」
「おい」
 ごりごりごり。
「――――怖く――」
「おい!」
「はい! ……なんでしょう?」
 私は、作業をしながら、ぼうっとしていたようだった。振り返れば老婆が立っている。
「鼻歌をやめな。許諾契約を結んでないんだから」
「えー、平気ですよー。こんなの引用にもなりませんって。お題なんですから、勘弁してくださいよー」
 私がそう言うと、老婆は苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
 私は作業を続ける。
「それが終わったら、次は畑に行くぞ。カブの収穫だ」