引越し祝いにおれもひとつ貼ろうかな
随分前にワイスレに貼ったやつだけど

『笑って』

 いつものクラブで音楽に揺れていると、真夜中過ぎに天井から大きなアナコンダがのそりと下がってきた。
「あなたのかたぐちは噛むのにちょうど良さそうだからそうさせてもらうわ」
アナコンダはプラスチックのような目をしてそう言った。
「心配しないで。痛くないはずよ。私は牙も毒も失くしてしまったから」
硬さを確かめるように長い舌をチロチロと這わせてから、アナコンダが僕の目の前で大きく口を開いた。ピンクの粘膜がヌルヌルと光っている。
思ったよりも素早い動作で、アナコンダは僕のかたぐちに噛みついた。
同時にスルスルと長い胴を巻き付けて、僕の身体を締め上げる。
「ごめんなさい。私は噛みつくと身体が勝手に巻き付くようにできているの。生き物ってみんなそんな風に自動機械みたいに動いているのよ、きっと」
アナコンダは噛みついたまま、恥ずかしそうに囁いた。
「おまえは考えるアナコンダなんだな」僕は感心してそう言った。
アナコンダの頭が右に左に振れるたびに、僕のかたぐちが口の中に収まっていく。
飲み込まれていくうちに、あるエピグラフについて話をしてみたくなった。
「なあ、おまえは片手で拍手をすると、どんな音がすると思う」
「あなたはヘビに手のことを聞くのね」そう言って僕を咥えたままニヤリとすると、
「鳴っているのはあなたの手ではなくてあなた自身よ。つまりあなたの心がありもしない音を勝手に作りだしているだけ」と言った。
「心ってなんだい?」
「記憶よ。そんなこともわからないの」
「あっさりしてるんだな」
「さあ、おしゃべりはもういいでしょ。飲み込ませてちょうだい」
「なんでおまえは頭から僕を飲み込まないんだ?」
「だってそんなことをしたら、あなたの顔が見られなくなるからよ」
アナコンダの中は暖かくてやわらかい。
ギシギシと締め付けられながら、僕は奥へ奥へと浮かんでいく。

「ねえ、起きてくれない?」
吐き気を押さえながら目を開けると、形のいい乳房が僕の目の前で揺れていた。
「ごめんね。今朝は早くに会議があるからゆっくりできないの。もう始発は走ってるわ。帰れるでしょ」
女はヘビ皮のバッグからスマホを取り出し、カメラを僕に向けた。
「笑って」
僕は酒でむくんだ寝起きの顔で笑おうとしたが失敗した。
「怒ったマレーグマみたいよ」女はそう言いながら器用に素早く日付と僕のメアドを打ち込んだ。
「きれいなバッグだね」と僕が褒める。
「アナコンダ」と女は軽やかに微笑んでそう応えた。