ユウナ

 全部、僕が悪いんだ。
 あの日ユウナがいなくなったのは僕のせい。かくれんぼなんてしなかったら良かったのに。

 八歳の夏。
 海辺のキャンプ場で僕は、一緒に来ていたユウナや他の子供たちに「かくれんぼをしよう」と言った。
 みんな賛成して、かくれんぼを始めた。大人たちは海へ泳いだりパラソルの下で休んだりしていたから、僕たちのことは知らなかったんだ。
 僕が鬼。十秒数えて、みんなが隠れる。
 そして「もういいよ」の合図で僕はみんなを探しに行った。一人、二人、簡単に見つけていく。でもユウナだけがどうしても見つからない。
 気づくともう日が暮れていた。
「ユウナ、どこにいるのー?」呼んでも答えてくれない。子供たち全員で彼女を探したけれどダメだった。
 ユウナのお母さんが心配していたので僕は全てを白状した。ユウナのお母さんは顔を真っ白にして周りの大人を呼び集め、あたりをくまなく見回った。
 ――数時間後、警察に電話することに。
 しかしとうとうユウナが発見されることはなかった。ユウナは「行方不明」になったのだと、お母さんたちに聞かされた。
 その日から僕は、自責の念に駆られた。ユウナを神隠しに遭わせたのは他でもない僕なのだから。
 どうしようもない心の鎖を抱えたまま、三年の歳月が過ぎた。

 小五になった僕は、臨海学校へ行った。
 バスに揺られ着いたのは、なんとあの海辺のキャンプ場。ユウナが失踪して以来三年ぶりだろうか。
 驚く僕を置き去りに、他の子供たちがワイワイとはしゃぎ出す。でも僕はそんな気分にはなれない。だってここでユウナを……。
 先生が言い出して、僕らは海水浴をした。
 僕は苦手だけれど無理矢理泳がされた。溺れそうだ。
 水難事故救助の授業を受けると、スイカ割りをして昼食に。その後、自由時間となった。
「――今しかない」
 僕はクラスメイトたちから離れ、歩き出す。ユウナを探しに向かうのだ。
 だって今でも彼女が僕を待っているかも知れない。
 海沿いを歩き続け、僕はまもなく林にぶち当たる。こんなところがあったのかと思いながら林に入った。
 木々をかき分け行く。真っ暗な林の中に、僕の声が響いた。「ユウナ、どこ? いたら返事して」
 深く、もっと深くへと。
 自由時間が終わりそうだ。もう戻らなければと、引き返そうとしたその時だった。
「待って」突然、声がしたのだ。
 振り返り、僕は目を丸くする。そして声の方に行ってみた。
 林が開け崖沿いの草地に出るとそこに一人の少女の姿があった。それはずっと求めていた人で――。「ユウナ」
「ハルくん、見つかっちゃった」
 明るく笑う少女。僕は手を伸ばし触れようとする。しかしおかしい、感触がない。「どうして」
「それはユウナが幽霊だからだよ、ハルくん」
「幽霊?」意味がわからない。だってユウナはそこにいるじゃないか。
「ユウナね、あの日、隠れるのに夢中だったんだ。いい隠れ場所あるって思って林まで来たら、この崖から落っこちちゃって。……しばらく助けを呼んだけど誰も来ないまま、溺れて死んじゃった」
 つまり目の前の彼女は幻影? 理解不能だ。でも、僕はすごくすごく胸が締め付けられた。
「ごめん、ごめんなぁ。僕のせいで」
「ううん、ハルくんのせいじゃないもん。ユウナのうっかりだから気にしないで。それより」
「伝えたいことがあるの」と、少女の亡霊は笑う。僕は思わず押し黙った。
「自分を責めないで。ハルくんさ、悪くないのにすぐ謝る癖があるでしょ? それ良くないとユウナは思う。そりゃ罪悪感? あると思うけど、ハルくんは自分の人生を生きればいいよ!」
 格好はあの日のままなのに、ユウナは大人びて見えた。三年経ってもうじうじしている僕が馬鹿みたいだ。
「それを言いたくて出てきたの。ユウナ、ハルくんが探しに来てくれて嬉しい。ありがと」
 僕は泣いた。彼女の前で思う存分に泣き腫らした。嬉し涙でも悲し涙でもあったろう。
 しかし僕はやがて気づいた。ユウナの姿が徐々にぼやけ始めていることに。
「あ、もうダメみたい。ユウナの体はこの崖の下にあるって、お母さんに言ってね。……ハルくん、バイバイ」
 そう言い残し――幼い少女の姿はかき消えた。後には何もなかった。

 僕は臨海学校から帰った後、ユウナを崖下で見つけたと言った。そして捜索は行なわれ、無事ユウナは見つかった。
 生きてはいなかったけれど骨でも帰ってきて嬉しいと彼女のお母さんは言っていた。
 ユウナが死んだのは僕のせいだ。けど、ユウナが言ってくれた言葉を度々思い出す。
『自分を責めないで』
「そうだよねユウナ。……本当に、ありがとう」