「ノルウェイの森」について語ろう
いよいよ明日から映画が公開される「ノルウェイの森」。
出版から20年以上経った今再ブームキテマス。 昔この本を知人に貸した
好きなシーンはたまに読み返したくなるなっていったら
え、こんな本に好きなシーンあるの?
と言われたの思い出したわ 緊急情報!
村上さんラジオに出る!喋る!
今からFM東京 「ヨーロッパにいるときノルウェイの森とか書いてる時は音楽のない生活でしたね」
なんか感慨深い発言 「今でもノルウェイの森を見るとペット・ショップ・ボーイズを思い出す」
昔の作品を見て何を思うのかな… 性のことより直子とワタナベとミドリのことが気になったけど。
得に直子の病状悪化とそれに対応するワタナベ。
直子は自分を覚えていてもらうためにワタナベに性技を尽くしただけ。悲しい。
いきなり、直子が死んでしまったあとでも、とか読んだ時なんかもう…
地獄へ突き落とされたワタナベのこととか。
それを映画でマツケンがいい演技してる。
音楽も良かった。
音楽暗すぎて嫌いな人もいるけどあの暗さがいいのだ。
ノルウェイは話が暗すぎて嫌いという友人もいたが気持ちは解る。
だけどあの暗さがいいのだ。なぜか何度も読みたくなるのだ。
だから1000万部も売れたのだ。 正確には暗さというより、直子の魅力と哀しき宿命に魅せられた
ミドリも好きだけど 直子の死ぬタイミングはワタナベと緑の交際の進展と関係してるのかな? レイコさん登場したとき絶対交尾するだろうなと思った こいつエロ話しかしないんだもん
反対にハツミとはしなかったのは意外(作品テーマとしてのその行為の必然性は抜きに) >>644
ミドリの存在を知った直子はワタナベの幸福を考え自ら身を引いた説もあるよね 引け目を感じる女性からしたら「やっぱりな」て感じなんだろうな 直子はワタナベのことを、愛してさえいなかったのだから、自分よりミドリと結ばれた方が幸せになれると思っただろうし。
ましてや病の身だし、死んだキヅキの声が聞こえてくるし、愛してたキヅキとセックスできなかったし、愛してない男とはセックスで絶頂をむかえちゃうし、しんどすぎる。 >愛してさえいなかったのだから
ここなんだよね
自分的にはお互いがお互いを愛してさえいなかったがシックリくるかな
そもそも若年期のワタナベは人をちゃんと愛せる男ではなかったろうし 確かにワタナベは永沢さんほどじゃないけど自分の事しか考えられないところはあったが、
少なくとも直子のことは好きだった。
おそらく直子の顔が可愛いくて美しい体をしていて大きなおっぱいを持つ点を除いても。
親友キズキの彼女でもあったし、しだいに損なわれていく直子をほっとけない気持ちもあったろうね。
もし自分がワタナベだったらそんな彼女と接してるうちに好きにならない自信はない。
ほっとけないし、好きだからあれだけ何回も直子に会いに行ったわけで。
わざわざ京都の山奥の療養施設まで。
ワタナベがミドリに惹かれるのも解る。
とても魅力的な女の子だからね。
ミドリとやらなかったのは直子が好きだった(愛してた?)からだし。 形違えど髪結いの亭主みたいな話だ
女房は独りよがりな想い込みで逝ってしまうけど
遺された旦那はたまったもんじゃないわ 旦那も女房が置かれた状況を知れば、ある程度は許せるんじゃないかな。
なんせ統合失調症なんだから。
この病気と長年戦う友人がいるけど相当苦しみがあるそうだ。
直子と同じ幻聴幻覚と戦い、抗うつ剤を飲み、普通の職につず、よく自死を考えてる。
「ベランダに見知らぬ人が立っていてこっちを睨んでる」と夜中にラインがくる。
そこは二階なのに。
「おーい直子ぉぉ、お前は俺と離れられないんだぞぉぉ」
なんて死んだ元カレの声が聞こえるなんてたまったもんじゃない。 ノルウェイDVDを借りたから観るのが楽しみ
風の歌を聴けも原作読んで映像作品を観た これはこれでアリだよね 4本指女が特に印象的
ノルウェイの森はキャストへの先入観は微妙だけど観てみないとね
正直松山ケンイチ主演は疑問だったけど読み終わった時点で
僕=普通顔のヤリチン猿と認識したんで彼で問題ないわw 映画は原作のイメージをわりと忠実に表現している
音楽がまた効果的だ
しかし映画版は叩かれた
駄作という人が少なくなかった
オレは映画の宣伝のテレビCMをみたとき、
まつけんがイメージとぴったりだったし、
原作の世界観がわりと表現されていたし、
amazonで新品が600円という激安だったから買ってしまった。
(今はもっと高い)
映画をみて菊池りんこは直子とはイメージが違うと思ったし、
レイコさんも違ってたし(綺麗すぎる)ミスキャストだと思った。
でも何回も観ていくうちに直子の違和感は気にならなくなった。
りんこの演技がうまかったのもある。(因みにりんこは一度オーディションで落ちてる) ちゃんと世界観は表現されていたし、
マツケンの演技は秀逸だったし、
映像はとにかく綺麗だったし、OKとした
なにより音楽がいいんだよ
サントラ買ってしまった
精神錯乱を音楽で表現するとああなる
だからサントラを通して聴くと死にたくなる
気分が滅入っているときは危険だ
みどり役と直子役はチェンジするべきと当初考えたが、
今はあれでいいと思っている
この映画は何回もみた方が解ってくるものがあるし、
原作と同様に何回もみたくなるのが不思議だ
でも二度とみないと思ってる人は多いだろうな
直子の死のシーンは圧巻
そのあと哀しみに暮れるワタナベのシーンも >>653
僕=ヤリチン猿だったらとっくにミドリともやってると思わない?
ヤリチン猿だったらミドリがあそこまで惚れていたかどうか疑問
「僕」がミドリとやらないことに対し、ミドリはあなたのそういうところがすごく好きなの、
と言ってる
あの二人は確かふとんの中で抱きあうところまでいったはず
あの年齢の男がそこで最後まで進まなず中止するなんてことは基本有り得ない
相当な意志の強さがなければね
猿は永沢さんの方だと思うね 不特定多数とヤレる人間はヤリマンヤリチンだと思うよ
特定の異性とやらなかったから除外というのは説得力ないかな
レイコオバサンともやるんだから立派なヤリチンだよ
少なくとも好きな相手がいる それが限りなくカノジョに近いと感じた存在なら
他の女性とセックスできないと思う 下半身はその気でも心がそうさせない
だからフェラされてもなにされても勃起しないもんなんだけどね
永沢は当然猿だけど 脇だからいどうでもいいかな 確かにその意味ではワタナベも猿は猿かもしれないな
ただどうせ猿だろと言う目で彼をみることはできないな
ワタナベの方から永沢さんにナンパ行きましょうと誘っていたらただの猿だが…
ただのナンパ猿だったら直子みたいな厄介な病を抱える女子は相手にしないと思う
ミドリに彼氏はいないと思うのはなぜ? 小説の一語一句覚えてるわけではないから間違いがあったらゴメンね
そもそも「彼氏いる発言」は男が踏み込んでこない為の予防線みたいなものかと
彼氏の存在はミドリの話からしか出てきてないし
姉や父やミドリの男の友達は登場したけど彼氏だけは登場してない 第三者による伝聞もない
ワタナベがミドリ宅に複数回電話したときに姉からは特に怪訝な態度を取られていない
姉からしたらミドリに電話を掛けてくる男友達の1人として認識したんだろう
そういう環境化で彼氏だけは特別枠にいるとも思えない
ミドリは非処女だろうけど、別に彼氏がいなくても女が処女を棄てるのは簡単
夜の街をブラブラしてればいいんだから
知人の嫁が、彼に(ナンパで)会ったときは処女だったけど、それではカッコ悪いんで友人とナンパされにいって
処女棄てて来たという過去話を笑ってしてくれた それくらい簡単なことなんだよね ちと訂正
たぶんミドリからワタナベの交際相手の有無を聞いてるだろうから
カノジョ有りと聞いて自分とのバランスを取るための「彼氏います」発言
反対にワタナベが最初にミドリの交際相手の有無を聞いてきたなら予防線を張ったいうことかとな ワタナベは世の男の平均的な感情をそのまま行動に表してるだけだとおもう。
だれだってマスターベーションするし永沢みたいな友達がいれば一緒に女遊びするし惚れた女には食いついていくし愛してくれる女には甘える。 直子はガッキーでリメイク希望 ミドリは蒼井優 レイコは菊池凜子 ハツミは・・・誰でもいいわ >>661
いい読みしてると思う
けど、まぁあれだ、小説の中で、おーいミドリと彼氏に呼ばれるシーンが有る
そこにワタナベもいて、
「呼んでるよ?戻らなくていいの?」
「うん、大丈夫」
みたいなシーン
まぁミドリと呼んだ人がサークルかなんかの先輩ということも考えられなくもない
下の名前で呼ぶ人いるからね
でもあれは読者に恋人と思わせる
あと小説の中で、彼氏についてのワタナベ目線の描写があったような
髪が短くて背が高くて爽やかで僕とは友達になりそうにないみたいな ミドリが恋人と解れたあとワタナベに会いに行ったとき、
恋人と解れたの、とミドリが言うとワタナベが、
どうして?君は恋人のことを好きなんだろう?と訊く
するとミドリがキレる
どうして?あなたバカじゃないの?
あなたの方が好きだからに決まってるでしょ!
〇〇が解っててどうしてこんなことも解らないの!
このシーン大好きなんだが、ミドリが彼氏と別れたと嘘言ってるなんて思いたくないのもある
ミドリの言葉を素直に受け入れたい
私だってねもう少しハンサムな人を好きになりたかったわよ!(←別れた彼氏はハンサムらしい)
でもね!あなたを見ていると、不思議とこのヒトでもいいかなって思ったのよ!
オレ爆笑 ネット検索してたら
映画の直子、白くて妖艶なネズミ 言い得て妙な表現に笑った
凛子さん肯定派の人の意見だけどね 映画でマツケンが泣き叫ぶところは泣ける
坂本龍一が出てたらYMO出演だったのにな 女子は一人で観ない方がいいかも
一部ホラー入ってるから 初めから異様で目つきがイッてるからな
そういう役にするから菊池さんが選ばれたのかなとおもった
原作ではそういうキャラではないはずなんだけど監督にはそう映ったのか 菊池は一度直子役に落選してる
それでもしつこく監督に言い寄ってなんとかものにしたと本人が言っていた
もし菊池が諦めていたら誰になったのかは興味深い 諦めて欲しかった
演技力でどうこうなる問題ではないし役柄ではない(ガラスの仮面とは違う)
外見の美に勝るものはないよ 読者の直子の外見的イメージは固まってるからな。
何度も読み重ねた人は特に。
作者の語る直子像は、顔が可愛くて、美しい身体をしていて、
胸が大きい。
どうやら完璧な容姿をしているようだ。
何かを失う人は何かを得ている。
りんこは直子の壊れやすい眼差しはよく表現できていたと思うが、
もう少し若ければというのはある。 古書店で文庫を買ってきた 白表紙のやつ
調べたら映画の帯が付いてるやつもあるんだな そっちも探してみよう 映画観た 小説のポイントは押さえてあってとても良かったと思う
松山ケンイチさんはハマってたし (ハツミ)初音映莉子さん、(ミドリ)水原希子さんがとても良かった
凛子姐さん頑張ったけど、この2人の透明感を上回ることは到底ムリだった
映画でも直子の役は性的な会話が多かったから主役級の女優は敬遠しただろうね
こういう役だから女優の選択肢は全然無かったんじゃないかな
あと残念だったのは街並みが見られなかったこと 大抵が室内と公園と山奥だったもので
ハツとミドリがまた観たくなって再見しちゃいそう つうか買うかな
レビューが妙に低かったのはハルキストが頑張って点数を引き下げてたのか?() 結局ミドリとも別れたってことだよね
直子のことを思い出すくらいだから 小説冒頭に登場した30代後半?になってるワタナベのこと >>676
そう原作の雰囲気は出てたよね
なにせトラン監督は原作のファンで、村上春樹に映画化を直訴したくらいだ
春樹氏は脚本を見てから決めましょうと言う
その後の二人のやり取りは本が一冊書けるほどだったらしい
その後は監督におまかせモードだったそうな
そうマツケンは役者陣の中で一番ハマってた
表情がまさに「僕」そのものでこの役は彼しかいない感じ
水原の演技が棒とか批判はあるけど、初演技にしてはそれほど酷くはなかったと思う
なによりミドリはあんな感じだし自然体でいい
でも水原自身はうまく演技できなく泣いたりもして相当苦労したと言ってた
ああリンコね…頑張ってたし演技もうまかった
目の動きは良かったと思う
でも直子役は一番透明感が必要だったと思う 危うい透明感というか
敬遠された役だから一度落ちたリンコを採用したのかもね
世界的に有名な小説なのにな
ビートルズの曲も基本映画の使用は認められないのに、
原作が世界的に有名という理由で許可されたんだし
突撃隊のシーンはカットしたらしい 残念! 当時の町並みを再現すると莫大なコストがかかるからだろうね
ただでさえ相当カネがかかったとプロデューサーが言ってた気が
オレは何度もみることを想定してはじめから買ってしまったw
後悔はしていない 三回みたかな
この映画は数年に一度はみたくなるんだよ
音楽も良かったし
今再びみたくなってきたし
レビューの低さは、読者の持つ原作のイメージが個々に違うだろうから、
合致していなかったのかもね >>680
ミドリとは別れたかもしれないし別れてないかもしれない。
小説では語られていないからね。
俺は勝手にミドリは村上春樹の奥さんだと思っている。
昔、この小説が話題になったとき、春樹自身が自伝的小説と言っていることから、
ファンの間では、ミドリが奥さんに違いない、と言われていた。
俺も素直にそう信じていた。
春樹は学生結婚だったしミドリと結婚したんだろうなと。
恋人同士が別れる理由なんていくらでもあるけど、
ミドリとワタナベのような境遇で結ばれた二人はそう簡単には離れない。 直子のことを思い出すのは、思い出さずにはいられないからだと思う。
俺がワタナベであったとしても、ミドリとの事は無関係にきっと思い出すだろう。
ただでさえ容姿端麗、統合失調症、数々の哀しき言動、消えてしまいそうな存在感、自殺…
思い出すなと言われても思い出す。
そして何より直子のあの言葉。
直子の、1つお願いごがあるの、に対しワタナベが、3つきくよ、と言ったとき。
「一つでいい。私という人間がいたことを覚えていてほしいの」
でも直子は、人の記憶など徐々に薄れていくと解っていたから、
愛してさえいない男に性技を尽くしたのだ。
自分を忘れないでほしいから。
この小説はエロいと言う人は多い。エロしかないと言う者もいる。
でも俺はエロさより哀しさを感じるよ。
直子の悲哀を感じるよ。
直子はこんなことも言いながら口でしてあげてる。
「これも覚えていてね」
なんて哀しいんだ。
俺がワタナベならこう思う。
直子よ、そんな性技を尽くさなくても俺はお前のことを忘れはしないよ、と。
誰と付き合おうと、誰と結婚しようと、永遠に。
忘れないという約束がなかったとしても… >>685
あーそういうことか
ミドリ=村上さんの奥さんがモデルならハッピーエンドだ
さすがにどこかに救いがないと読んでられないよね
映画は直子は重症化の末、勝手に死んで結果ワタナベとミドリが結ばれる風に描いてる
原作のワタナベがレイコへ送ったミドリへの思慕を書いた手紙と
直子の病気は多少快方に向かったてたあたりは無難なハッピーエンドにするために意図的に省いてる
映画の監督さん、日本語のイントネーションはどうクリアしたのか不思議
基本的にキャストは単調なセリフ回しだったから、まさか小津調?なんて思ったりしたけど
まさかそうんなわけない 監督は日本人ではないんだから
でもその単調さがうまく活きて一般的な恋愛メロドラマにはならないですんで良かったと感じた >>687
映画の公式ガイドブックの中で、監督は確かこんなことを言っていた。
日本語が分からなくても役者の喋り方をみればそれでOKかNGか判るんです。
フシギだね。
そういうものなのかね。
役者の喋るときの表情でも判断してるのかもね。 にしても、この時代は自殺ってよくある話なんかな?
いくらなんでもワタナベの周りの人自殺しすぎやんっ 村上さんと同世代だと思われる谷村新司さんの楽曲「それぞれの秋」(1980)の詞は
学生仲間同士で
幸せになろうとしてはいけないとか
人は死に場所を探すために生きるとか
友人が見知らぬ街で命を絶ったとか
この時代の学生って戦争を経験してるわけでもないくせナニに影響されたかわからんけど
こんなこばかりと言い放って生きてたのかと
きっと死がとても身近に感じられる世代なのかもしれん
ほかこれから自殺します的な曲もある 初美が死ぬ理由は少し解るようになった。
絶対に愛してはいけない男を愛してしまったから。 直子 なおこをおれは小説の半分読んだところまでちょくこと読んでた思い出 ちょくこてなんやねん ミドリの両親共に頭の病気だったはず 真っ先に遺伝を心配したね 確かに。なぜ直子を残して死んだのか。そのあたりから直子はおかしくなったらしいし。 情報量が圧倒的に少ないキャラだよね
ネットの個人サイト(ブログ)で村上作品について持論かまして断定してるの多くて
色々うっかり信じちゃうとこだったよ() キズキは「鼠」だから死ぬ理由は鼠三部作を読めば解るという人もいる。 そのキズキ=鼠説って
ブログとかではなく出版された本や雑誌の中で提唱されたもの?
ブロガーの意見は信用しないとかではなく、誰か名の通った人がそんなこと言ってたっけと思って
加藤典洋あたりそんなこと言ってるのかな 風の歌の鼠とノルウェイのキズキが同じ人とは思えない キャラ全然違うし
そもそも作家本人がノルウェイは単独作品だと表明してるし あたりまえだけど羊をめぐる冒険の鼠の自死とキズキがつながる要素って特にないよね
1973年のピンボール鼠パートのラストは鼠の自死を暗示だか何だかという話があって、それくらいならうなずかんでもないけど 直子とキズキが女同士ならセックスは不可能なのは納得できる
同室レイコとのレズニュアンスは当然の流れ
基本直子はレズなので男は受け付けない体
しかしストーカーヤリチン猿ワタナベの猛追に苦悩して自ら命を絶つ
繋がった! ワタナベと初めてのセックスの時は濡れぬれでいっちゃったよな
初めてなのに
直子の絶頂の声をワタナベは悲しい声だったという
そりゃそうだ
愛するキズキとでは濡れもせずローション使ってもセックスできなかったのに、愛してもいないワタナベとでは濡れてしまいイッてしまったのだから
こんな悲しいことはない
心と体が一致しないことに苦しむ直子
可哀想すぎる 性描写を淡々と描いてるからエロくないんだよね
あまりにも描写が客観的過ぎて単なる文章の1つだと感じて違和感なく進んでいく 俺は、キズキはLBGTだったんじゃないかと思うね。
LGBTだから直子を愛せない。
LGBTに対する社会の理解がない時代だから、自分を追い詰め自殺したんじゃないだろうか。 家族同様に育った対象に異性としての性欲が果たして沸くかって問題もあると思うな
キズキ役の高良健吾さん「潔く柔く 」って映画に同じような役柄で出ててカタチ違うけど相手を残して逝ってしまう
この映画はヒロイン側が高良さんを異性をとして捉えられなく友達以上恋人未満という設定だったけど
あと若年性勃起不全の可能性も捨てきれないな
そもそもキズキが童貞か否かは説明されてたっけか 「僕/鼠三部作」と「ノルウェイ」が別個の物語なのは当然だけど、
作者の中の核になるモチーフは同じなんじゃないかな、とは思う。
それのフィクション化の方向性や濃度が異なる、というだけで。
そして、「ノルウェイ」が自伝的な小説だという作者自身の言葉もある以上、
「ノルウェイ」で書かれたような
(いくらかフィクション化のフィルターがかかってるのは大前提として)
背景があった上での「三部作」だ、と考えた方が腑に落ちるところもあるんだよね。
「ピンボール」で突然名前付きで登場する「直子」とか。
「ピンボール」のラスト、あの幻のピンボール台との会話は、
既にこの世にいない「直子」との会話だと考えた方が納得がいくんだよね。
作者としては、「直子」からああいう赦しの言葉を聞きたかったのだろうな、と。
(それは都合のいい甘えだ、という批判もあるだろうけど、フィクションの中だけでも
そう書かずにいられないくらいの罪悪感を抱えていた、ということなのでは。)
「羊」でも(フィクション化した形であれ)鼠の死に向き合うことで、
作者の中でもいくらか納得ないし昇華したところはあったんじゃないか。
(その後にも、まだ繰り返して「親しい知人の裏切りと喪失」という題材は書いてるけれども。) 確か小説の中で直子は、(どんなに濡らしても)痛くてできなかったと言ってたような。 処女の経験談だと個人差はあれど女性の入り口が狭くて入らなくて
ベッドだと体が動いてさらにやりづらくて床に降りて相手の頭を壁に固定してやったことがある
何度目かのトライで成功したけど相手が背中に擦り傷によるヤケドを負ったらしく(後日聞かされた話)申し訳ないことをした
僕20才相手20歳のあのとき 処女だから最初は痛いだけだよ(最初からイク人もいるんだろうけど)
オレのナニも狭い中に押し込んだせいか打撲でしばらく痛かったもの そういうこともあり
直子の処女喪失の流れには違和感はある 色ボケばかりの少年少女が死にも向き合ってる不思議な物語
でも性と死ってコインの表裏かも?
友人がバアイグラ服用で目指せ腹上死だし >>725
少なくともこの作品においては「性」は「生」とニアリーイコールという感じだろうね。
ラストでレイコさんと主人公が性交することも然り。 おれ。ふと思ったんだが映画の直子役菊池じゃなくて満島ひかりだったな。
おれの直子のイメージ像がまじ満島ひかりだわ >菊池凜子 満島ひかり
これドラマモテキのキャストだよw(あと野波麻帆、松本莉緒も出てる)
凛子はホラーテイストだったけど満島なら生身の人間を演じたかも
映画悪人の満島の静から動への錯乱ぶりは印象的 >>728
いや実はドラマのモテキ見ておもったんだw クドカンドラマで新規ファン開拓したと思いきや、いきなり舞台降板(恋愛絡み?)でマイナス面だけが残ってしまった残念な人