快楽殺人にも近親相姦にも関心が無い私が
当てずっぽうな見解というか疑問をあらわしてみる

サカキバラ事件のほうは
あの晒し首?とサカキバラセイト名での犯行声明文の発信までで
一連の快楽殺人が完結する本人の内心での物語であったのか?
であれば、またまたと言われそうだがこれは殺人という屈折した形をとった
社会への承認欲求ないしは社会への自己アピールなのであろう(物語の共有)
社会に対して自分を捕まえられるのか、とのゲームをプレイしていた感覚もあったのかもしれない
かたや、あの晒し首?と犯行声明文は、次々と快楽殺人を犯しかねない自分というものを
早く見つけて捕まえて欲しいという一種の救難のサインであったのか?
快楽殺人自体は、他者の生死を自分の思惑のままにおくことにより
自身がヒトを超えた存在、いわば神に等しき存在になりえたという錯覚・幻想・満足感を
得られるために行われるのであろう

さて、近親相姦のハナシのほうなんだが
昨今、草食系男子というコトバがあるそうだが
オトコらしさを感じさせるオトコが減った、悪い言葉で言わせてもらえば
女々しいオトコが増えたということなのであろう
身近な同世代の男たちを見渡しても男らしさを感じないのであれば
恋愛の対象にならないのであり、無理に恋愛をすればそれは異性愛というより
同性愛的心情になってしまうのではなかろうか?
そこで、一番身近なオトナの男である父親に求愛的感情を抱くことになりうるのではなかうか?
また、草食系であるということは、女性にガッツいていない
いわば、モテるための女性に対するサービス精神とサービス行動に乏しいということもありうる
一方、父親にはそれなりに父性愛というものがあり、自分の娘がかわいくていろいろやさしくする
結果、一番サービス精神旺盛な父親に求愛的感情を抱くことにつながるのではなかろうか?
父親とセックスしたがっているという女性、余程、身近の同世代の男性陣に恵まれていないのか
男性は女性にサービスするべき存在としてのみ見ていて、サービスの悪い父親以外の男性が目に入らないのか

以上、勝手なことを書いてしまいました、批判は甘んじて受けます