バトル物を書きたい人が集まるスレ
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ガンアクション、チャンバラなどのバトル物を書きたい人たちのためのスレです。
この通りには、名などあるものだろうか?
初夏の闇に一人、山田有馬(やまだ・ありま)は足元を確かめるように歩いていた。
月明かりさえ望めないこの闇の中を歩くことすでに数分。暗がりに慣れた瞳にはボンヤリと、今歩く通りの輪郭が
伺えている。
半畳ほどの石畳を隙間なく引きつめた道路と、何らかの意匠を施した外苑の緑達は明らかに第三者の目に映ることを
意識して作られているように思えた。
細かな隆起に富んだ石畳の足元と視界を覆う木々の緑――甚だ『機能的ではない』道路ではあるがしかし、
こうして「眺めること」を意識して歩くのであれば、なかなか粋な造りであるようにも思える。なのだとしたら
そんな通りには、それに見合った呼び名のひとつもあるのかも知れないと思ったのだ。
今までは意にすら介さなかったことである。
ならばなぜ、今に限ってそんな事へ意識を集中させたのか? 理由は今歩くこの道の先――自分の数メートル先を歩く
男の存在であった。
もちろんのことながら、彼のことなど知らない。その名も然り。しかしながらその後ろ姿には、その背から
陽炎の如き立ち上がる気配には確かな覚えがあった。
それこそはむき出しの殺気。『獣臭』といってもいい。
己の肉体のみを頼りに置く者。筆舌に尽くしがたい研鑽を重ね、その体を武器と化すことにより得られる
『強さ』――それを得ることはさながら、獣を一匹、肉の内に宿すことと似る。 ただ己の為、破壊の為にのみにそれを他者へ行使するエゴはまさに『獣』と呼ぶにふさわしい。そしてそんな獣は、
得もいえぬ臭いを漂わせるのだ。
曰くそれは猛き肉体の見た目であったり、はたまた雰囲気的なものではあるのだが、先にも述べた斯様な獣達は
その気配の「臭い」を強く発し、そして自身もまた他者のそれを敏感に感じ取るものなのである。
得てしてそれは己の中の獣を刺激する。
互いの内に隠しあう獣達が共鳴しあい、そしてそれは宿主にはお構いなしにその血肉を求め、傷つけることを
望むのである。
そんな男の気配が今宵、この夜闇の空気に溶けて有馬の五感それを刺激するのであった。
殺気は陽炎として目に映り、聴覚は男の一挙手一投足に集中され、そして得もいえぬ獣臭は有馬の脳髄を
突き抜けて、その奥底にうずくまる獣を刺激する。
『誘ってやがる』――そう思った矢先、不意に男は右へ歩みを変えた。公道から外れ、どこか別な敷地内へと
進入したのだ。
その姿を逃さじと有馬の足も速くなる。元よりこの男を追っていた訳ではなかろうに、ここで彼を見失っては
いけないような気がした。
男の後に続いて公道を曲がると、途端に狭かった道路のそこから視界が開けた。立ち込める土の臭いと自分達を
取り囲むように等間隔で立てられた街頭の照明、そして敷地の四隅それぞれに設置された遊具の数々。
そこは市街地の中にある小さな公園であった。
そしてそんなステージの中央に、かの男はいた。 改めて確認するそのいでたちは、上下共に黒のジャージをまとった姿。どこの球団のものとも思えぬキャップ帽を
目深に被りながらもしかし、まっすぐに向けられた視線は、さながら肉食獣が獲物を見据えているかのよう鋭く有馬を捕らえていた。
「誰だったかな?」
返事などなかろうと知りながらも有馬は語りかける。その目に男の体格を焼きつけ、彼の持つ戦闘力を分析しようとする。
身長は170センチ前後――首が埋まり前傾になる程に大きく筋骨が盛り上がった両肩と、衣服の下からも
体のラインが現れるほどに発達した筋量からは、男の持つ膂力が生半ではないことを物語る。
さらには僅かにつま先を内に寄せた自然体の立ち居と、硬く乾いた拳骨の表面に有馬は男の戦闘スタイルを特定した。
――空手……あるいは打撃系の近接格闘系か?
そんな有馬の見守る中、男が動いた。
会釈のよう右手を上げたかと思うとその手はキャップ帽のつばを掴む。そしてそこから手首を返すようしならせると――
男はそのキャップ帽を有馬目掛けて投げ放った。
突如として目の前に迫ったそれを、有馬は右へ体位を移行させながら避ける。しかし次の瞬間、男は目の前にいた。
「しまった」と呻く暇もない。その時にはすでに、男の右拳が左胸へ炸裂していた。
――何たる運動神経……そして破壊力か!
呼吸が止まると同時に、大きくせき込む。喉の奥が熱くなって何か液体が込みあがってくる感触に有馬は肋骨数本が骨折、
あるいはひび割れたことを悟る。 しかしながら今、有馬の胸中に満ちているものはそんな痛みよりも、「初手をしくじってしまった」という
悔悛の念の方が大きい。
あの闇夜でこの男を追っていた時からすでに戦いは始まっていたのだ。そしてそれは有馬もまた理解して
いることであった。しかしながら始まってみれば今、こうして有馬は不覚を取っている。
油断していたというのならそれは武術家としてあるまじきことであるし、また警戒しておきながらそうで
あったというのなら、ただ己の未熟さに腹が立つのだ。
だからこそ、男から繰り出される二撃目を有馬は受け止めた。
左からの上段回し蹴りである。
男から繰り出されたそれを、有馬は空に円を描くよう左掌を上に向け、二の腕で受け止める。いわゆる
「回し受け」の防御にてそれを捌くと同時、今度は有馬が男の左胸へと右拳を打ち込んだ。
その一打を受け、男は驚いた表情(よう)に大きく目を剥かせる。
苦しいのだ。打ち込んだ右拳の指々にはポキリポキリと指を鳴らすかの如き軽快な手ごたえが伝わっている。
おそらくは数本、男の肋骨を打ち割ったのであろう。今度は有馬が受けた痛みを男が味わっていた。
しかしそれも一瞬のこと。
即座に男は体勢を立て直すとすぐに右拳の連撃を有馬の顔面へと向かって繰り出す。
有馬もバカ正直に受けるわけにはいかない。
攻撃に移行したままの今の姿勢では反撃と、そして受けが間に合わないことを判断するや、一躍後方へと飛び退りそれをかわした。
かくして互い、数メートルの距離を維持して対峙する。その空間にしばし静寂が訪れる。
――ダメージは互角。力量も互角と察する。
痛みにせき込む胸元でか細く呼吸をつづけながら、有馬は改めて前方の男を見る。
そこには帽子が無くなったことで男の人相がよく見てとれた。 瞼が隠れるほどに強(こわ)くしかめた眉元と、硬く座った鼻。わずかに開いた唇から荒く呼吸を繰り返すその人相は、
有馬が思っていた以上に若そうに見えた。
「若そうだな、俺と同じくらいか? 俺は山田有馬、一七だ。あんたは?」
そんなこと聞いたところで詮方無いと知りつつも有馬は、気づけばそれを目の前の男へと尋ねていた。
しかしながら返ることのないと思われていたそんな問いにもしかし、男はこの鉄火場に似つかわしくもない苦笑を
ひとつ浮かべたかと思うと、
「草尾亨(くさお・とおる)、だ。一七――貴様と変わらない」
その応えに、期せずして有馬にも笑みが浮かぶ。
不思議な話である。
今しがた出会い、そして互い傷つけあう者同士の獣二匹が、まるで数年来の友と過ごすかのような感覚を
共有しているのだから。
そしてそれはこの男・草尾に始まったことではなかった。
今日までに至る数戦――そのことごとくに有馬は、今のような感覚を味わっていた。
凡庸に生きたのならば、その生涯の数度を費やしても満たされない充実感それを、いま有馬は感じている。
幸福だと、心底思っている。
そして同時に、もう逃げられないのだという諦観もひとつ。
今日のようにこれからも、自分はこうして殴り殴られして生きていかなければならないのだ。否、
「生きていく」などと考える前に、そんな自分の命も今日ここで、この男によって終わらせられるのかもしれない。
そんな逃走不可避の修羅場に居ながらも、それでも有馬はそれを幸福に思った。
それだけの相手であるのだ。目の前の亨(おとこ)は。
そうして見守る中、拳闘におけるファイティングポーズのよう両拳を上げていた亨の姿勢が、中腰に前身を沈め、
わずかに両手を広げる構えに変わった。
拳にしていた両掌も、脱力に広げた形となっている。 ――関節技? 掴みにくるか。だとしたら迂闊に足は出せない。
そんな亨の構えに、奴のスタイルが打撃から極技(サブミッション)へと変わるのを有馬は悟った。
「器用な奴だ」
我知らずに、心の内は口から零れた。それを受け亨も笑った。
二人がおおよそ人間らしいやり取りをしたのはそれが最後であった。
互いの対峙する空間に、そんな二人の集中力と殺気とが流れ込む。それらを初夏の生ぬるい空気に混じらせた空間は、
さながら陽炎のように歪んで見えた。
そしてそんな空気を深く鼻から吸い込み、
動いたのは、
有馬であった。
右足を前にして半身に開いていたつま先を踏み込むと、一歩で互いの間合いを詰め有馬は亨へと右拳を打ち込む。
しかしながらそれを前にしても亨は動かない。
足に根が生えたかのよう目の前のそれを見据え、そして放たれた拳が額へと打ち迫ったその瞬間。
亨は動いた。
しかしながらそれは、目の前の拳に対するカウンターでもなければ防御でもない。亨の眼とそして両掌は、
額とはまったく違う己のみぞおちへと向けられた。
すでにそこには有馬の蹴りが迫っていた。
踏み込んでからの右拳――それは偽りである。亨の腹を蹴り貫かん為に放たれた、有馬のフェイントであったのだ。
サブミッションの手合いを相手にした時、もっとも注意すべきことは足を捕られることにある。
拳と違い、表面積が大きく関節の固定された足など容易には出さない。いわばこれは、異種格闘技戦における定石である。
そんな定石であるからこそ、あえて有馬はそれを破った。裏をかいたのである。来ないと思わせた『足』を
フェイントの中に隠したのだ。
しかしながらそれを亨は読んでいた。 誰よりも極技を知るからこそ有馬の心理を読み、さらにはその二手上を行ったのである。
蹴り上げられる右足の甲へ右掌を打ちつけ受け止めると、即座のその踵へと左掌を添える。
斯様に両手で有馬の足首をキャッチし、そしてそこへ強くひねりを加えた瞬間――有馬の右足は180度
逆の角度へと捻じ曲げられた。
その足を包み込む亨の手の平に骨を砕く感触と、そして麻紐を引き破くかのような腱を引き千切る音とが伝わる。
間違いなく有馬の右足は破壊された。
そのことに亨は勝利を確信した。
止めていた息を細く吐き、緊張からこわばらせていた筋肉を弛緩させる。
しかしその瞬間、激しい灼熱感が鼻先に炸裂した。
思わぬ出来事にその一瞬、亨は何が起きているのか理解できなかった。
自分達ではない第三者が乱入してきたのかとすら思った。
しかし亨はすぐに悟る。
それこそは、有馬の頭突きが顔面に炸裂した衝撃であったのだ。
その一撃に亨の膝が震えた。
そして灼熱感の広がる顔面の中心そこへ、さらにトドメとばかりの左拳が打ち込まれた。
そんな一撃に大きく体をのけぞらせ、亨は仰向けにもんどりうつ。
先の攻防において、亨は有馬の二手先を読んだつもりでいた。しかしそれこそが、有馬によって張り巡らされた罠であったのだ。
打撃系ではない極技は、「極めれば終わり」である。一撃必殺であるが故の定石、それ故に生まれる「隙」それこそが、
難攻不落の亨を攻略する蟻の一穴――右足という犠牲を対価にして得た有馬の、会心の一撃であった。 故障した足を引きずるよう地に着け、なおも倒れる亨へと構えを取り続ける有馬。
しかしながらそんな有馬を前に亨が再び起き上がることはなかった。
先の一撃で陥没した鼻頭は両目の眼窩と同化するほどに深く穿たれて、そこに血溜りを作っている。すっかり
脱力して投げ出された四肢と虚ろな瞳の表情からは、すでに彼がこのステージからは遠い場所へ旅立ってしまったことを
如実に語っていた。
「死んじゃいねぇようだな。そのまま寝てれば、朝には誰かしら発見してくれるだろ」
勝負の終わりを見極め、有馬も構えを解く。
同時に大きく息をつくと、途端に今までに蓄積された恐怖と痛みとが全身を覆い、有馬は大いに震えた。
「逃げられない、逃がさない……まるでワルツだな、俺達は」
依然倒れる亨へ一瞥くれることなく背を向けると有馬はゆっくりと歩き出す。
東の空の際が青く輝きだす光景に、有馬は大きく鼻を鳴らす。
戦いの夜の終わりと、そして戦いの始まりの朝――己が因果に、ただただ有馬は溜息を重ねるばかりであった。
【 了 】
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