よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4
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お約束 ・前の投稿者が決めたお題で文章を書き、最後の行に次の投稿者のためにお題を示す。 ・お題が複数でた場合は先の投稿を優先。前投稿にお題がないときはお題継続。 ・感想・批評・雑談は感想スレでどうぞ。 前スレ よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ3 http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bookall/1284209458/ 関連スレ よくわからんお題で次の人がSS書くスレ 感想メモ http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1284739688/ 「失くした風船はもう帰ってきません。でも安心してください。代わりの風船ならいくらでもある」 「おい、坊主風船が欲しいか」 「欲しい〜」 「どの風船が欲しい?」 「赤〜」 「赤か、さあやろう」 「赤だけでいいのか」 「うん」 「ほんとうか、坊主、これはどうだ、滅多に無い透明の風船だぞ、すごいだろう」 「うん」 「欲しけりゃやる」 「やった、ちょうだい!」 「よし、いい子だ。もっと欲しくないか、みろこの風船は他のよりも大きいぞ」 「本当だ〜」 「欲しいか」 「欲しい〜」 「そうか、さあやろう、他にも欲しくないか?欲しけりゃ全部くれてやるぞ」 「ご親切にありがとうございます、でももう、これで結構ですので」 そこまで黙って聞いていた母親が、あまりの不気味さに、いたたまれなくなって口を挟んだ。 すると男は鋭い目付きで、キッと睨み付けた。 「おかあさん、私は坊主と話してるんです。あなたは黙っていなさい」 その高圧的な言葉に母親は圧倒されて口を噤んだ。 男はしゃがみ込み少年と目線を合わせて、たたみ掛けた。 「なあ坊主、本当は全部欲しいんじゃないのか?」 「うん、ボク、ぜーんぶ欲しい〜」 「本当に?」 「うん」 「本当に、本当に?」 「うん」 「そうか、よく言った」 「じゃあ、全部やろう」 男はそう言うと、素早い手つきで、全ての風船をケン君のベルトのバックルに結びつけた。 途端、ケン君はふわりと浮いた。 足が地面から離れると、腰の一点から、弓のような格好に吊り上げられ、そのままグングンと高度を上げた。 それを見た母親はその場にしゃがみ込み、何度も狂ったような悲鳴を上げた。 「旅立ちの日が来たんです、見送ってやろうじゃありませんか」 このまま〜、どこか遠く〜、連れ去ってくれないか〜、君は〜、君こそは〜、成層圏からの使者〜 しゃららーら、しゃらららーら、しゃららーら、しゃらららーら… 男は母親の肩に手を置いて、満足げにその歌を歌った。 次→どん底で遊んだら 「どん底で遊んだら」 彼は典型的な中間管理職だった。年齢は中年、髪はやや薄め、眼鏡は手放せず、それに高血圧とメタボに悩んでいる。 だが、心はまだまだ若い。若い連中とだって渡り合える。若い子に面白い話をしてどっと受けることだって可能だ。だが、世間は中年には冷たいのだ。 そんなある日、休憩時間に部下達が世間話をしているうちに、ひどく深刻な顔担っているのに気づいた。何か大きな問題でもあるのか?だったら、中年の経験と知恵を生かしてやろうじゃないか。 「おい、どうしたんだね?」 それは、確かに深刻な話だった、部下の知り合いが悪質な詐欺にあって持ち家を取り上げられ、さらに一家離散の危機にあるという。まさに不幸のどん底だ。 解決策は、もう少し詳しい話を聞かねばならないが、まずはみんなを落ち着かせるべきだ。そのためには、多少とも場を和ませなければならない。それには、そう、親父ギャグだ! ネタはどん底、これをもじって雰囲気を緩める。それには何がいいか。素早く語彙を検索して、最適な答えを探す。 「なるほど、それは不幸のずんどこだね」 その途端、彼ら全員がため息をつき、そのまま立ち去ってしまった。 情けない。どうして世間は中年にここまで冷たいんだ? 次、「パロディが世界を殺す」で。 「パロディが世界を殺す」 「パロディといえば聞こえばいいけど、それって結局パクりでしょ?」 文学少女の山田は、夕日に包まれた赤い図書室で、茫然と立ち尽くすぼくにそう吐き捨てた。 黒縁メガネの奥の鋭い瞳は軽蔑と失望の色を孕んでおり、読みかけの大学ノートをぱたんと閉じると、彼女ははぁと小さくため息をついた。 「残念だわ北川くん。せっかく仲間ができたと思ったのに」 山田と親しくなったのは二か月前。昼休みの図書室で偶然山田が『上手な小説の書き方』という本を読んでいたのがきっかけだった。 勢いで話しかけ、自分も小説を書いていることを明かした。それまでろくに話したことなかった山田と頻繁に話すようになったのはそれからだ。 「北川くんの小説、今度読んでみたいわ」 完成したのはそれから二か月後――すなわち今日。 とても自信作とは言えない処女作だったが、彼女には見てもらいたかった。 彼女の好きな小説に関する小ネタを随所に散りばめ、彼女の喜ぶ顔を想像しながら毎日夜遅くまで小説を書き続けた。 ジャンルは恋愛小説。 内なる想いが大学ノートを埋めていった。 しかし… 「なにこれ?」 それを読んだ彼女の表情はたちまち険しくなった。 「なにこのタイトル。『吾輩はタコである』……ふざけてるの?」 「……」 「それにちょくちょく出てくる小ネタがうすら寒い」 「……」 彼女のダメ出しは三時間にも及んだ。 窓の外は暗くなり、下校途中にもそれは続いた。 「パロディなんて三流のやることよ。自分はネタがないということを吐露するも同然」 ぼくはすっかり落ち込んだ。 それでもダメ出しは続き、別れ際最後に彼女はこう言った。 「今度は私の小説読ませてあげる。こんなのよりずっとおもしろい恋愛小説」 彼女の頬が赤く見えたのは、ぼくの気のせいかもしれない。 次、「あと一週間サバ缶しかない」 針の先につけた雪の結晶が静かにゆれている。 幾本もの長い針が飛び出た黒い頭巾の男は、この雪の中で何かを待っているようだった。 彼の後ろに倒れているのは鼻の長いピエロ。そして頭からは赤と白い液体が二本の川を描いている。 黒い頭巾の男は黒く汚れた皮の手袋で針の先の雪を払う。 でも新しく舞い降りる雪の結晶が、次の住人としてその場を乗っ取る。 頭巾の下から白く息が漏れる。 なぜここにいるのか、そしてなぜこんなことをしてしまったのか。 いまさら考えても仕方ない。でも、このピエロが悪いのだ。 そうでないなら、残りの一週間をサバ缶だけで過ごすなんて、誰が我慢できるだろう。 でも、ピエロは死んでしまった。軽く頭突きを食らわせただけで、この頭巾の針の餌食になったのだ。 頭巾の男は仕方なくサバ缶をひとつ取り、ぱっかんとふたを開けた。 飴色に濁る汁に沈むサバを一切れ、手袋の指で掘り起こし、つまんだサバの身を口に挟む。 あうち! 頭巾の針が手を貫いた。頭巾は脱ぐべきだった。 次回「お仕置き未亡人の陸・海・空」 (彼は死んだのか?) ロデムは思う。彼とはバビル二世のこと。もう長い間、彼の指令を受けていない。 ロデムが意識を持って長い時間――そう文明が生まれ、その文明が滅びる時間――待って初めて二世様の声を聞いた。 二世は少年だった。 (最後に二世様の指令を受けてどのくらい時間がたったのだろう?) (人が生まれ亡くなるくらいの時間だろうか?) ロデムは思ったが関係無いような気もした。何故ならロデムの耳が、その鋭敏な耳が 新しい主人の声を聞いたような気がするから。 (それは女の声だ) ロデムは思う。 (声に仕える、空を飛ぶものと海を潜るものも声を聞いているだろうか?) ロデムは少し首をもたげ、また目を閉じた。 次 季節は二度繰り返す 秋の虫の音が、部屋に響き渡る。 窓の隙間から流れ込む夜風の涼しさが、余計に寂しさをかき立てる。 一ヶ月前までは妻と二人、笑顔の絶えなかったこの家に、今は一人。 夕飯の食器を片付けながら、亡き妻を思い出す。 妻は毎日、テレビを眺めている自分を見ながら、こうやって食器を片付けていたのだなと 対面キッチンの流し台からリビングのソファーを見ながらぼんやりと思う。 胸が、押しつぶされそうになる。 自分は、いい夫だったのだろうか? 問いかけても答えはない。 もう一度、あの夏に戻れれば。そうすれば、買い物に行かないように注意できるのに。 今もカースペースに置いてある、捨てる事のできない壊れた自転車を思い浮かべながら僕はそう思った。 天井を見上げる。景色が、ぐにゃぐにゃになったかと思うと、目の前に白が溢れ、意識が薄れていった。 耳を劈くセミの声に、僕は目を覚ます。背中にはぐっしょりと汗をかいている。 あまりの暑さにエアコンを入れた。ここは寝室。夢か。嫌な夢だったと思う。 枕元に置いてある携帯を見ると、8月15日だった。夢の中で妻が事故に遇った日だ。 今日の昼、妻は自転車で買い物に行き、その帰りに車に接触して病院に運ばれ、そのまま息を引き取ることになる。 胸騒ぎがした。僕は寝顔だけでも見ようと、妻の寝室に入る。妻はいない。 階段を下り、リビングに行くが、人の気配がない。 そうか、ゴミを捨てにいっているんだなと思い、玄関に向かう。 外に出ると、カースペースには、前輪がくにゃりと曲がった、茶色の血液がこびりついた自転車が置いてあった。 夢の中で「もう一度あの夏に戻れれば」と願った事を思い出す。いや、あれは夢だったのだろうか? 季節が、季節だけが二度繰り返された。 妻のいない二度目の夏を、僕はひとりぼっちで過ごしてゆくのか。 次のお題は、「四季の種」で! 妻が鼻歌を歌いながら食事の用意をしている。数年前、田舎に引っ越してしばらくは、知り合いもないこの場所で鬱々とするばかりで、余りいい精神状態ではなかった。 何度も元の場所に帰りたいと泣く妻の相手にうんざりし始めた頃、妻がガーデニングをはじめた。性にあったのだろう、それから次第に落ち着きを取り戻した。 何もない田舎だが、土地だけはある。元々が凝り性の妻は、ミニチュアのショベルカーの購入をきっかけに、あちこちを掘り返し、埋め立て、小山を作り・・・すっかり造園の楽しみに目覚めたのだった。 「今度は何の種をまこうかなあ」カタログを手に、うっとりと眺める妻は楽しそうで、今ではわたしよりもこの土地の暮らしを謳歌しているように見えた。 「仕事に行ってくるよ。遅くなるから食事は先に済ましておいて」わたしは鞄を手に、家を出た。 「いってらっしゃい」 美保は夫を見送って、カタログの注文用紙をファックスした。 ずっと放置されていた広い土地は、掘り返すたびにいろいろなものが出てきておもしろかった。腐りかけの木の根や家具。よくわからないプラスチックや古い電気製品、それに・・・犬の死体やよくわからない骨・・・。 そういうもろもろを、丁寧に埋め直し、上から花の種をまいた。特に肥料を与えなくても、栄養のある場所は何を植えてもしっかりと元気よく花が咲く。 「今回はちょっと奮発しちゃったわ」 新品種の花の種を心待ちに、美保はうっとりと畑の方を見た。数日前、造園作業をしている美保の前に見知らぬ女がやってきて、子供が出来たと勝ち誇ったように告げたのだ。 夫が浮気をしていたことは全く気づかなかった。品のない赤い口紅も、金に近い茶色の髪も、思い出すのも胸くそが悪かった。 「夫が種まきしたなんて知らなかったわ。それにしても、あまりいい土地じゃなさそうだし、どうせろくな花も咲かないでしょ」 窓の遠く、視線の先には、むき出しの土肌が黒々と続いている。 ショベルカーで掘り起こした穴も、今はすっかり元通りに均されて、種をまかれるのを待っているのだ。 ゴミの埋まった肥沃な土地は、四季折々の種が芽を吹き、根を伸ばし、思うさまに葉枝を茂らせることだろう。 「立派な花がたくさん咲きそうね」美保はにっこり笑って、カタログを大事そうに棚に戻した。 次「一筆書き選手権」 極太の文字が書け、書道用の筆として使える筆ペン「書道ペン」が新たに発売された。 それに伴って、メーカー主催のキャンペーンが行われたのだが、それが「一筆書き選手権」だった。 ひとふでがきではない、いっぴつがきである。 ふらふらとショッピングしていた我が家族は「優勝者には商品券、ほか、参加者全員、ペンがもらえる」のアナウンスに釣られて、何も考えずに参加することになった。 参加者が、一人一人壇上にあがり、縦長の半紙に綴った様々な一筆を披露していく。 「もう、マージャンは止めます。」 「出来る男になりたい!」 「勉強頑張るぞ!」 そして、いよいよ我が家族に順番が回ってきた。 娘の恵子がくるくると巻かれた紙をまっすぐに伸ばすとこう書かれていた。 「今後、悪魔との取引をやめます」 会場の客は、誰もにこやかに、一定の興味を持って、その華奢な少女に視線を向けた。 司会のお姉さんは笑って聞いた。 「悪魔と取引したの?」 「5人以上殺しました」 とたんに会場がざわついた。が、いくらかの人は、その言葉に、何らかの裏があるのだろうと勘ぐって、ニヤニヤと笑った。 お姉さんは、突然現れた腫れ物に、躊躇いながらも、うまく対処した。 「うーん、ケイコちゃんの、悪魔的な魅力で、5人ころっと逝っちゃったということで」 その、努めて明るく快活な声に、頭上に立ち込めた靄が晴れ、会場に笑いが起こった。 だが、恵子は表情一つ崩さずに言った。 「いえ、薬です、5人殺しました」 それを聞くと、もう笑う人はいなくなった。 困り顔のお姉さんは、相手にしないことを決めたようで、出口を指しながら言った。 「はい、そういうわけで、ケイコちゃんありがとうございました〜」 「次の方どうぞ〜」と言われて壇上に上がったのは、妻だった。 うっすらと目に涙を浮かべて、披露したその一筆には、「恵子を警察に突き出す」と書かれていた。 会場が止まった。お姉さんが止まった。そして、すべての時間が止まった。 やっぱり、そうだったのか…… 私は、「今年こそ、家族を旅行に連れて行く」と書いた半紙を、クシャクシャにして握った。 次→「不思議なXデー」 その彗星が木星に落ちるというニュースが世界中に配信されてから いろいろな憶測やデマが広がったが、関係者の予想通り肉眼では 何一つ変化を捉えることは出来なかったし気象上、地学上なんの変化も無かった。 それでも、あの金曜日は僕にとって、とても変わった一日だった。 警察官に職務質問された時の異常な質問。 「――ところで、あの猫はオスだと思うかね?」 警察官が示す方向には野良猫がいて、私たちのほうを退屈そうに見ていた。 コンビニに行った時、見ず知らずのおばさんに、あげるといわれてもらった あんまんと肉まん。毒入りだと思って捨てようかと思ったが 少しだけ食べた。おいしかった。 みんなが精神をおかしくしたのか、あるいはもともとおかしかったのが ちょっと顔をのぞかせただけなのか? それは分からない。 世界はこれからも回っていくだろう。あっちにゆれ、こっちにゆれ。 それが世界というものなのだ、きっと。 なので僕は時々、発狂しそうになる。時々。 次 振り向けば変態 消えてしまいたい。本当にそう思った。 公園の木々は枝に緑を芽吹きだしている。子供達は、楽しそうに砂場で遊んでいる。 四月に入社して、すでに一ヶ月も過ぎているのに、あんなミスをするなんて。 僕は自分の小ささと、頼りなさに自己嫌悪に陥っている。本当に全てを投げ出してしまいたかった。 と、耳元で、何か紙の様なものがこすれる音がした。僕は振り向いた。 さなぎから、蝶が半分頭を出していた。 「こいつらは気楽でいいな。今度生まれ変わるなら蝶だな」 そう思いながら、そういえば蝶が羽化するのを見るのは二回目だと思った。 数年前、友人の家で初めて蝶の羽化を見た時のことを思い出す。 「なぁ、幼虫からさなぎになって、蝶になるのって、なんか面倒じゃない? なんで初めから蝶の形じゃないの?」 僕の素朴な疑問に、昆虫の研究をしていた友人は答えた。 「おまえ、蝶の卵って、どれくらいの大きさか知ってんの?」 「蝶の卵って、キャベツの裏とかにくっついているやつ?」 「うん。そう。ちっちゃいよな。一回幼虫になって身体を大きくしないと、成虫になってもあんなだぜ?」 「それなら大きい卵を産めばいいのに」 「蝶の身体って、あんなもんだろ? 大きい卵なんか産めないって」 「それで、幼虫になって大きく育ってからさなぎになって、最後に大きな成虫になるわけか」 「よく出来てるだろ? さなぎの間は、じっと成虫になる準備をしているんだ。変態ってやつだな」 やつはそう言うと、愛おしそうに蝶を見つめた。 変態か。今の自分を蝶に重ね合わせてみる。 今は失敗ばかりだけれど、それは幼虫が飛べない様に、大きくなる為の、大空に飛び立つ為の 準備なのかも知れないなと僕は思い直した。それならば。 今は弱々しくて、頼りにならない自分だけど。けれど成長していくなかで、やがて蝶になれるかも知れない。 僕はもういちど振り返り、苦労しながらも抜け殻から半分ほど這い出しかけている蝶をじっと見つめた。 昆虫学者を目指していた、昆虫が好きでたまらない、あの友人と同じ眼差しで。 次のお題は、「遅刻してきた理由(魔法少女編)」で! そこのお前、待ちなさい。私は魔法少女だ。反論は許さない。 この紺碧の海原で揺れる海草のようなしなやかな髪、 古代中国より悠久の時を経て受け継がれてきた陶磁器のような白い肌、 雲一つ無い冴え渡った星空に浮かぶ新月のような瞳、 海洋堂のフィギュアのような顔。どこをとっても美少女だ。 なに?魔法少女であって美少女ではないだと?バカめ! 美しいに越したことは無いであろう。さらに、魔法の能力もレベル5くらいはある。 ちなみに原作は無い。信じておらんな? よろしい。しからば、特とその目に刻みつけるが良かろう。 え?焼き付ける?無礼者!それ以上のインパクトを狙ってのことだ。 日本語が不自由な訳ではない! なに?「そんなことししている時間はない」だ?ええい、まだ言うか! この魔法少女の...こらまて!何が学校だ!どこへ行く!待てといっておるのに! 次回「猪の猪」 ばさっ。 「やったな。これでもう鶏は死なないぞ。」 「そうだね、父ちゃん。それで、この猪どうするの?」 「そうだなぁ。」 ぶりゅっ。 「あっ、父ちゃん!みてみて。この猪が子供産んだよ。」 「あっ、ほんとだな。うーん。どうしようか。」 「ねえねえ、この赤ちゃん猪僕が育ててもいいかな。」 「ああ、いいけどきをつけろよ。ちゃんと閉じ込めておくんだぞ。」 「うん!わかった。」 ぶひぃーー (もうこいつは殺そうかな。) ドォォンッ! ばたっ もざもぞもざもぞ 「なんだ?」 うにゃえにゃうにゃえにゃ 「うっ、うわぁーーー!」 どたどた 「おい!さっきのイノシシはどうした!?」 「父ちゃんたすけて!」 うねうねくねくね 「うわぁーーー!やめろ!!ちかづくなぁぁ・・・ぅぅ、うねうねくねくね。。」 あなたのなかにもいろいろな自分がいるんじゃないですか? しっかりと自分をコントロールしてくださいね。 失敗した貴君に、私から失敗の秘訣と言える物を教えてやろう。 単に失敗と言っても、その質から良い失敗と呼べるものと、悪い失敗と呼べるものがある。 前者はそれを踏まえて成長し得る物を指し、後者はそうでない物を指す。 失敗するのであれば、せめて次に繋がる前者にしたいと思うのは、人として当然の考えであろう。私だってそう思う。 それを実現させるに当たって、貴君には憶えておいて欲しいものがある。 まず、その根本にあるのは同じ失敗である事。 良い失敗も悪い失敗も、どちらも失敗である事に変わりない。それを生かすも殺すも、自分次第であると言う事だ。 そして、生かす為の手っ取り早い手段とは、早期の反省である。失敗を具体的に憶えている内に反省を行う事で、より正確に反省すべき点を見出す事が出来る。 次に、例え同じ失敗で反省する事になっても、それもまた成長に繋がるという事。 前回と同じ失敗をした際、前回の反省を憶えてさえいれば、前回の失敗と今回の失敗を比べる事が出来る。比較対象がある事によって、より正確に反省すべき点を見出せるようになるのだ。 勿論これは、前回の失敗を憶えていなければどうしようもない。失敗を、それに関わる反省をなるべく忘れないようにすべきである。 そして忘れないようにする為には、やはり早期の反省である。 長々と話したが、つまるところ私の下らない話を聞いている暇があったらすぐさま反省して次に生かそうとする努力をしろ、という事だ。 筍の山の茸は、はるか遠くの、茸の山に思いを馳せていた。 茸の山の筍は、これまた遠くのどこかにある、筍の山を思い浮かべていた。 筍、茸は同時に思った。 (そこに行きさえすれば、ずっといい暮らしが出来るはずだ!) その瞬間、二つの住処が入れ替わり、筍は、筍の山に、茸は、茸の山に住むことになった。 ああ、だが、なんということか。 筍の山で山火事が起きて、まるごと焼き筍になってしまったのだ。 山で暮らす人々は、大喜びで掘り起こして、出来立ての天然焼き筍に舌鼓を打ったという。 それを知った茸は、茸の山に来られた我が身の幸運をかみしめていた。 ところが、山火事で焼け出された、筍の山の動物たちが、食べ物を求めて茸の山にやってきたのだ。 そして、あっという間に、茸は動物に食べ尽くされてしまった。 筍も、茸も、美味しい物に、生き延びる道は無いのであった。 次は「インバータ」 その巡査は、よく分からない内容で、調書を書くのが嫌で、なんとも迷惑そうな顔をしていた。 向かいには中年のみすぼらしい男が座っていて、しょげ返った風に俯いていた。この男は半時ほど前に、交番にやって来て被害を届け出た。 男の話はこうだった。 向ヶ丘の芝生広場の真ん中に伸びる新設の道路を歩いていると、急に目の前に丸く光る物体が現れた。 なんだろう?と思っていると眩暈がして、その物体に体全体が引き込まれた。目が覚めると、自分は手術台の上に寝ており、手足が固定されている。主治医にあたる宇宙人が一人、と助手らしきのが2,3人、黒く大きな目で見下ろしていたと言う。 「それで?」 「埋め込まれたんです。」 「何を?」 「インバーター」 巡査はペンを置いた。 「インバーター?」 「はい、奴らがインバーターと呼ぶ白っぽい物を埋め込まれました」 巡査は顎に手を置いて、宙を睨みながら考えた後、もう一度聞いた。 「インバーター…ですか?」 「はい」 巡査は、インバーターについてよく知らなかった。ただ電気を、もしくは電流に変化を与えるものという曖昧な知識はあった。 「本間さん、あなたが見たのは本当に宇宙人でしたか?だって宇宙人がインバーターを使用するというのは変ではないですか? 地球で開発されたものを宇宙人が使いますか?インバーターって家電やなんかに入っているものでしょ?それを人体にって、 ちょっとSFの見すぎじゃありませんかね、アハ、アハ、アハハ」 ついに抑えていた「馬鹿馬鹿しい」という気持ちを前面に出して笑い出した。 「いいです、信じてくれないんだったら…」 男はそういい残して交番から出て行った。 「二度と来るなよ、気違い野郎め」 巡査は一人悪態をつくと調書を破り捨て、タバコに火をつけた。 しかし、次の日、男が倒れているとの通報があり、巡査が駆けつけるとあの男が死んでいた。 男はすぐ検死に回され、巡査も立ち会った。 死因は心臓発作と判明した。 検死に当たった医師は、しきりに首を傾げて、男が装着していたペースメーカーの、ある一つの部品だけが真新しいことを指摘した。 次回「私の愛した無礼講」 遅れて、飲み会に到着すると、ざわめいていた座がひと呼吸沈黙した後、また何事もなかったかのようにざわめきを取り戻す。 ざわめきに飲み込まれ、座った横から差し出される酒を受けつつあいさつ。 「風が冷たくなって来ましたわ、歳ですかね」 「まあまあ、今日は無礼講だから」 と間をおかず継ぎ足される酒を胃に流し込みながら、 「大根とはまたいい具合に風呂吹きで練り味噌がいい仕事してますよ」 などと軽く口が回るのを確認したら、座のざわめきに身を委ねる。 杯を重ねるごとに日頃の鬱憤がとけていくようで見渡せばどこもかしこも笑顔である。 私の愛した無礼講とはそういうものだった。 酔いの残る重い頭で昨夜を思い出していると、電車が駅に停まり新たな客に押し込まれ前の若い女性に密着した。 また走りだした満員電車の振動が、密着した女性の身体の豊かさを伝えてくる。 「すいません」と小声で謝るもあせった。 嬉しくも哀しい男の性がむき出しにされていく。 遠慮を知らず硬くなっていくそれ。 不味い。不味い。気がつけば――私のマタシタ無礼講 次は「逆立ちする名月」 結婚して三十年、義姉と姑とはずっと折り合いの悪いままでした。 夫婦仲は悪くなかったのです。でも、夫の身内は私に辛くあたり、 わかっていることをいつもねちねちと、ねちねちと、ええ、もう、それは……。 夫の還暦祝いを何にするか、義姉に聞かれたのが先週です。 義姉はデパ地下で百八タルトの売り子をしており、あわよくばお祝いに 自分のところのタルトを買わせ、販売成績をあげさせようとする つもりなのでした。むろん還暦祝いがそんな安いお菓子だけでよいわけもなく、 週末に夫とデパートに出かけ、時計のひとつでも選ぼうかと思っていたのです。 夫は華美を好みませんから、買ったのはSEIKOのちょっといいグレードのものでした。 その帰りに夫が仕事の呼び出しをうけ、わたくしがひとりでデパ地下へ寄りますと、 あれ……義姉の姿が見えません。いえ、義姉はカウンターの向こうで逆立ちして、 白い靴下をかっぽん、かっぽんと打ち合わせていたのです。 「あんた、なんでひとりで来たのよ。あんたに売るタルトなんてないわよ」 「お義姉さん、そんなこと言わず、一本売ってくださいな」 義姉は逆立ちしたまま両足でタルトを掴むと、カウンターに置きました。 「仕方ないわねえ。2千円よ。ホラ」 その侮辱的な所作に歯を食いしばりつつ、ふと前を見ると、ダイヤモンド型の 義姉のガニ股の向こう、反対側のカウンターに、姑のにやつく顔を発見したのです。 「キエー!」 私の中で何かが切れました。バッグからバレーボールを取り出すと、姑の顔めがけて 投げつけました。私をこんなに馬鹿にして!高校時代セッターだった私のボールを受けてみなさい! 「甘いわ!」 轟く義姉の声に私は硬直しました。次の瞬間、姑を破壊するはずだった私のボールは、 逆立ちしたままの義姉の両足にキャッチされてしまったのです。 「秘技、ハンドスタンド・ダブルフットキャッチ!」 私の必殺白球、ザ・グレート・ムーンが敗れた! 私は嘲笑する姑の顔を見つめ、 汚い靴下を見、鮫肌の義姉のスネを見……。 気がついたときには、義姉と姑は死んでいました。右の拳が少し痛かったです。 群馬で生まれた女には、ボールなんて飾りなのですよ。 次「ボイスチェンジャー・スクランブル」 深夜に電話が掛かってきた。 その音で目覚めたものの、何かの間違いだろうと思って、目も開けずに放置していた。 すぐに留守番電話が作動したが、何を言っているのかよく分からない。 その声は妙に甲高くて、早口である。 キュルキュルキュル…よ キュルキュルキュル…よ キュルキュルキュル…よ キュルキュルキュル…よ キュル、キュルキュル…よ 同じような音が何度も再生されている。 一体なんなんだ、これは?俺は半身を起こして、オレンジ色に光る電話のディスプレーを見つめた。 すると、得体の知れない声は少しずつ明瞭になっていく。 キュ、キュルス…よ こキュルキュル…よ ころキュルル…よ キュキュルす…よ キュるす…よ ころす…よ ころすけなりよ 「なんだよ、コロスケだったのかよ」 俺は、布団に倒れ込み、再び眠りに就ける喜びをかみ締めた。 次も「ボイスチェンジャー・スクランブル」 「あ、俺だけど、今、お前の夢見ちゃった」 「…えー、どんな?」 「この前、プレゼントした服を着てくれてるんだけど、中が素っ裸w」 「ばか。えっちなんだからもう」 「それで、TDL行くんだけど、なんかスカートめくれたらどうしようって、そればっかで楽しめないっていうオチ」 「TDL?」 「そう。あ、旅行だけど、ホテル取れたよ。母親の方、うまくやっときなよ。後でいろいろ言われるのは俺なんだしさ」 「うちの子とは、二度と会わせませんから!」 ブツッ。 やべえ、今のおふくろさん? 声似過ぎだろーが。あーあ……。どーしよー。 次は、『アルミサッシ』 午後から風が強くなったので、出かけるのをやめて縁側でひなたぼっこをしていた。秋も深まり風も冷たくなってきた。だが風を通さないアルミサッシなら関係ない。サッシ越しの日の光は思った以上に暖かく気持ちがいい。 ごつん、ごつん――ぬくぬくしていた俺の耳が異音をキャッチした。よく見れば正面のガラスに一匹のハエがぶつかっている。部屋の中の暖かさがハエにもわかるのだろうか、こちら側になんとか侵入しようと何度もガラスにぶつかっている。 「その気持は察するがな、サッシだけに。がはは」 訳の分からない勝利宣言をハエにむかって突きつけていると、庭先の向こう白っぽい布切れが風に吹かれて飛んでいくのが見えた。 「あれはもしかして――」 コンタクト矯正視力1.0の両眼を通してわずかの時間でそれが女性物の下着らしいと判断した俺は、思わず正面にガラスがあることも忘れ、ごつんと頭をぶつけた。 (気持ちはわかるがな。がはは) ガラスを一枚挟んでハエの心が聞こえた気がした。アルミサッシを挟んでハエと俺の気持ちが一致した瞬間だった。 あちら側に行きたいけれど、いけない。悲しみの心を秘めたままハエと俺はしばらくそうやって午後の陽だまりで友情を暖めていた。 寒気を感じてうたた寝から覚めると、すでにハエは見当たらなかった――はずだったが、立ち上がって居間に行こうとした時、いつのまにかハエが入り込んでいるのを知った。 「いつの間にっ」 ハエは肩の周りでブンブン飛び回る。いつまでもまとわりつくように周囲を飛び回るさまを見ていて唐突に俺は理解した。 コイツは「恋するハエ女」だったのだと。 次は「自縄自縛」 女もすなる自縄自縛といふものを、我輩もしてみむとてするなり。 目の前にロープがある。否、縄がある。しかしそれを手にする前に、まず断っておこう。 我輩はかような変態行為に興奮を覚える性質にはあらず。 ただ近々新刊として出た「自縄自縛の私」という書物を読むにあたって、予備知識を得んがため、自らを縛ってみようと思った所存である。 このような変態性の高い書物を購入した我輩を笑わば笑え。 本はアマゾン、縄は楽天で別々に購入した我輩を笑わば笑え。 この期に及んでは、ただ平静な心持で、任務を遂行するレンジャーのごときである。 さて、縄と言えば、古くは罪人を捕縛する際や、首吊り刑の執行などに使われていた。 西洋ではカウボーイなるものが牛を捕まえる際に使っていた。 その縄の用法が、いつやら変態行為に及んだようだが、この度はそれについては深く考えまい。 我輩の目的は、自縛の感覚の一端をこの体で確かめることである。 服を脱ぎ、シャツを脱ぎ、パンツを脱いだが靴下だけは脱いだ後もう一度履いた。これはアクセントである。 インターネットで縛り方を検索した後、一時間かけて、我輩は自分自身を縛った。 重厚な縄が、肉体を攻めてきて、インドア派でちょいメタボな、我輩のマシュマロのような肌が桜色に染まる。 さらに締め付けようと縄の一端に力を込めて引っ張ると、股間に刺激がはしる。 すると何故だかは分からぬが、叱り付けられているような不思議な気持ちになる。 アヌスの割れ目にコイル状の太巻き部分が食い込むたびに我輩は謝罪したい気持ちでいっぱいになった。 「ゴメンなさい」と言ってみたが、全ての息が鼻から漏れてハフンハフンと鳴るばかり。 我輩は悟った。これは変態行為などではない。厳しい厳しいリアリズムだ。 新しい世界が幕を開けたのだ。 ようこそ我輩、自縄自縛の我輩。 次「縁の下君」 縁側のしたに何かいる・・・ 怖い。俺は足音を立てないよう、そっと歩く。「がさっ、ささっ」やはり何かがこの下にいる。なんだ?虫か?いや、ちがう。もっと大きな物体だ。「がたっ」音がだんだん大きくなっている。俺は怖くなって、もう一度でなおそうと思い居間へかえった。 考える。人ではないだろうか。まさか、殺人鬼が俺の家に?!いや、考えられない。なんだ?なんなんだ。怯えながらも、もう一度縁側へ向かう。そっと、歩く。 あれっ?音がしないな。 ふぅ。したを覗いてみるか。ずっとこのままにするのも嫌だしな。ドクドクと心臓の音が聴こえる。 よしっ。覚悟を決めた俺は頭をゆっくりと縁側のしたへともっていった。 あっ!僕は思わず声をあげそうになってしまった。やばい。隠れなきゃ。さっと柱の後ろへとかくれる。 「がさっ、ささっ」 少し音を出しちゃったけど多分大丈夫だよね。人間には聞こえないくらいの小ささだったから。 そんなことより、この家が危ないよ。もう崩れそうだっていうのにまだ誰かが住んでるんだもの。僕がこうして定期的になおしにこなければすぐにこんな家壊れちゃうよ。 この家の人も早く気づいてくれないかな。 「がたんっ」ああ、また修理しなきゃ。 「向かいの家、早く崩してくれないかしら。危ないのよね、廃墟って。」 缶コーヒーの飲み口に、蟻が群がっていた。 優美は、黒い蟻がせわしなく動き回る様子を、ぼんやりと眺めた。 (いつもは無糖だったけど、疲れていたから甘いのにしたんだ……) 草と土と枯れ葉と、自分の血の匂いを嗅ぎながら、優美はまったく動く気がしなかったが、 蟻が自分の缶コーヒーにたかっているのを見て、かろうじて『そのこと』を思い出した。 いつものバイトの、いつもの帰り。でもちょっと疲れたから甘いコーヒーにして、 のんびり公園を通って行こうとして……。 それが、30分前のことだった。今はただ、息を吸って、吐いてるだけ……のつもり。 身につけていたはずのジーンズとショーツは、どこにあるのかもわからない。 顔が熱を持っているのがわかる。全身のあらゆる傷みが鼓動と共鳴している。 ずきん、ずきん。どくん、どくん。 腹の辺りから何かが、ごぼごぼと流れ出ていた。 (い、き、が、で、き、な) 優美が最後に見たものは、自分に近づいて来る黒い蟻の頭だった。 次は、「公衆電話」でお願いします 「ジリリリリリリリリリリン」 本屋の表で立ち読みしていた僕は、突然近くで鳴り響いたその大きな音に立ち読みを怒られたような気がして、必要以上に慌てふためき、読んでいた成人雑誌を落としてしまった。 左右を確かめ近くに誰も居ない事にホッとした僕は、冷静になって音の方をみてみる。とそれはすぐ側にある公衆電話だった。イタズラだろうか?誰かが取るのを待つように依然として鳴り続けている。 「うるさいな」 無視して、いや、聞かぬ振りをして雑誌に集中しようとするが気になって仕方が無い、十回以上は鳴っただろうか?僕はついに我慢出来なくなって、受話器を取ってしまった。 『あの、もしもし?』 若い女性の声だ。予想以上に可愛いらしいその声に警戒が緩む。 「……はい、なんですか?」 『あの、ちょっとお聞きしたいんですけど』 「はい、」 『そこの公衆電話の何処かに何か落書きがありませんか?』 「え、落書きですか?」 妙な事を聞くものだと訝りながらも、これが何かのきっかけ(主に恋の)になるかも、と素直に探す。 「ちょっと待って下さい、あ、ありました」 『それを教えて頂けますか?』 「ええ、いいですよ、えーと……」 そこで僕は言葉に詰まってしまった。其処に書かれていた言葉 <お前に百万をやる。今直ぐその電話を切って次の番号にかけろ、金の場所はかけた相手の電話の近くに書いてある> 「どうしました?」 僕は直ぐに電話を切り示された番号にかけた。呼び出し音がもどかしい、近くに誰も居ないのだろうか?十数回目でようやく受話器の男が応えた。 『もしもし』 「あの、つかぬ事を伺いたいのですが」 『はい、何でしょう』 「その電話の近くに何か落書きは無いでしょうか?場所とか地名の……」 これはもう昔のこと、さて大正か明治かというまあそれくらいの頃の話ですが……。 当時このあたりには赤子が生えたのです。いえ冗談ではなく、道端、庭先、河原、 畑、そんなところににょきにょきと生えた。まあいってみれば雑草ですな。 なぜ生えるのかは土地の人にもわからなかった。しかし、生えることが当たり前になっていて、 誰も不思議に思わなかった。そういうものだと。ええ、そういうものなんです。 赤子は手から生えます。地面から拳が出て、やがて指を開いて、ひじが出、 どんどん伸びて、最後には肩が出ます。そこまでで一週間くらいですかね。 ここで気をつけるのは、肩が出る前に枯らすことと、手には絶対に触れないことです。 肩まで出ると、赤子は掌を地面に突いて、体の残りを引き出そうとします。 また誰かが手に触れると、赤子はここに人間が住んでいることを確信して、 次から次へと生えてくるようになります。この、触れずに枯らすのが難しい。 手が生えたら、その周囲に囲いを作って、水を溜めます。一時間も沈めておけば、 手は死んでしまいます。あとは土を被せて腐らせるだけです。 手は生える場所を選びません。どこに生えてもすぐわかるように、 この村では古来、高床式の家が好まれました、地面を隠さないわけです。 万一赤子が地上に出てしまうと、その日の夜中、村の誰かが赤子と入れ替わります。 入れ替わった人は、他の人からは以前と同じように見える。でも、寺や社に 寄り付かなくなり、祠の前を通らなくなる。たしかに違う人間になっている。 そして、ほどなく村から姿を消します。 とまあ、そういう昔話があるのです。奇妙でしょう。いまでは家も普通に建てますし、 手が生えたから枯らすなんてこともありません。いい時代になりました……。 さて、いい時間になりました。そろそろ寝ましょう。 え、さっきの話? あまり気にしないでください。深夜の怪談って、なんか嫌ですよね。 それに、あす目覚めるのはどうせ私だけですから。 つぎ「108人の男たちの手料理」 某国王の三十番目の姫様は、食にたいへんうるさい方だった。 だが、国王がこれまた一切食事に興味が無い方だったので、 城の料理人の腕は、相当酷いものだった。 ある日、ついに姫様がぶち切れた。 「城の料理人は、全員集まる様に!」 総勢109人の料理人を前に、姫様は厳かに言い渡した。 「私の舌を満足させる料理を作れなかったら、全員の首をはねるからそのつもりで」 さあ、料理人たちは大騒ぎになった。だが、ともかく料理をせねばならない。 ああでもないこうでもない、と、厨房は夜昼無くもうもうと湯気が立ちこめ、 やがて、姫様をわくわくさせる様な芳醇な香りが城全体に漂い始めた。 ついに完成した、黄金色のスープを一口すすり、姫様は満足げにうなずいた。 「素晴らしい。待った甲斐があったというものです。お前達には褒美をとらそう」 109個の金貨の袋は、順番に料理人たちに配られたが、なぜか1袋余っている。 「どうしたのだ。なぜ、一人足りないのです?」 姫様の質問に、108人の料理人たちは、顔を見合わせおどおどとしている。 ようやく一人の料理人が姫様の前に進み出て、頭を下げながらその訳を答えたのだが…。 答えを聞いた姫様はその場で卒倒し、事の次第を知った国王は激怒して、 料理人全員の首をはねて、生首を荒野に打ち捨ててしまった。 姫様はその後、何も食べる事が出来なくなり、糸の様にやせ細り、ついに亡くなってしまった。 国王は悲しみのあまり気が狂い、ある日城の塔から身を投げて自殺をした。 主を失った城は、働く者も去っていき、いつのまにかすっかり荒れ果てた様相になった。 だが、誰もいない厨房の大鍋では、いつでも黄金色のスープがふつふつと煮えていて、 近隣50キロ四方までその香りが漂っていたという。 次は、「修正液を飲み干した透明人間」 それは秋の終わりの頃の朝帰りだった 「おーい・ただいまぁー」 「帰ってきたよ」と私が言う 彼女が朝から出迎えてくれると思ったが、返事もなく全く 1週間ぶりに、帰った自宅の玄関の床の上に封筒に入った手紙が落ちていた 手に取った封筒には、差出人と名前が書いていない 私は怪しいと思い捨てようと思ったのだが、手紙との見当が付くので、慎重に開け それは彼女が別れる内容の手紙と、彼女から婚姻届の名前の入った用紙だった 手紙を拝見して、冒頭から「好きでした、本当に好きでした、本当に彼方を愛する事が出来ません」 普通に読み続けて 某国の諜報エージェントとして 自分と付き合ってしまったことに対する後悔の念を伝える内容だった 私は思わず愕然とした・・・自分は何て愚かだろうかと・・・動揺して混乱をしている気持ちを落ち着かせ 自分が真っ先に書斎の部屋に駆け出して、書斎の部屋の扉を開けた途端に、頭の中が真っ白になった 密かに自宅に持ち出した研究番号S-46番の液体が消えているのと、研究番号N-30番の研究論文が無く 大学の寄付による軍事企業の秘密研究が、某国軍部に知られてしまうと大変な危機に陥る これは大変マズイ・・焦る中で、思い出した 私は夜の営み最中に、彼女の体の中にICチップを埋め込んだ事を思い出し 自宅より電話回線を軍事企業に繋いで民間軍事衛星情報で位置情報を割り出して捜す事にした 彼女が15分前に自宅から出てから喫茶店に居る事を割り出して追いかけ、彼女の近くまで尾行をした 念の為にN-30番を密かに作り出した残りの液体を私は実践で人気の居ない所で散布と残りを全部飲み干し 初めての経験で思わず興奮しながらも、2分後には見事に体と衣服の姿が隠れた 彼女の尾行に成功した私は女子トイレまで入ったが、何故か多目的トイレに駆け込んだ トイレに入っていきなり服を脱ぎ出すなり、信じられない行動に出てしまった 私が初めて眼にした光景として不覚にもイチモツの興奮が収まらなくなってしまい思わず堪え続けながら 理性を取り戻し、彼女のハンドバッグを開けようとした時に彼女の手が近づいて、咄嗟に手を引っ込めた 「あぁっー」と彼女が喘ぎ声を発した途端にイチモツからの白い液が彼女に掛かってしまう 凍る私と性癖を知られた彼女にバレテしまった 後戻りが出来ない、私の人生の修正液 一箇所修正 22行目の冒頭 トイレに×⇒彼女は○ スマソ 次のお題 「ゴミ屋敷と破天荒の行方」 十月三日 老婆の説によればこのゴミの山は、ある理論によって然るべき場所に配置されているとのことだ。 さらに、あと一つ道具が揃えばこの世界とは別のもう一つの世界との扉が開かれると言う。そして老婆は若くして事故で失った息子に会いに行くと言う。 馬鹿馬鹿しいとは思ったが、老婆の気持ちを思うと無碍には出来ない、しかし私は町長としてこのゴミ屋敷問題を解決しなければならない。 今まで様々なこの町の無理難題を解決させてきたのだ。この問題だって必ず突破してみせる。 十月五日 あと一つ道具が揃えばいいのだ。幸いなことにそれは特別入手困難というものでもなさそうだ。それを手にいれ老婆に突き出し、現実を見せてやれば、少々酷ではあるが考えを改めるに違いない。 そしてあのゴミ屋敷問題は文字通り綺麗さっぱり片付き、私の名声と信頼はさらに確かなものになるだろう。 十月二十一日 ようやく道具を手に入れた。いよいよ明日、これを持ってあのゴミ屋敷に行く。 老婆の息子の友人から想い出の品も借りてきた。これでアフターケアもばっちりだ、後は老婆が改心の涙を流して有難がるような台詞を用意すればいい、老婆の息子も彼女の新たな人生の一歩に天国から笑顔でエールを送るに違いない。 明日が楽しみだ。 ーピッー 日記を読み終え中村警部が顔を上げるとそこには新米刑事のきらきらした目が迫っていた。 「警部どうです?そのケータイの日記から何か分かりましたか?」 「何も分からん」 「そうですか……」 ケータイをポケットに隠し、警部は溜め息をつきタバコに火をつけた。町長の失踪事件とこのゴミ屋敷は関係があるのだろうか?いや、「かつて」ゴミ屋敷だったその場所。今はミサイルで抉られたように綺麗サッパリになったこの場所には。 次題「紫信号」 「ふう、疲れましたね」 トナカイが嘆息した。フィンランドの12月はツノも凍る厳しい寒さで、一仕事 終えたばかりの身にはことのほか響く。だが、橇から降りた老人は同調しなかった。 「すぐ来年の準備にかかるぞ。最近は、ドリーム分の補給に丸1年かかる」 老人は赤い帽子を脱ぐと、すぐに丸太小屋へ入った。そのまま梯子で 屋根裏へあがり、凍りついた窓を全開にする。埃の浮く焦げたような匂いが 鼻をかすめた。が、冷たい鼻はすぐに何も感じなくなった。 屋根裏の中央にはテーブルが置かれ、その上に蜘蛛の巣のような 小さなアンテナを持った装置があった。老人がスイッチを入れると、ブーンという 音とともに、アンテナが紫に光りだす。 窓の外から蝶が一匹、ふらふらと入ってきた。いや、よくみれば蝶ではなく、 蝶の翅をもった小さな娘だ。妖精である。 妖精はアンテナに向かっていく。と、その胸がアンテナに触れた瞬間、紫の光が 一瞬フラッシュのように輝き、「あーん♪」という可愛らしい声とともに、 可憐な姿は弾け飛んでしまった。「まずは一匹……」老人が呟く。 梯子口からトナカイの顔が覗いた。 「暖炉に火を入れましたよ。あまり無理をなさらないでください。昔のようには いかないんですから……」 「わかっとる。ああ、昔みたいに、冬眠している竜を狩ったり春先の人魚を釣ったりで ドリーム分を絞り取れればいいんじゃが。もうこんな迂遠な手しかないとはのう」 その間にももう一匹、妖精が燃えて「あーん♪」という声が屋根裏に響いた。 「仕方ないですよ。海は汚れ、山は開発されて竜も人魚もいなくなりました。 この最果ての妖精たちも、使い尽くしたらいなくなってしまうでしょうね」 老人は暗い顔をした。子供たちの欲望は尽きない。そして、山や海を駄目にした 大人たちも、子供の頃にはドリームを見て老人を待ったあの子らだったことを、 この二人は覚えていた。 「あーん♪」紫信号の光に寄せられて、また一匹妖精が燃え上がる。そのたびに、 来年用のずだ袋が少しずつ膨れていくのだった。 「子供たちに夢を……。子供たちに夢を……」ぶつぶつと呟く老人の声を聞いて、 階下のトナカイは目を瞑った。「現実って、こんなもんだよね」 次「魚雷と宝船のハッピーな関係」 「恵比寿さま、今年はよく釣れますのねぇ」 ゆるやかに衣をなびかせた美女が言う。女の子座りの彼女の、着物の裾から見える太ももが妖しい。 「今年はとくに多いのよ」と老人。こちらはやや太り肉の老人である。もう長時間にわたって同じ魚を釣り上げていた。 「もう何匹目だ」恵比寿の背中を見つめる美女の、そのまた後方に老人が数名。そのうちの一人が声をかける。 彼は釣り上げられた魚を袋に入れる担当であった。 「2012匹は……超えたかなぁ和尚。袋はまだ入るかね」恵比寿がそう問うと、さらに別の者が口をはさむ。 「千でも万でも入るのよ。この布袋和尚の袋は」彼の名前は毘沙門と言った。老人というにはいくぶん若い。 突然、妙な音色が突然聞こえてきた。 「これ、ねぇ新作」 一同が見ると先ほどの美女が琵琶をかきならしている。 「これAKBね」 「弁天、お前、ホント流行ものに弱いなぁ。」毘沙門が言う。 「ニーズに対応せねば昨今、支持も集められまいよ。彼女は真実偶像であるぞよ」今度は頭のおそろしく長い老人が言う。 「寿老人さま、イイコト言う!」 弁天の調子は否応もなく上がる。「これももクロ」と続けた。 「……恵比寿よ。ソレ何匹釣る気かね」また一人、別の老人が言った。 「しかし、釣っても釣ってもまたかかるのよ。わし、鯛が欲しいんだけども。エサが悪いかね大国さま」 彼はトレードマークの鯛をまだ釣り上げてなかった。 「鯛無いとワシ困るのよ。この魚は黒いし、あんまり縁起良さそうじゃないし……鯛の代わりになるかね」 「その魚はな、人が作ったものぞ。放っておいても東に行くよ。ただ、送り届けてもありがたがってはくれぬ」と大黒。 「えっ!」と弁天。 「ちなみに魚でも無いぞよ」と寿老人。 「えっ!」とまた弁天。 「人がわざわざ作ったものを、我らが取り上げては本末転倒ではないか」 布袋が言う。 「しかし東に送り届けても嫌がるのでは、福とは呼べぬ」 毘沙門が続ける。 「人の子たちがハッピーになるには、じゃあどうすればいいんです?」 弁天は退屈そうである。やや怒っている。 「欠けず、壊さず、元来た場所に戻せば良かろう」 と寿老人 いいコト言うなぁ……。と一同。 そういうわけで、その鉄の魚はすべて西の半島へ戻されることになった。 あと鯛は結局釣れなかった。 「牛筋、二鷹、三茄子、海老煎、煮卵、黒砂糖」 「腹減ったのはわかったから、その鷹は逃がしてやれ、蛇」 次、「末夢」 ごめん、末夢って普通にあったわ。 「末夢」は取り消して「門松夢」で。 初日の出を迎える前、空がほんのりと紫がかってきて頃、俺は重い目蓋を無理矢理開く。 欠伸ついでに凛とした朝の新鮮な空気を腹一杯に吸い込む。 のそのそと暖かい塒を抜け出した俺は、一番近くの門松を目指して這う様に薄暗い街を移動する。 身体が温まらない。寒いのは苦手だ。 寒さに震えながら俺は、ようやく玄関に門松を飾り付けた家をみつける。 門松は俺にとっての目印だ。 そろりと門松の間を通り抜け、俺は玄関に落ち着く。年神様を迎えるために。 空が茜色に染まってゆく。東の空が陽の光で満たされる。そろそろ年神様がやってくる。 ちょうどそこで目が覚めた。ここは塒。全部夢だったのか……。 年神様のお迎えの役目はやっぱり俺には無理なのではないかと、ぼんやりした頭でそう思った。 巳年は12年に一度しか来ないとはいえ、この季節は冬眠中なのだ。 次のお題は、「今年の抱負で抱腹絶倒」 「今年の抱負は抱腹絶倒、っと」 半紙に筆を走らせる、勢いが付き過ぎて跳ねた墨で机が少し汚れてしまった。これだから書道は苦手だ。 「ナニナニ? 抱腹絶倒? 相変わらず意味がわからない上に字汚ネッ!!」 横から口を挟んできていきなりの悪口雑言は隣の席の山田さん、フルネームの山田花児さん。 最後の一文字が残された個性とは本人の言だ。 「字が汚いのはお互い様じゃないか、あとそっちの抱負も何だよそれ」 彼女の半紙には『超絶美技』と書いてある、私としてはそっちの方が意味不明だ。ちなみに机は汚れていない。 「コレ? これは今年こそはテレビで取り上げられて一躍スターになろうという願いが籠められた一筆よ!」 胸を大きく張りながら半紙を掲げる様は恰もライ○ンキングの名シーンの様で少しばかし彼女の姿が眩しく見えないことも無い。 しかし言ってることと半紙に書かれた抱負の関係については説明しきれていないということを彼女は気づいているのだろうか? 「つまり、何かスッゲェ技身につけて周囲で噂になってその輪をどんどん拡大させてネタが無くなったTV局なんかで取り上げられるようになるぞってこと?」 彼女の言葉への自分なりの解釈で訊ねる。これが本当だったとしたらコイツはどれだけ頭に蝶々を飼っているのだろう、少し心配になって来る。 「そうそれ! 今ならネットとか使えば結構イケるんじゃあないかと自信を持っています!!」 ああ、こいつはアレな人だった。思えば今年の初めから何故か海で木刀を片手に意味のわからないダンスをしていたり羽子板でスピンかけようとしたり 色々と奇行が多かったのはこの為だったのだろう。改めて振り返ると頭に蛾を飼っているとしか思えない奴だ。 「それよりアンタのソレはどういう意味なのか教えてよ、アタシは教えたんだから早くハリープリーズ」 変人の最近の奇行に今後の友人関係について頭を悩ませている所、地味に間違えた英語で急かされる。 色々と言いたい事や考えたいことはあるがとりあえず自分の抱負について説明することにした。 「―この抱負は、一昨年昨年と不幸なことや不安な出来事が色々と起こったけど今年は笑いすぎて倒れるくらいに楽しく可笑しく過ごしたいっていう私の思い…願い、かな」 少しマジになり過ぎたかもしれない、空気的にもうちょっと軽めの説明にしておけば良かった。これで笑われたらと思うと赤面必至だよ全く。 そうやって今から来るであろう羞恥に対して心を構えているところに返事が返ってきた、来いよ羞恥! 「なんだ、アンタそんなこと考えてたの? 馬鹿だなー。そんな抱負アタシといれば1日で達成しちゃうよ? 何せ未来の大スターだからね!」 そう言うと彼女はHA-HA-HA!!と笑った。 呆然。きっと今の私はその言葉通りの顔をしているだろう、色々と思考の上の抱負を軽い感じで笑われてしまったのだ。 もうこいつの阿呆さ加減には本当もうどうしよう?どうしてくれようコイツは!? (でも、まぁ……) 悪い気はしない、な。むしろ何故か心が温まった気さえしてくる。 こんなにアホでバカでいい加減で成績も下から3番目でおまけにアホなのに長々と付き合っているのはこいつのこういう部分で自分に足りない何かを感じているからかも知れない。 今年一年きっとこいつの奇行に悩まされるのだろう未来が目に浮かぶ。それでも明日への思いは何故か明るかった。 これから何をしよう? ……とりあえず、机に跳ねた墨を消すことにした。 次のお題は「超絶美技」 「お見事!」 場内の拍手が彼女を包んだ。 5回転ジャンプ。とても人間業ではない。 しかし彼女は特に嬉しい顔をするわけでもなく、他の選手よりも目立つ深い痕をリンクに描きながら、コーチの元に戻った。 「あおい、よくやった。これで次のメダルもいただきだな」 「ありがとうございます」 秋葉あおいはフィギュアスケーターである。幼少時代のスケート記録などがまったくないという点で、他のスケーターとはどこか異質なところがあるが、過去よりも現在だ。 今の彼女はスケーターとして最高に輝き、絶頂にあった。 「おめでとう。回転ジャンプを失敗しない選手は秋葉さん、あなただけよ」既に二児の母となっている浅田(旧姓)が駆けつけ、あおいに花束を渡す。 「先輩、私だって人間です。いつかは失敗しますよ」あおいは静かに答えた。 「あおい、次は7回転ジャンプをしようと思うが、できるかな」 「お望みとあらば、私は天にも昇るつもりです」あおいは何の躊躇もなく、静かに答えた。 「お前に不可能はない」コーチはあおいを信じて疑わなかった。 失敗した。 だが失敗の仕方が変だった。着地に失敗したのではなく、あおいは空中で7回転を達した瞬間に、操りの糸が切れた人形のように力を無くして墜落したのだ。 氷上に激突した妖精はそのまま痙攣して動かなくなった。 医者が駆けつけて、そして驚愕した。 「なんだこれは?」 痙攣を起こしているあおいから煙が出ていた。 「先生、あおいは大丈夫ですか?」コーチが焦って医師を揺さぶった。 「大丈夫も何も、彼女、人間ではありませんよ。ロボット、と言えばいいんでしょうか」 「なんだって?」 よく見ると、首の皮膚が裂けていて、血でも肉でもないものが見えていた。 「おい」リンクの様子を望遠鏡で見ていた男が手にしたXperiaに向かって呟いた。 「秋葉あおいの正体は隠匿しろ。仮にロボットだということが暴露されても、メーカーがSONY製なのだけは伏せるように」 次「総理、それだけは勘弁して下さい!」 「総理、本気なんですか!」 「あぁ……躊躇う事など、毛頭無い」 総理は、父親を思わせる厳しい面でそう言った。 彼には一人娘が居る。年老いて出来た娘であるというのもあって、彼は娘を宝のように大事にしていた。 「しかしッ、そんな事をすれば……」 「そうだな、国民にも被害が及ぶ。だが、諸外国からの攻撃だと偽れば、ついでに日本の現状も打破出来よう。苦しむのは、巻き込まれた被害者だけだ」 「国民を犠牲にしてまでする所業ですか!」 「お前は、大切な者を奪われる苦しみを知らぬから、そのような口が利けるのだ」 その顔には、その苦痛を表さんとするが如く浮かぶ、深い皺があった。 「しかし!」 「早々に準備を済ませろ、以上だ」 彼の言い分は分からない事も無い。だが、彼の行動が起こすのは、大切な者を奪う行為その物でないか。 何がなんでも止めねばならない。私はそう決心し、自尊心をかなぐり捨てて土下座した。 「総理、それだけは勘弁して下さい! 幾ら娘の彼氏がちゃらんぽらんだからと言って、彼の家にミサイルを撃ち込もうなどと言う事はッ!」 「俺はこの街に何を期待していたんだろうな…」 表を通れば煌びやかな街並みに華やかさを飾り溢れかえらんばかりの人、人、人。 歩くだけで欲しいものは何でも手に入る夢のような街、ただし、「金」が有ればだ。 裏を通れば昼間だと言うのに高い建物の影になりまともに光が差してこないスラム。 金を持ってそうな奴が通るたびにものを強請る浮浪者達。 故郷の田舎でヒーローに憧れ育ちいい大人になってもそんな子供染みた夢を持ち続け そのための努力に一切を惜しまず行動し続けて大きな街からきたスカウトの話を受けてみれば 話に聞いて想像していたのとは違い実際に守るのは金払いのいいクズ以下の下衆共ばかり。 向かってくる者はそんな奴等に搾り取られもうそれ以外に希望を見出せなかった弱者達。 「もう辞めてしまおうか…」 そう呟いたそのとき、スラムの方から助けを求める悲鳴が響く。 悲鳴が聞こえた場所に到着するとそこには少女を取り囲む悪漢共。 (こいつを助けたら田舎に帰ろう) 行動は既に決まった。 相手を威嚇しその1人へ一気に距離をつめ急所へ一撃、倒れる。 それを見た他の奴等は一斉に逃げだした。あっけない。 少女のほうへ向き大丈夫か? とたずねる、少女がこくりとうなずくのを見、事件収拾のため一応警察へと電話をかける。 スラムのことだ、まともに動くとは思えないがヒーロー的にはそうする必要がある。 念のため倒した一人を拘束しようと振り返ると。 パンッ 胸に、衝撃があった。 一瞬フラっと来て気付けば視界の半分が地面だった。 「あなたが出来すぎるのがいけないのですよ?」 頭上で声がした。そこには少女が立っていた。 そうか。 「…く……っ……れ……」 俺の最後の声は、降り出した雨に流されていった…。 教科資料室が並ぶ生徒のあまり使わない廊下にノートが落ちていたら、どれくらいの人が拾うだろうか。 そしてそのノートの裏にも表にも記名が無い場合、中には書かれているだろうかなどと、開けてしまう人もいるだろう。 鈴木くんはその拾ったノートを開けて、裏表紙の内側を確認し、ふとその横の最終ページにある小さな走り書きに目を留めた。 謎の一文。その下に円で囲まれた鈴木の文字。 自分と同じ苗字についつい目が行ったようだ。それぐらいそれは小さなメモ書きだった。 しかし、この謎の一文は何だろう?鉛筆削りという主語の後ろは全く意味が通じない。 鈴木くんは首を傾げながらも、鈴木は持ち主の名前ではないだろうと判断して、職員室まで届ける事にした。 放課後の職員室は意外とガラガラで、失礼します。の声に反応した見知った女性教員に声をかけに行く。 「山田先生。落とし物拾ったんですが、どうしたら良いですか?」 「ん?落とし物は用務室なんだけど、預かっとこうか。名前は書いてなかった?」 まだ若い山田先生はすぐに椅子から立ち上がって、鈴木くんの持つノートを覗き込んだ。 「表にも裏にもなくて。中も……なんか鈴木ってあるけど持ち主の名前っぽくはないです」 鈴木くんはそう言って、最終ページを開いて見せた。 女子の好みそうな淡い色のノートに可愛らしい丸文字で書かれたその一文を見て、山田先生はふいに笑い出し、 「うん。私が預かっとくわ」 そう言って受け取った。 その時小さな声で、失礼します。と、鈴木くんの同級の佐藤さんが職員室に入って来た。 ちょうど立っていた山田先生を見、その手に持つ半開きのノートを見て驚き、さらにその横に立つ鈴木くんを見て固まった。 「なに?佐藤。落とし物?」 山田先生はニヤッとしながら佐藤さんに声を掛ける。佐藤さんの顔がみるみる青ざめていくのを見ながら、鈴木くんは少しだけ空気を読んで、 「じゃあ先生。後はよろしくお願いします」 そう言って逆の出入り口から退出した。 それを見送ってから、佐藤さんは恐る恐る山田先生に近付き、小さな声で訪ねる。 「あの。それ……」 「うん。親切な鈴木が持って来てくれた落とし物」 真っ青になった佐藤さんに山田先生はニヤニヤ笑いのままノートを手渡し、自分の物かどうか確認するように促す。 自分のノートだと確認した佐藤さんはピッチリ閉じて抱え込むと、少し涙の浮いた目で蚊の鳴くような声で聞いた。 「これ。あの。鈴木くんは……」 「中まで確認して届けてくれた」 この世の終わりのような佐藤さんを、山田先生は楽しそうに眺めた後に、 「ま、意味は分かってなかったけど」 と、付け足した。 佐藤さんは、どうか忘れてくれますように。と、祈るような顔をしてから、まだ青ざめたままの顔で礼を言い退出を述べた。 山田先生もそれをうけたが、 「ああ。そうだ佐藤」 佐藤さんを呼び止めて、 「鉛筆は男にとって不名誉な呼ばれ方らしいから、その組み合わせはどうだろう」 そう言って、少し優しそうに笑ってみせた。 次は「嘘吐きと腹の中」 「ねえ、君はどうしてここにきたの?」 暗くジメジメとした、どこからともなく刺激臭のたちこめるそれほど広くない空間に、かんだかい声が一つ。 「そうだね、釣りの最中だったかな。浅い釣り場だったし、海は荒れてなかった。だから、むしろどうやって来れてしまったのか。いや、来る羽目になってしまったのか。それはこっちが聞きたいぐらいだよ」 問いに答えたのは、低くくぐもったような不機嫌な声。その低い声は酸味を含ませて続けた。 「今となっては、きっと虫の居所が悪かったんだろうと、無理矢理にでも納得しているよ。それで、そっちの方はどうなんだい?」 「僕は、もうずいぶん前さ。何故だったかも思い出せないけど、何かを探していたような気がするんだ。その何かが、こんなところにあるとは到底思えなかったけど、それでもここで、やっと何かを見つけて、何かに気付いたんだ。」 甲高い声は、遠い過去のことを懐かしむように、途切れ途切れに答える。 「こんなところまで来て、見つけて気付いた何かってのは、君にとって大切なものだったんだろう?何故思い出せないんだい?」 低い声は不躾に、無遠慮に聞いた。 数秒の間が空き、甲高い声は、少し震えながら答えた。 「思い出せないことっていうのは、だいたい、どうでもいいことさ。あの時、僕がここで見つけたものは、僕にとって、きっととても大切なものだったんだろう。 でも、今の僕には大切でもない。大切でもないから思い出そうともしない。思い出そうともしないってことは、やっぱりどうでもいいものだったってことなんだよ」 まるで罪の独白のように、甲高い震え声は絞り出した。 しばらくの沈黙の後、低い声が、甲高い声と同じように震えながら言った。 「何かを思い出せない理由ってのは、もう一つあるんだよ。」 甲高い声は聞く。 「それって?」 低い声は答える。 「もうわかってるだろ。」 高い声は言う。 「わからないよ」 低い声は言う。 「わからなくないよ。」 それほど高くもない声。 「わからない。」 あまり低くない声。 「わかってる。」 声。 「分かりたくない。」 声。 「分かってしまった。」 今日も鯨は海を泳ぐ。その腹の中に、一人の嘘吐きをしまいこんで。 今日はあの人が来る、愛しい人が。 一緒に居られる時間は、とても短く感じるけどそれは仕方のないこと。 今はただあの人の声が、温かさが感じられればそれでいいと、そう思う。 ピンポンと音が鳴る、あの人が来た。 ドアを開け、迎え入れるとすぐさま抱きつく。匂いを、体温を感じる。 私の、唯一の幸せが始まるのだ。 できることならばずっとこのままで、ずっとこの温もりを感じたままでいたい。 けれどもそれは望めなくて、望むことも許されなくて。 私の身勝手な思いを無理に受け止めてくれているだけなのを知ってしまっているから。 そう、感じ取れてしまうから。 それでも「来なくていい」の一言も言えずに、優しさに甘える。 甘えずには居られない、求めずには居られない。 きっと哀れみなのだろう、きっと情けなのだろうそれを。 夜が来るまでの少しの間、ただそれだけの少しの時間。 その間だけの幸せが私の、全ての拠り所。 ああ、もうすぐ夜が来てしまう。 ずっとこのまま留めていたい。 だけどそれは望めない、言えもしない。 私はきっと――右側だから。 次は「三角図の中心点」 『東部戦線、異状なーし』 『南部戦線、異状なしですー』 『西部戦線、異状ありませーん』 伝送管から、間延びした声で三ケ所の見張り台の状況報告が聞こえてくる。 戦闘開始から743と4日。三つの軍勢力に囲まれた資源採掘場の朝は、 今日も変わり映えのしない業務連絡と共に始まった。 「注意、 『東部戦線、異状なーし』 『南部戦線、異状なしですー』 『西部戦線、異状ありませーん』 伝送管から、間延びした声で三ケ所の見張り台の状況報告が聞こえてくる。 戦闘開始から743と4日。三つの軍勢力に囲まれた資源採掘場の朝は、 今日も変わり映えのしない業務連絡と共に始まった。 「中尉、珈琲が入りました」 ノックの音と共に、総司令室にカーキ色の制服を着た下士官の女性が入室してくる。 「ああ、ありがとう」 部屋の中央に座る男は礼を言って、湯気の立つ黒い液体を下士官から受け取った。 「今日の戦況はどうなっていますか?」 「いつもと変わらないさ。『異常なし』だよ」 音を立てて珈琲を啜りながら、退屈そうに男は言う。 刺激の少ない戦場に辟易し、どちらにでもいいから動いてくれという心の内が透けて見えるようだった。 「そうですか………。今日は、補充の兵が何師団か着任する予定です。着任式は午後からの予定ですので、スピーチの 準備を宜しくお願いします」 「わかってるよ」 ため息を吐いて、中尉と呼ばれた男は眠たげな目で頭を掻いた。 『―――以上で、着任式を終わります』 色素の薄い肌と男殺しの胸元で一躍新任兵達のアイドルとなった女官が締めくくり、兵達の間にも緩んだ空気が広がる。 腹減ったな、ここのメシ美味いんだっけ。今夜在任兵の奴らが歓迎会でポルノパーティー開いてくれるらしいぜ。 あの曹長マジで良い女だよな、誰か口説いてこいよ。 雑多な会話や軽口が聞こえ始める中、壇上にまだ立っていた基地の総司令官の男が、顔に申し訳なさそうな色を浮かべて マイクを掴んだ。 『あ―――悪いが、まだ休憩には入れない。着任早々だが、この基地じゃ日常茶飯事だ。今のうちから慣れておけ』 気まずそうな顔で言葉を濁す男が、最後に告げた言葉。 それを聞いた新任兵達は、皆一斉に息を飲んだ。 「うっ…オェッ………」 土気色の顔をした若い兵士が、地面を向いて口元を押さえていた。 周りにいた仲間が何人か寄ってくるが、全員顔色は似たような物だ。 「吐くなよ…?これ以上酷い匂いになんかなってみろ、もう誰も耐えらんねぇぞ」 吐き捨てるように言った同階級の男は、辺りに広がる物から目を背けながら言う。 「…気持ちはわかるさ。聞いてはいたが……こりゃ予想以上だ」 男がちらりと、一瞬だけそこに落ちている物を見て、すぐに顔をしかめる。 銃弾の雨に食い散らかされた死体は内臓や骨が飛び出て、何匹か既に蛆も湧いていた。 戦場でしか嗅ぐ機会の無い正気を失いそうな悪臭は、他基地では熟練と呼ばれた兵士達からも 生気や精神の均衡と言ったものを一つ残らず奪い取っていく。 並の戦場では有り得ないほどの数の死体の山が、見渡す限りの原野に点々と散らばっていた。 「58………59……60。ドッグタグは…無しか」 軍用のトラックに死体袋を積み込んでいた壮年の男は、やがて諦めたように上を見上げ、トラックに背を預ける。 「どうせ全員死ぬんだ…誰が誰かもわからない戦場なら、その方が便利って事なんだろ」 光の無い瞳で血の付いた地面を掘り返していた黒髪の男が言う。 壮年の兵もそうだな、と頷き、胸ポケットから煙草を取り出そうとして、やめる。 「ここは三つの敵対勢力が睨み合い、数少ない貴重な資源採掘場を取り合う為に毎日数千人の命が使い潰される……… 三角図の中心点、戦場の火葬場だからな」 「…さて、今日も時間だ」 飲み終わった珈琲を机に置き、士官の男は席を立つ。 「………今日は、何人死ぬんでしょうか?」 女官が、悲しんでいるのか、何も想っていないのかわからない無表情で言う。 「さぁな。だが、ここを守る為に未来ある国士達を消費し続けるのが、俺達の仕事だ」 「………そうですね」 お気を付けて。と呟く女官を背にして、総司令官は作戦本部へと赴く。 数万の弾丸が飛び交い、数千の命を犠牲にして、防衛線は数メートルの誤差を生んだ。 国のため、国民のために兵士はそこで死に続ける。そして、その日、記録係は報告書の最後をこう締めくくった。 The center of triangle is no abnormality. 三 角 図 戦 線 、 異 常 な し。 次、「目詰まりを起こした感情論」 「目詰まりを起こした感情論」 1. 電車は今日も、駅のホームにやってくる。ごった返す雑踏、けたたましく鳴る警笛、発射の合図。 感情論的に、歩を進めながら思う。押し込まれる様にその電車の中に入る。席には座れそうも無い。 幸い本当に押し込まれるほどの混雑、それは無いにしても。流石に、退屈だ。ふと思う。何の為に? 営業と言う仕事。自社では製品を創ってない。外部の製品をかき集め、客のオーダーに合わせ、 提案し、売る。販売目標がある、それでも年商50億円の会社だ。自分は先日の給料日には、 約20万円の振り込みを得た。入社してまだ日は浅く、最近ようやく月に20セットほどの販売を達成。 一つの純益は、数%に過ぎない。20セット売っても、10万に届かない。電車が次の駅に付く。 ドアが開き、人々がさらに入ってくる。都心まではまだ少し遠い。これから、この混雑に耐える時間。 感情論的に、お金の為、だ。働かなければ。秋葉原にBDやゲームソフトも買いに行けない。 電車はカーブに差し掛かる。荷重が人々を揺すり、思索を邪魔する。それは、どうでも良い事だ。 ともかくお金が無ければ。 ・・・お金を、稼いでいるのだろうか。 商品は膨大で、可能で有れば。全ての商品の個性や特徴を踏まえて最善のセットを提案する、 それが出来れば良い。勉強する必要はあり、今はWEBなどに仕様が細かく載っているから調査、 それは容易い。それでも期待通りには行かず、不具合も多く。先輩が言う。商品は膨大になったが、 ”雑さ”が出てきた、粗製濫造。利益と機能性の板挟み、サポートや不具合の調査に時間を取られる。 月に10万の利益と、手取りの20万円と。感情論的に。自分は、良い会社に居るのだ。 2. 電車はやがて、次のホームへとやってくる。都心に近付いてきて、降りる人々が増える。少し空間。 ただ、運が悪いのかどうか。目の前に座って雑誌を読む中年は、まだ立とうとはしてない。最悪、 後10分程度はこのつり革だけが自分の支えだ。再びドアが閉まり、電車が発車する。この中に、 自分と同じような境遇は何人いるのだろう。自分は上か下か。自分の様な人ばかりだったら大変だ。 国家が破たんしてしまう。 毎日、これは、何事もなく続く。問題は起こっていないのだ。人々は自分の様にお金の為に働き、 何だか疲れつつ家に帰って、得たお金を使い何かを買っている。社会はそうやって回っていると誰か。 ・・・何かどこかおかしい、気はする。 自分の成績は、しばらくはそれほど伸びはしないだろう。年商50億円の会社だ、それだけの売り上げ、 それがあって、自分がこうしてつまらない話を考えていられると言う事は。問題は起こっていないのだ。 単純に、自分の営業成績がそれほど芳しくないだけの事だ。しかし、どうやれば20万円の利益を、 得る事が出来るのか。社長や先輩方には違う世界が有るのだろう、多分そうだ。 ふと電車の中を見回す。一様に、或いは。自分と同じような顔に見えた。漠然とした不安の様な、 違う様な。そう言えば、何年か前だ。電車が線路を脱線してビルに突っ込んだ事故が有った。ここは、 その線路ではない。ただ、自分が乗った電車は。果たしてどこへ向かっているのか? 窓の外を、昨日と殆ど変らない景色が流れていた。そこに、自分の顔が映っていた。 3. 電車は、やがて、目的の駅に付いた。多くの人々がそこで降りる。自分も流れに流される様に、 電車から押し出される。混雑する駅の改札に並びつつ、定期を取り出して。雑踏は同じ向きに、 進んでいる。やがて駅ビルを出ると、人々はやがてちりじりに、街の中へと消えていく。 横断歩道の前で、信号を待つ。行き交う車、立ち並ぶビル。問題は起こっていない。単純に、 自分の営業成績は振るわず、会社は年商50億円で、月の手取りが20万円なだけだ。僕は。 信号が、青に変わる。スイッチが入った様に、僕は歩き始めた。 スイッチが入った様に、歩いている。スイッチだ、それで、僕は動いている。目詰まりを起こした、 何かのロジックは今は。特に何も言わなかった。だから僕は、ただ前に歩き続けた・・・なんだ、これ? 次、「USBメモリはサイコロの数値」 ある冬の晴れた暖かい午後、老夫婦が縁側でお茶を飲んでいた。 「今年もそろそろ終わるな」 「そうですね」 庭には可愛らしい雀たちが羽を振るわせじゃれあっている。何処か近くで遊んでいるのだろうか、子供たちのきゃっきゃという声が聞こえてくる。 「来年はどうなるだろうな」 「そうですね、増えるといいですね」 「減るかもしれない」 「そうですね」 雲がいい塩梅に日差しを柔らかくしている。猫がてくてく表れて雀たちが飛びたった。 「どうしてこうなんだろうな、まるで失うために得るみたいだ」 「でも、ずっと減らない人もいるみたいですよ」 「そんなのはごく稀だ」 猫は庭の真ん中でちょこんと座り、毛づくろいをはじめた。 「最近こう思うようになったんです。例えば……」 老婆はちょうど通りを横切った子供たちを見て言った。 「あの子達は私たちの孫かもしれない」 「そうじゃないかもしれない」 「そうですね、でも私たちが何かをすれば私たちに残らなくてもそこには確かに何かが残る。そうやって紡がれると思うんです」 「うん」 「それに……」 老婆はそっと手を伸ばし、老爺の手に触れた。 「あなたの事を忘れなければそれでいい」 「……俺もだ」 日差しは暖かったが、お茶は既にだいぶ冷たくなっていた。老爺は入れ直してくれと言いかけたがやめ、そのまま冷たいお茶を飲み干した。 次題 「月がいっぱい」 その扉の向こうには、月の世界が広がっている。 月の世界、そこは地球とは異なる環境だ。地球の月は重力が1/6だが、”月” への扉は幾つかあって。ともかく解っている事は。そこは地球とは違う環境だと 言う事だ。独自のルールがあって、独自の生態系とかがあって。美的感覚も微妙 に違う。とある月には猫しか居なかった。誰かがそこに犬を持ち込んでみたが。 やっぱり、犬も居心地が悪くなって吠えてばかりいて、連れ戻してもらったらし い。 月は、いっぱいある。月への扉が見つかったのは最近の事だ。訳知り顔で「ず っと昔からあるよ」そんな事を言う奴もいるが。月への扉は最近見つかったモノ だ。それまで夢だった事が、現実だと解った。知らずに迷い込み、地球から消え た人々が見つかったりもした。喜んで帰ってきた者もいれば、そのままその月の 世界で暮らしている人も居る。 月の世界は、現実と大差ない。ただ今でも、”そこ”がどこなのか、解ってい ない。調査が続いているが、芳しい成果は出ていないらしい。地球の月の表面は、 相変わらず殺風景なクレーターが広がり大気も無いが。地球の月の世界は、綺麗 なウサギ達が暮らしていて、おとぎ話の何かの様に、緑広がる奇妙に牧歌的な世 界だ。 猫の居る月に送られた犬は、それ以来すっかり、猫が嫌いになった、らしい。 次、「抽象論と謎かけは水割りの値段と等しい」 なあ妹よ。 ここに一杯の強い蒸留酒があるとする。 このまま飲むのも当然ありなわけだが これを水で割ると、飲みやすくなり量も増えるわけだ。 人生も同じことがいえないか。 強い奴はいい。辛い現実もそのまま飲み込めるだろう。 俺は弱い。だからこうして時間をかけて少しずつ受け入れる。 そして全て受け入れて初めて人間は次へ進めるんだ。 それでいいと思わないか。ん? だったら俺のは割りすぎだって? これじゃあただの水だって? わかってないな。 ワインに汚水を一滴入れるだけで全部汚水になるんだぜ。 酒が一滴でも入っていればそれはもう立派な・・・ 何だどうした妹よおいこら待てって。 次は「着地点は猫の額」で 「着地点は猫の額」 今はもう、いつ戦争が始まって、俺がこんな状態になっちまったかさえ覚えてない。 解ってる事は。自分は今は核兵器を抱えてた爆撃機に乗って発進し今は抱えたそれは、 載ってない事だけだ。何度目の、こいつに”載って”の爆撃かもう忘れた。それでも、 数十回でしかない筈だ。今の自分はもう。1、2、たくさんとか?計算してたらしい、 そんな原始人と大差ない。体がスティックを操る度に、それでも聞こえる駆動音が、 なんだか眠気を覚ましてくれる。乗っているんじゃない、俺は、”載っている”のだ。 戦争が始まって直ぐ、世界は核兵器の打ち合いになった。良くも悪くもだ。幾つか、 双方だ、敵に命中して壊滅的な被害を出したが。殆どは途中で撃ち落とされた。原爆、 その重さや精度へそれまでに十二分な防衛網が構築されていた両国はやがて全面的な、 物理的衝突へと発展。自分も最初は歩兵だった。気づいた時には被弾し四散していた。 自分は運が良かったのかどうなのか。体の半分以上を吹き飛ばされても生きていて。 国はそんな俺へ、わざわざ機械の体を与えて蘇生させた。蘇生に対して条件は出てた。 戦闘機へのパイロットに転職しろと言われた、二つ返事だ。だから俺は、今日も空を、 この”体”と共に飛んでいる。良くも悪くもだ、放射能に汚染された水を飲む必要は、 今はない・・・もっとも、”補給”されるそれが汚染されてないとは。思ってないが。 既に、地表の生命の8割近くは滅んでしまったらしい。高濃度の放射能汚染だ。 死の雨なんか日常茶飯事で、多分、人間と言える存在ももう居ない。殆どが俺の様な、 半分機械で出来た体で暮らしている・・・自分は特にひどい有様だ。人型の体は、 この戦争が終わってからで無ければ貰えないと来た。放射能にまみれた世界の空を、 今日も任務をこなし帰っていく。雨あられと飛んでくるミサイルや敵機をかわすのは、 まだ楽しい。猫の額ほどのターゲットにブチ込んでやった時は。スカッとする。 今、眼下に見えるのは空母だ。それでも、幾つか被弾した機体で正確に降りるには。 流石に不具合が出てる。着艦にこんな緊張するのは久しぶりだ。ゲームの難易度がずい分、 上がっている。空母の滑走路が見える、博打をするには狭すぎる。危険だ。 ふと思った。目の前に麻雀の牌。安牌は無い。降りたくても今はもう自殺も出来ない。 猫の額と、空疎な期待と。結果が同じなら…どっちがマシだろう? 次、「桜は猫を見ている」 公園の隅からか細い声が聴こえてきます。 ミャアミャアと鳴くその声は幼い仔猫のものでした。 まだ肌寒い清明の夜にかような仔猫の居よう筈もなく、 大きさからして時期をずらした人工繁殖の仔猫だと思われます。 ならばこの子は捨て猫でしょう。 日本の猫は全てイエネコという種であるそうで、野生になど完全には対応できよう筈が無いそうで、 ましてやまだ自力では生きられそうにない幼い仔猫が、この寒空の下生き延びるのにはどれ程の奇跡が必要なのでしょう。 桜は泣きました。ホトホトと花びらを散らし。 ああ。なぜ今なのかと。 せめて仔猫の来るのがあと数日早かったらと、 私達の散り行くのが後数日遅かったらと。 薄く色付くピンクはもうすでにあらかた地面へと撒かれていて、 さながら白い絨毯のように仔猫の足下を埋め尽くしていました。 鳴き疲れたのか冷えてきたのかうずくまってしまった仔猫へと、桜は優しく残り少ない花びらをかけてやります。 この淡い赤が少しでも熱を伴って、仔猫を暖めてくれれば良いのにと願いながら。 次は「薫風と菫の動物園」 薫風と菫の動物園 薫風は、今日も、動物園に出向いた。 そこは普通のそれとはちょっと違う。みんな、少女の姿をしている。 薫風には、良く行く檻がある。そこには”菫”と言う名のキリンがいて。 薫風は金を持って居るので。その檻の中に入る事が出来る。楽しいひと時だ。 その夜も、薫風は菫と楽しく遊んで、そして二人で、眠りについた。 次の朝、薫風が首筋の痛みで目を覚ますと。隣で寝ていたはずの菫は姿を消していた。 気付くと、首に奇妙な”首輪”がされていた。ワイヤーが少し食い込んでいて、 首の後ろには箱状のモノがあり、激痛はそこから発せられていた・・・刺さっている。 動物園は、もぬけの空・・・だ。そして薫風は檻の中に居た。檻には鍵が掛かっている? ともかく、檻を破る事が出来ない。そのまま狼狽えつつ、気づく。ワイヤーが少しずつ締まってくる。 様々な事が頭をよぎる。後ろの”それ”が、爆弾だったら?自分だったらどうするだろう? 切ったとたんに爆発する様にする。もちろん止められない様に、万全の対策はするはずだ。 これは、気まずい状況だ。薫風は悩んだ、とにかく首輪を、直ぐに、外さねば、ならない。 何故、こんな事になったのか。とにかく、首輪を外す方法はある筈だ。 次、「カーテンの向こうに戦闘機」 某所、窓のない部屋で。 彼は一点を見つめている。 僕にカーテンをめくる度胸はない。 かと言ってそのまま引き下がれる程日常が満たされている訳でも無かった。 幾度も布に手をつけては首を振って距離を置く。 たった数ミリの境ではないか。 勢いよくはぎ取ってしまえればいいのだが、そうもいかない。 いっそこの場所から離れられたらいいのにと思う。 それかひと思いに舌を噛みきって自害でもしようか。 気にするから気になるのだ。 気にしなければいい。 そう思い、カーテンに背を向けた。 カーテンの向こうは戦闘機だった。 バカげた話だが本当のことだ。 数ミリ先を覗く事すら出来なかった彼の負けとなり、醜いまでの銃口は彼の頭を覗いている。 某所、窓のない部屋で。 とある実刑だった。 カーテンの向こうには戦闘機が置かれている。 ●●●● 次は「青いボレロとジンジャーエール」。 「パパ、あの人の肩のとこについてるマークは何?」 小学生の娘が尋ねた。私はちょっとびっくりしたが、すぐに納得する。 ああ、いまの子供はあれを知らないんだなあ。 「あれはね、北海道。昔はああいう形の島だったんだ」 「ふーん。リクチかぁ」娘はそれ以上は訊かない。興味がないのだ。 夏の甲子園は大入り満員だ。アルプススタンドには人がひしめき、 板張りのフィールドで繰り広げられる熱戦を楽しんでいる。 ピッチャーの裸足が高く上がる。と、セーラー服の上に羽織った青いボレロがはためき、 白球がバッターボックスに投げ込まれた。空振り。ツースリー。 あと1球しのげば延長戦だ。ピッチャーがふたたび振りかぶって、渾身の球を キャッチャーミットへと投げ込もうとする。そして、快音――。 わあっ。客席がざわめき、眼下の選手たちが訓練された動きで位置を変える。 ボレロの肩に鶴の刺繍をした群馬丸のバッターが、白線に沿ってダッシュした。 どーん。外野に落ちたボールがバウンドすると、マホガニーの床が太鼓のような音をたてた。 「3塁ー!」誰かが叫ぶ。が、ボールを掴んだライトが送球動作に入ったとき、スタジアムの底で 兵庫丸の竜骨がうねりに乗り上げた。甲板が揺れ、球がすっぽ抜けた。 ランナーが回る。裸足の指で板を掴んで、ハーフサイズのダイヤモンドを回ってゆく。 サードが悪送球を拾う頃には、バッターは本塁に向かって滑り込んでいた。 サイレンの音。涙を流す北海道丸のナインと、笑顔の群馬丸ナインが列を作り、 ありがとうございましたと叫び声をあげた。 「北海道、負けちゃったね」娘が言う。「うん。残念」そう答えてみた。だが、実のところ、 あまり感慨はなかった。私は北海道出身だが、あくまでリクチの出身であって、日本沈没後に 編成された47艦隊に属する『北海道丸』の乗組員ではないからだ。 「次の試合、岐阜と秋田だって。どっちも小船ね」パンフレットを読む娘に相槌を打ち、 私は売り子に手を振った。「お姉さん、ジンジャエール、2本!」 ――2033年夏の甲子園大会。世界は滅びたみたいだが、スタジアムが切り取る深い深い青空は、 子供の頃見たそれとなんら変わることがない。 ああ空よ、そのままでいてくれ! せめて、この子が大人になるまでは……! 次「黙れ大仏!」 「黙れ大仏!」 昨夜のそれは、夢だ。 昨日の夜、窓の外では怪物と、”大仏が”戦っていた。 怪物は”自分が描いたモノ”で、それを大仏が、街中で派手にねじ伏せていた。 朝起きた時、外は何事も無かったが、アメリカの方では、爆発事故があったらしい。 外を見る。窓から良く見えるところに、巨大な大仏がある、ここからは小さく見える。 自分はアメリカ人だ。日本よりはアメリカの方が好きだ。何故か日本に暮らしてる。 自分の描く物はネットでは相応の評価を受ける、ツイッターやFacebookの評価も良い。 しかし何故か、日本のメディアでは、今の所はウケた売れた採用された事は…無い。 大概、いつもの様に、だ。笑みが浮かぶような傑作が出来た夜は、あんな夢を見る。 日本の街を蹂躙する巨大な怪物、それは、自分の描いた物だと解る。 それはパワフルに光線やら火炎やらを吐きつつ街を蹂躙するのだが。 そんな事をしているうちに、大仏が現れて、倒してしまう。 夢を見た後、大概はアメリカの方で何か事件がある。そして作品は、売れない。 遠目に見えるあの大仏は、コンクリート製の、なんというか安っぽい奴、だ。 しかしそれに、自分の作品はことごとく破壊されてしまう訳だ。仏像光線!とか、 聞こえた時は。うっかり起きてから、目覚まし時計を投げ壊してしまった。 結局あの仏像に勝てない限り。自分の作品が日本で受け入れられる事は無いのだろう。 負ける度に、本国の方では被害が出る。関連性とか、夢での立場とか、自分の罪とか、 いろいろ考えはするが。自分はアメリカが好きだ、日本はそれほどでもない。だから。 何となく、TVを付ける。あの仏像が映っていた。桜祭りの会場から見えるらしく、 それには集客効果もあるらしい?にぎわう人々の向こうで、それがTVを通して、 自分を見下ろしている。相変わらず何か言いたそうだ。ただ、黙れとは、言いたい。 次「線と千弘のニャルラトホピー」 千弘(せん ひろし)は木材輸入会社の課長であった。空を夢見る少年だった弘は パイロットになりたいという夢を諦め、南洋航路の商船にパーサーとして乗り組み、 海上の一線を往復すること10年。結婚し陸に上がり、気づけば定年間際の59歳。 人生も終盤に差し掛かっていた。 娘2人に気の優しい妻、横須賀に戸建ての一軒家を持ち、悪い人生ではなかったと 思いたい。思いたい、が……。 ある日曜の朝、2階のバルコニーから横須賀の港とよく見知った青い海、波の上を 飛ぶ鴎たちを見て、寂寥の風が心の奥を吹きぬけるのを感じたのだ。 と、視界の端、浦賀水道の上空を、一片の白い影が舞っているのに気がついた。 鳥か。いや大きい。飛行機か。いや小さい。部屋に戻って双眼鏡を取ってくると、 弘は日差しにきらめく一対の翼をレンズにとらえた。それは動力のないグライダーだった。 A r t h o b b y。胴体の脇には、メーカーのものだろうか、洒落たセリフ体の文字が描かれている。 弘の心の目に、その姿は強くくっきりと焼き付けられた。 その日の午後、横浜の書店でアートホビーというポーランドのグライダーメーカーを知り、 またそれが自分に手の出ないものであることも知った弘は、家へ帰り、会社から持ち帰った 端材を使って、小さな模型を作ることを思い立った。 きっとあのグライダーも木でできているのだろう。弘の人生と翼の共通点は、そこにしかなかった。 ポーランドには多分南洋桜はない。赤く柔らかい材は木彫りには適しているが、 飛行機を作るにはあまり向かないだろう。しかし完成してみると、柔らかい木目が ちょうど板の合わせ目にみえて、なかなかのできばえに思えた。 弘はその模型を会社のキャビネットの上に飾った。 「課長、いいですねそれ。ニヤトーですか」部下によく訊かれる。ニヤトーとは南洋桜の英名だ。 弘はよく夢想する。会社の壁に掛けられた太平洋の海図の、横須賀とニューギニアを結ぶ 赤い線の上を、この小さなニヤトーのアートホビーが飛んでゆくさまを。 その線は彼の人生のすべてだった。 - a small story of Nyatoh Arthobby, The History of Nanyo Wooden Trading co. (1987)より。 次『昼は狼、夜は羊』 「食べていくためには仕方が無い」 これが、これだけが俺達のルールであり信条であり身上でありなによりの心情だった。 ボロボロのフェンスを境に貧富分かれた街の貧の方、所謂「貧民街」と言われる所。俺達のテリトリーだ。 俺達は貧民街の中でも特に貧しい身の上だ、何せ皆親無し家無しの捨て子だからだ。勿論金も無い。 そして御他聞漏れずロクな仕事も無いもんだから、フェンスを越えてはスリにかっぱらいと人様に迷惑かける鼻摘み者。悪いのは分かってるさ。 そんなんだから手を差し伸べてくれる大人なんか居ないし、助けが無いのだから生きるために悪いことをする。悪循環、っはは。 フェンスの向こうからは全面的に嫌われるし、こっちでも関わると一緒くたにされて睨まれかねないから関わる奴は少ない。 全部理解してるしそれに不満たれることも無い、生きるのに精一杯必死なんだ。収穫の愚痴は言うけどね。 俺達は夜明けとともに狩りに出る、朝に開店準備中で慌しくしてる店から気付かれないように幾つかの品を。 昼になって人が多くなったらグループで逃走経路を確保しながらスリを。財布は返してやるけどね。 夕方には皆で収穫を集めてそれから飯を喰らう。 俺達はいつでも飢えているんだ。 夜になれば廃墟で皆一塊に集まって眠る。 この廃墟は屋根つきで壁もそんなに崩れていない良い所だ。 何せ元々住んでた同じ浮浪者のおっさんを追い出して奪ってやったもんだからな。 最初はお願いしたんだぜ? だけどおっさんは俺達の仲間の女の子を要求してきやがったから殴った、そしたらすぐに逃げた。殺すつもりだったんだがな。 体も成長してないし何よりろくに食ってないからガリガリなんだ、その女の子は。 そういうのはもうちょっと成長して本人が了承してからじゃないと駄目だ。 生きるのに必死なんだ、無闇に死なせたくはない。 皆で固まって眠っていると月に一度は誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。 不安で、不安で、不安。お腹も空いてる。 行き先なんて見えなくて、生き先なんて見えなくて。 行く当てもないし、生く当てもない。 誰かが救ってくれるのを夢見る。きっと救いの無い明日が待ってる。 鳴いて震えて、それでも明日は吠えるんだ。 次は「コンドロイチンと夢見錠」 瓶に残ったコンドロイチンを全部飲む。 徐々に身体が温かくなり、シャボン玉が弾けるような綺麗な光の破裂が視界の色んなところで始まる。全てのものから棘がなくなり、全ての他人が愛の手を差し伸べる。 僕はドアをカーテンのように開き外に出る。外は晴れだった。 階段の手すりを滑り降り、スキップよりも軽やかなステップで表にでた。 電柱のアーチ、空き缶の拍手。野良犬や野良猫、隣人の愛。誰とでもダンスを踊れる。愛している。愛されている。 幸福だ、全てのものが僕を幸せにする粒子を発するものになったのか僕の全身が感度の良すぎる受容体になったのか、あるいはその両方か? このまま永遠との節目が無くなっていくのかと思ったその矢先、突然大雨が降り出した。だが問題ない、むしろ好都合だ。雨は人との距離を縮めるから。 近くの軒先に駆け込むとやはり同じタイミングで女性が駆け込んできた。僕は空をうかがいながら声をかけた。 「酷い雨ですね」 「ええ……」 「散歩の途中だったかな?」 「……ええ」 彼女の反応はこの世界にそぐわない歯切れの悪さだった。僕の頭の隅で何かがカサカサ蠢いたが無視して僕は続けた。 「しばらくしたら止むで……」 「コンドロイチンを飲みましたか?」 「え?」 「コンドロイチンを飲んだのかと聞いているんです」 女からは温もりがなかった。口からレシートのように淡々と言葉を吐き出す。磨りガラスが迫ってくるような感覚。 「君は一体何を言って……」 「コンボロイチンを飲んだのではないですか?」 「え?」 「あなたが飲んだのはコンボロイチンの方ではないですか?」 「そんな、まさか……」 コンボロイチンはコンドロイチンに非常によく似ているが劇薬だ。「夢見錠」とも言われている。しかし、そんなまさか。 「いや、僕は」 「間違えないで下さい、今度は間違えないで……」 目を開くとそこは僕の部屋だった。外は雨でとても暗かった。右手に握った瓶を見るとそれはただの睡眠薬だった。そして僕は左手に握った彼女の細くなった手を胸に抱きしめた。 次のお題「イパネマのドラ息子」 自分は今は、イパネマの海岸でサーファーショップを経営?してる。 親は近くにデカいホテルを持ってる、リオデジャネイロでデカい銀行の頭取でもあり、 やり手だ。とは言うが一応、店の資金は自前で出した。そのくらいは。金を持ってた。 イパネマの波は今も穏やかで、ウチも、サーフショップと言うより殆ど貸ボート屋だ。 にもかかわらず経営は順調。唯一の懸念としてはサーフボードが売れない事くらいで。 毎日起きて、定時まで店に座り、客の要求に応じてボートを出し、軽いモノを売る。 店を閉めたら趣味の時間だ。店の裏に置いてある自分のボードで、海へと漕ぎ出す。 大波は、無い。天気の悪い日じゃ無ければ小波も無い。夕暮れに成れば陽も赤く、 居るのはまあ。夕日に何かのロマンを求める若いカップル位だ。そういう連中には。 自分のボードなど、自分も含めて見えていないだろう。ジョーズでも来ない限り、 ここには何の問題も無い。水をかいて沖の方へ向かう。波が自分を揺らし始める。 ふと波に揺られつつボードの上で仰向けになる。夕日は照らし、空は夕焼けに染まる。 ここには、何の問題もないのだ。この空の果てから何かが襲来するとしても、 その何かは見えない。突き抜ける夕闇に、やがては星空もきらめいてくる。 今はただ、浮かんでいるだけだ。ただ、それだけの時間。それが過ぎて行く。 サーフボードと共に引き上げつつ、ふと海の方へと視線を向ける。 ”ここ”は楽園だ。ただ多分、若い奴が居る場所じゃない。 自分は何故ここに居るのか?それは今は、考えたくない事だ。 いろいろ、あった。自分は今は、楽園に居る。 次「空に浮かぶ空」 「おいおい、何だアリャ?」 兄貴が呆れたような声をあげた。 白いおんぼろセスナが悲鳴にも似たエンジン音を上げ、私の横をかすめて行く。 「えらい急角度だな」 青い空にゴール地点でもあるかのように急上昇してゆくセスナの垂直尾翼を見上 げながら私は言った。 「度胸試しってやつか?人間ってのは寿命を縮めるのが好きな輩もいるからな」 そう言うと兄貴は笑いながら体を錐もみ上に回転させ、豆粒のような島々が見える 眼下へ矢の様に落下していった。 私は白いセスナに目を戻した。 いくらなんでも急上昇しすぎだった。 私は体を前かがみに収縮させ、いっきに伸ばし、浮上した。 セスナの真上にあっという間に並ぶ。 コックピットに顔を近づけると顔を紅潮させた初老の男が操縦していた。 後ろの席には、死相をうかべた少年がぼんやりと座っている。 セスナが上昇を止め、今度は打って変わり、急降下を始めた。 ラダーや翼がたわみ、軋んでゆく。 ぴったりと機体に張り付き、窓からキャビンを私は覗き込んだ。 ガラスを挟んで数十センチの位置にいる少年に私の姿が見えるなら今頃 悲鳴を上げていることだろう。 少年の体がふわりとキャビンに浮かび上がった。 うつろな表情が力ない笑顔に変わり、弱々しく両手をまわす少年。 これか。 初老の男の意図がわかった私はセスナから離れた。 翼には大きく「空」というマークが描かれていたが何かの意味なのだろう。 セスナは再び上昇することなく海に落ちるのが見えた。 私は再び空のかなたへと飛んだ。 次「イカした車は東へと向かう」 「イカした車は東へと向かう」 街で買い物をして。その紙袋を抱える私の隣に、一台の奇妙な車?が止まった。 ”そいつ”は、私に車を見せつつ言う。やたら車体からごちゃごちゃと突起が出て、やかましい。 「ヘイ彼女、面白いレースが有るんだが一緒にイカないかい?このイカした車と一緒にさ?」 レース場までイカす音楽を聴きながらのドライブはサイコーにイカしてるぜ?とまで、言う。 レースの事は知っていた、正直、イカれた連中のイカれたレースだ。排気量に上限なし、 4輪で有ればジェットエンジンだろうが亜空間ドライブだろうが。何を積もうとかまわない。 バカバカしいくらいにチューンした車で、生死不問で走る。荒っぽいじゃすまないレース?だ。 もちろん相応金は出る。それで生活するプロも居ると言う話だ。目の前のこいつは違うだろうが。 毎年、そこで何人も死人が出ると言う。目の前のこいつはそれを知っているのかどうか。 「貴方、勝てる自信があるの?」 「もちろんだよ?見ればわかんだろ?この車に勝てる奴は、居ないね」 私はため息をついた。そういう事なら。答えは一つだ。 「遠慮しとくわ、まだ命が惜しいから」 「・・・そりゃ、残念だ」 それで、一瞬顔を歪ませた後、そいつは苦笑しながら。 バカみたいな排気音を立てながら、走り去って行った。 また、溜息をついた。苦笑も混じる。そういう奴も居ないと、盛り上がらない。 進路は東、私は今は、巨大な橋を渡っている。この橋を渡る奴は、その目的は一つだ。 そこに有るのはイカれたレース。現実と空想の狭間を隔てる先に、見えるモノ。 ゲートをくぐればもう、世界は変わる。その時から始まるサバイバルなスリル。 さっきの男と、ゴールで会えるかどうか。それは、賭けてはみようか。 次「恐竜の住む鳥かご」 「ばりばりむしゃむしゃごっくんにならないようにな」 両手を咀嚼する口のように動かし、頬を紅潮させエミリオは笑った。 絶えず激しい振動を繰り返す機内は、吐く息が白い寒さだった。 対面して座る隊員は総勢18名、プテラノドンやらスピノサウルスやらを倒した 猛者連中だ。 「間もなく着陸地点に到着、各自備えよ」 隊長の振り下ろすナタのような声に隊員達は背筋を伸ばし、膝の上に両手を組んだ。 アメリカ中西部に突如現れた白亜紀の世界。 そう、それは失われた世界。 当初一キロほどだったその世界を、巨大な壁や鉄格子で囲った。通称“恐竜の住む鳥かご”である。 しかしそれは徐々に拡大していった。 そして今や北アメリカ大陸一帯が失われた世界に塗りつぶされた。 「次元の狭間」と研究者は分析し、根源となったアメリカ中西部の洞窟の地下深くにそれはあると 特定された。 我々はこれからそこに赴き、専用に開発された携帯型原子爆弾を打ち込むに行くのだ。 人間をちょこまか動く肉片にしか見えてない恐竜どもを数十匹は粉々にできる武器は持っている。 後は任務を遂行するだけだ。 ああ、しかし外から響いてくる遠雷のような唸り声の数々。 着陸地点に近づくにつれ聞こえてくる獰猛な雄叫び。 どんなに騒いでも無慈悲に生きたまま食い殺される餌にはなりたくないという恐怖がこみ上げてくる。 神よ、どうかご加護を… 次「荒廃した世界のベースボール」 「荒廃した世界のベースボール」 今から数百年も前の話だと言う。その穴から、巨大な怪物らが現れて、人々の生活圏を脅かした。 人類は当初、彼らを恐竜の様な存在だとしか、思っていなかった。重火器やヘリ、戦闘機、ミサイル、 数多存在する兵器を駆使して殲滅出来る存在だと、そう考えていたが。「大崩壊」と今は呼ぶ、 大規模な掃討作戦の結果。恐竜達は違うモノへと変化していた、口から炎?を吐き、空を飛び、 異様な触手を伸ばし、人間を狙い、食い始める。防壁は恐竜達の火力に全く意味を成さず、 核兵器は奇妙なバリアー?に防がれ、逆にそれを糧にでもしているのか・・・、より、増殖を始めた。 近代兵器が意味を失って、なのに、それでも人類は何故か・・・滅びはしなかった。 ふと目の前を、バットとグローブを持った少年らが、走っていった。 今は、「ハンター」と言う人々が、人類の生活圏を守る”仕事”をしている。最早「怪獣」だ、元は、 子供らのあこがれでも有った恐竜が”変質”したそれは。何故か人類が手にする刀剣などの武器、 そういうモノなら倒す事が、出来た。怪獣共は、人類の文明を食い尽くそうとしていて、それは今も、 彼らの主な行動原理ではある様で。だから”ここ”は、その近代文明を捨てた村は、それでも奇妙に、 牧歌的な日常が続いている。 村の外に出れば、そこは怪獣共の暮らす荒れ果てた荒野だ。村から村へ移動するにも命がけ、 そんな世界で今日も、子供達は広場でベースボールを続けている。この新しい時代に生まれた、 彼らはこの世界を狂っているとは思わない、らしい。子供らは、真剣に、球を追い掛け、投げる。 それは奇妙な真剣さ、だ。この村は平和だ。怪獣共が襲ってくる事が何故か、無い。 ただ自分の目からすると、子供らの野球への真剣さは、少し度が過ぎている気は…する。 彼らには、自分には見えない何かが見えていて、”解っていて”、或いは戦っているのか? 何故かふと、そんな事を思った。 次「山の上に卵」 右も左もわからぬような暗闇の中、私の意識は覚醒した。 ただただ狭苦しく硬い壁に囲まれて私はぷかぷかと浮いていた。 記憶という記憶は持ち合わせていなかったが、どうにも窮屈さを感じどうにかここから出たいという衝動が芽生えた。 内側から割って出ようとはしてみるものの、叩こうが蹴ったくろうが強固な壁はビクともしない。声を出そうにも 水の中で漂う私の喉は上手いこと動いてくれない。 どうしようもないので途方に暮れることにしたが、途方もない時間にもはや暮らす方もなくなり、 なんとかならぬものかと激しく動き喚いてみた。 ゴトリ。 初めて聞いた壁の外の音に、私の胸はビクンと跳ねた。 何かが倒れたようなその音と同時に世界が傾くのを感じ、この壁が球形なのだと確信した。 きっと、この外殻が転げ回らないよう支えていたつっかえのようなものが倒れたのだろう。ならばしめたものとばかりに、 私は更に激しく動き自らを転がそうとする。 だんだんと速さを増し回転する外側の勢いを感じ、この調子と動きまわっていると、一瞬上に押し付けられるような圧迫感を受けた。 回転は止まってはいないが、先ほどまでと明らかに違う感覚。 浮遊感のある液体の中で更にふわふわとした違和感を感じる。 一体これは何なのだろうか、この外殻はどうなっているのだろうか。 びりびりと焦っていたその時。 バリン。 大きな音と衝撃、それと共に、暴力的な光が目を焼いた。 全身の痛みと肺を満たしている液体によって呼吸ができない苦しみに身をよじらせる。 強烈な寒さの中、どうにか現状を把握したくて、げえげえと嘔吐するのも構わず顔を上げた。 視界は朧だが、棒状に高く伸びた鉄製の建築物を見つけ、どうやら先ほどまで自分がそこにいたであろうことが推測できる。 周りを見渡すと同じような建築物があり、そのてっぺんに卵型の物体がある。 これはどういうことなのだと狼狽えていると、私を覆っていた、今は割れてしまっている殻にモニターがあるのを発見した。 モニターの下にボタンが付いており、一瞬躊躇ったが、それを押してみた。 するとアルファベットのロゴと胡散臭い男が映し出され、男は顔を笑みで歪ませながら喋り出した。 「わが社の冷凍保存サービスを御利用いただきありがとうございます! 少々手荒い方法での御起床となられたと思いますが、これも我が社のハイテクノロジーさ故であり、 計算しつくされた落下高度による衝撃によりあなたの脳は完全に覚醒されたかと思われます! さて、この度の冷凍保存サービス、延命技術の発展を待つことができないという欲張りなあなた様の為でしたが、 そちらの時代ではお望みになられていた不老不死は実現しておりますでしょうか? 我が社の社員一同、お客様の御要望が叶われておりますことを心よりお祈りしております! それでは、5万年後の世界で素晴らしい生活をお送り下さいませ!」 映像は義務的に途切れ、モニターにはそれ以降なにも映し出されなかった。 今しがた見ていたものを頭の中で繰り返し、やっと思い出した。 科学の力に背中を押された人間の驕りは、不老不死の完成と5万年もの繁栄という幻想を 実現可能な未来の話として自分自身に信じ込ませていたのだ。 私もそんな愚か者どもの一人であり、夢と妄想に固執して冷凍保存などという手段を取ってまで自身の欲求を叶えようとした。 その結果は、まだ光を受け入れられない私の眼でも容易に判断できる。 小高い山の上から見たものは、うるさく突き刺すような眩しさと対照的な、何もかも何一つ失われていた世界だった。 絶望や失望に滑稽さが混じり合い腐れた気分で満たされた頭を上へと向ける。 規則的に並んだ建築物の上で、いくつかの卵が蠢いている。 そのままでいた方がよっぽど幸せだろうに、あの卵どもは今にも孵化しようとしているのだ。 きっと止めた方が良いのだろう。強制睡眠の機能を使い安楽死させてやったほうがよっぽどに幸せだろう。 だが、最早私はそんなことをしようとも思わない。 既に生まれてしまった私には道連れが必要なのだ。 私は、己自身を落とし割ろうとしている卵を見つめ、遥か昔に読んだ動揺を思い出しながら呟いた。 「誰にも戻せない5万年後へ、ようこそ雛たちよ」 次「スマホスタンドにもたれかかる鉛筆」 「スマホスタンドにもたれかかる鉛筆」 目の前には、コピー用紙がある。 もちろん。・・・いやそれじゃ困るが、白紙だ。 締切の時間はまだ結構、ある。だから、焦る必要はそれほど無いのだが。 いつもの事だ。時代錯誤、だ。シャーペンでさえない。鉛筆と、コピー用紙。 「デザイナー」と言う仕事は、なかなか仕事と言う認識に成らない。肩身の狭さが切ない。 サブカルチャーの業界なら尚更か、コピー用紙に描いたラフスケッチで数億?とか、言うのだ。 実際、実は仕事?の大半は、健康維持に費やされる。ロボット玩具が何故大概人型をしているか、 それは自分の中では一つの答えは出ている。作中で敵と戦い逃げ回るそれは、”誰か”だ。 現場の扱いはひどいモノだ、カタログスペックを猛進しすぎる気はする、そもそもロボットであって、 消耗品でしかない。昔の歩兵の気持ちが解る。”上”の連中は、勝手な事しか言わない。 昔は、パイロットが頑張ってくれたが。今はスマホ片手に乗るような感じ。現場の苦労は絶えない。 もっとも、最近は。そういう感じでもなくなったか。昔みたいに一人が全部創るような事が無いからだ。 システムが整備され、かなり軽く?は成っている。昔はウルトラマンだが、今は本当にロボットの様だ。 とは言うが。そのロボットに載って戦っているのは自分だ・・・、そこは変わってない気は、する。 今回も。流石にスペースコロニーを一機で運ぶのは・・・、骨だ。何機いても同じ事かもしれないが。 今の所スマートフォンは、この局面では当てにならない。検索してる時間にやられそうだ。 結局、白紙のコピー用紙に鉛筆を走らせるのが一番、正解に近い。パワーも出る。 今回の作品では、主人公機は強力な槍一本で戦う。万能の槍を手に、世界を救うそうだ。 スマホを脇に置いたまま。ついでに買った、スマホスタンドに鉛筆を立て掛ける。 鉛筆は偉大だ。何度世界を救ったか解らない最強の兵器。まだ、ここに有る。 次「充電中はご注意ください」 『充電中はご注意下さい』 豊かな黒髪。少し腫れぼったい瞼。セーラー服の乙女は熟睡しているようだ。その額、その腕、その肩、全身に白いコードが繋がっており、何かを彼女に注ぎ込んでいる。 ドアを勢いよく開いて男性が飛び込んできた。 「ママア、ママ〜、起きてよママァ〜」 60代過ぎ位に見える男性はスーツの上着を投げるように脱ぎ捨て、乙女に覆い被さった。 「ママァ、まああいつだよ〜、あいつがまた俺を苛めたんだよ。俺より23も若いくせに、俺を無能扱いして、俺だって頑張ってるのに〜ママァ〜」 「何が報連相だよ、知らねーよママァ」 乙女の顔が苦しげに歪む。 『充電中はご注意下さい』続き 男性の脚がコードを踏んづけている。 「ママァ、俺がExcelの操作を失敗したら、あいつ鼻で笑いやがった、くやしいよママァ」 乙女は身をよじる。 男性は意にも介さず更にのしかかる。 「ママァ、あの女、ブスの癖に生意気なんだよお」 もう乙女は痙攣を始めた。 コードから注ぎ込まれる電気こそ乙女の命。充電切れはすなわち即死。 乙女は目をカッと見開くと男性の頭を力いっぱい殴り付けた。 乙女型アンドロイドは母にはなれない。母には二十四時間息子の面倒を見て欲しい、のならば充電切れがめったになくてどこまでも優しい昭和30年生まれカーチャン型アンドロイドか、戦前生まれ慈母型アンドロイドにしておけばよいものを。 セーラー服だの女子高生だの外部スペックにこだわりすぎたのが男性の間違いだった。 頭部に深刻な打撃を受けてひっくりかえる男性をよそに、乙女は再び眠りについた。 おわり。 『ブラックコーヒー』 ねっとりした感触と、ざらざらした苦味が舌にまとわりつく。 苦いものは苦手。だけど、大人の真似。こうやって、夜、公園のベンチで缶コーヒー。大人の真似。 「大人」って大きな力の押し付けには、もう飽き飽きだ。言うことをすぐに変えるし。私をどこかバカにしてるし。私を見下してるし。 ブラックコーヒーのように、脳に響く苦味、寒気。中2病?そうかもね。でもそれでいい。ちょっとカッコつけたこのスタンス。 「はぁ…」 汗ばんだ右手から、爪ののびた左手に缶を持ち変えた。 風が生ぬるく気持ちが悪い。 私は立ち上がる。明日はテストだ。 缶を置き砂の付いた制服スカートを払ったとき、見上げた木が大きかった。 私は、小さかった。 次は「りんごの風」でお願いします! 「青リンゴサワーください!」 僕の向かいの席で、彼女が注文する。それも、店に響き渡るような大きな声で。 「普通の女の子は、居酒屋なんて嫌がるのに君といったら。で、いつも青りんごサワーなんだね」 僕は苦笑する。 「なんでよ。青リンゴサワーおいしいじゃない。甘酸っぱい初恋の味だし」 「初恋が甘酸っぱいかは別として、僕のおごりの時はもう少しいい店でもいいんじゃない?」 「リンゴは私の故郷の味なの。いいじゃない」 頬を膨らませながら彼女は反論する。そんな彼女を僕はかわいいと思う。決して口にはしないけれど。 「青リンゴサワーお願いします」 僕は注文をする。目の前には僕の妻。 「あなた、居酒屋に来ると必ず青リンゴサワーなのね。子供っぽい」 妻はそんな僕をなじる。 「いいじゃない。好きなんだから」 『甘酸っぱい初恋の味がするし』とは妻には絶対に言えない。妻はやきもちやきなのだ。 僕の、すでに思い出になってしまった過去の恋人であっても、妻は許しはしないだろう。 学生時代の、初めての恋愛を密かに思い出しながら、僕はグラスに口をつける。 グラスの中で氷が転がる音がする。 傾けたグラスから風に乗って、微かに甘酸っぱいりんごの香りがした。 僕は少しだけ、過去のときめきを思い出す。 次のお題は、「梅雨空の雲の上には」でよろしく! バスは曇天の中を走る。 一番前の座席は空がよく見える。 今日は一日雨が降ったり止んだりを繰り返していた。 隣のアミは口を開けて寝ている。 車内は静かだ。 濡れた路面を走るタイヤの、ホワイトノイズに満ちている。 昨年の12月に花束を渡されプロポーズされたが 1月には話がこじれて破談になった。 仕事は結婚すればやめようと思っていた。 その気持ちが滲み出たのか職場でのお局からの当たりがきつくなり 今もまだきついままだ。 彼氏もなく職場にも居場所がないまま半年間さ迷っている。 伊勢神宮に行こうと友達のアミを誘ったのは 伊勢神宮にいくより「みちひらき」の猿田彦神社に 行く道を導いてもらいたかったからだ。 しがない事務員から転職するのか。資格をとるのか。 30女が結婚できるのか。 目を覚まさせたメールは母から。大雨警報が出たと心配する内容だった。 天照らす神の神社へ参った日が大雨警報とは幸先は良くないのかもしれない。 私は目を閉じた。 目を覚ますとバスは関を越え西へ向かっているところだった。 目の前には明るい夕日が雲の合間から見える。 なんて温かい橙色だろう。 一日中窓からグレーの空を見た人間には、暮れかける夕日ですら眩しい。 …雲の後ろにはきちんと天照らす太陽が上り、きちんと沈もうとしていた。 そうだ、梅雨空の雲の上には太陽がある。 今は太陽に向かってバスは走っている。 >>287 だけどすみません よく分からないお題だったので 七夕飾りに交じる靴下 で 「やめようよ、ゆうちゃん。先生に怒られるよぉ」 私が止めるのも聞かないでゆうちゃんは七夕飾りが散りばめられた 笹の葉に必死に真っ赤な靴下をくくりつけようとしている。 「いいんだよ、これでいいんだ。大体、ワケわかんないよ。日本ではベガやアルタイルが願い事をかなえてくれるのかい?」 ゆうちゃんの言う事は私には解らない。 私がよっぽど可笑しな顔をしてたのだろう。ゆうちゃんがぽつりぽつりと訳を話し始めた。 「……ママが言ってたんだ。日本のサンタさんは暑がりだって。だから、今頃きっとオーズィに居るのよ、って」 前にゆうちゃんが言っていた。オーズィっていうのはゆうちゃんのふるさと。オーストラリアの事だって。 「サンタさんは世界中から選ばれたとびきり優秀な神様のエージェントなんだって。 だから、世界中どこに居ても赤い靴下にお願い事を書いて入れておけば必ず叶えてくれるんだって」 「でも、今七月だよぉ?」 「ぼくもママに聞いたんだ。『なんでサンタさんは夏にしか来てくれないの?』ってさ」 やっとの事で笹の葉に括り付けた靴下を満足そうに見上げてゆうちゃんは話を続けた。 「サンタさんも本当は一年中働きたいけど、寒がりで冬はお仕事できないんだって。……でもさ」 靴下に手紙を詰め込む。がむしゃらに詰め込んだから、ぐしゃぐしゃになった手紙が靴下からはみ出している。 「日本のサンタさんなら冬でも大丈夫だよな。きっと今頃オーズィで休暇中だけどさ。赤い靴下に気が付いてすぐに飛んで来てくれるよ、っと」 台からおりたゆうちゃんは、パンパンと手を叩いて何かをほろった。 「きっとこの手紙をオーズィに居るおばあちゃんに届けてくれるんだ」 「でも、おーじーは冬でも日本は夏だよ? それにサンタさんは手紙を届けるんじゃなくてプレゼントを配るんだよ?」 「きっと、休暇中のオーズィのサンタさんからジェットスキーを借りて飛んでくるんだ。それに、サンタさん赤いだろう? ポストオフィスの車も真っ赤だ。だから手紙もきっと届けてくれるんだ」 ゆうちゃんのいう事はちっともわからない。だけども私は手紙が届けばいいと思ったから、短冊にこう書いた。 『ゆうちゃんの手紙が届きますように』 ゆうちゃんの手紙には何が書いてあるのだろう? 拙すぎて申し訳ない、頑張った! だれかバトンを頼む! 主旨を間違ったorz 次のお題は『レモンドロップ』 でいかがなものか! 透明ですこし酸っぱいレモンドロップ。 他の子はピンクや赤のかわいい色の甘いドロップを好んでいたけれど 私は地味なあのレモンドロップのたたずいが好きだった。 涙の形をしていてすこし小さい。舐めていると先が尖ってくる。 先をかじっちゃおうか。チクチクするのを避けながら味わうのに疲れて、飴を転がしながら考える。 ふと気を逸らすと無意識にがりがりかじってしまってすこし残念な気持ちになる。 ちゃんと考えようとしてたのに、と。 私の日々もレモンドロップだ、とふと思う。 地味で酸っぱい。 涙の形をしている。チクチクする。 吐き出すほど痛くなくとりあえず維持する。 気がつけば飲み込んでいる。 ちゃんと今考えると、私がレモンドロップが好きだったのはイチゴドロップよりは誠実な味がしたから。 人工香料と着色料がレモンドロップは少なかった。 甘いくせに嘘くさい味は嫌いだったから。 だから。 だから私の毎日もこれでいいかも。 酸っぱいけど誠実に生きてる。ちゃんと考えて生きてる、ね。 次のお題「ゾウリムシ柄」 これはいいものだ。俺は素直にそう思った。 俺の趣味であるフリーマーケットでの掘り出し物探し。その最中に、俺はそれに出会った。 素人の目には、ただのTシャツに見えるかもしれないそれ。しかし、俺にはわかる。 ペンキを適当にぶちまけたかのような乱雑な柄は、むしろそうなるように計算し尽くされたものに違いない。 そう、例えるならば『ゾウリムシ柄』。俺にはわかる。これをデザインした奴は天才だ。 だが、残念ながら目の前のおばさんはわかってないらしい。何故なら、この前衛的かつ芸術的なTシャツを百円で売ってるんだからな。 「おばさん、これ買うよ」 財布を取り出して俺は言う。こういうのは、物の価値がわかる人間が買うべきだ。そう、例えば俺のような。 「いいのかい? これは息子が絵の具で汚しちまったやつだよ? 最初は綺麗な白いシャツだったんだけどねぇ……」 これは駄目なものだ。俺は素直にそう思った。 次は「焼きそばパンに恋をする」で 「焼きそばパンに恋をする」 麺とは小麦粉に水を加えて練って、索状にしたものである。その麺にソースを絡めて、肉とキャベツを加えて鉄板の上で焼いたものが焼きそばである。一方でパンとは小麦粉にイースト菌の酵母を加えて発酵させたのちにオーブンで焼いたものである。 前者はお祭りの際に屋台で見られるのが典型的で、後者は一般的な西洋料理の際の主食として用いられる。 「パンの中に焼きそばを入れるのは、文化的に見て全くナンセンスなのよ!」 腹を空かせた彼女のために、わざわざコンビニまで行って僕が焼きそばパンを買ってきたのに、彼女はブツブツと文句を言った。 今日は幼馴染の女の子と一緒に釣りに来ている。彼女が怒っているのは、魚が全く釣れないからである。そう簡単に釣れるものじゃないよ、と繰り返し念押しはしておいたのだが、実際に一匹も釣れないとなると彼女がご機嫌斜めなのも無理はないと思う。 「ごめんね。今日は風が強いせいか、魚が掛かったときの振動がかき消されちゃってあんまり釣れないみたいだね」 魚が一匹も釣れないことを坊主というが、僕は坊主には慣れている。正直言えば、魚が釣れるかどうかはどうでも良いのだ。 ずっしりとした防波堤と同化し、ただひたすらにゆったりと上下する波を眺めて、無心になる。何も考えずただ潮風に身を任せる。僕は自然と一体となって一人の人間という枠組みから解放される。これが釣りの魅力だ。 ただ彼女にはその魅力を理解するには幼すぎたのかもしれない。むしろ僕が精神的に老けているのか。 ギラギラとした日光に照らされて僕の両腕は日焼けして、焼きそばの色になった。それと対照的に、日焼け止めをたっぷりと塗り込んだ彼女の肌は真っ白で、まるで白パンのようである。 「別にケンジが悪いって言ってるんじゃないのよ、せっかく私たちが餌をあげてるのに一匹も魚が釣れないのがなんか悔しいの」 彼女は少しがっかりしたような表情をしてそう言った。しばらく彼女は退屈そうに釣竿を持って座り込んでいたが、しだいにのんびりとすることに順応したのか、どこか楽しそうに微笑みながら焼きそばパンを頬張った。 次のお題は「儲からない銀行」 『儲からない銀行』 信じる者が儲かる、そういいたいのか。 金良行(きん・よしゆき)はため息を吐いた。肺の奥を洗うような、そんなため息。 簡単なギャンブルなのに。全然勝てやしない。 「金さん、どうします?」 良行の前に座る…確かタナカと言ったな、ハゲがにやついた。はげたでこのまえに、ハートのキングを掲げて。 このゲームは、言うなればただのインデアンポーカー。めくったトランプを自分で見ずに、相手にだけ見せる。自分は相手のカードを見て、のるかどうか決める。数字が大きかった方が勝ちだ。1ゲームに二万かけて、おりれば金は相手のもの。負ければさらに二万、相手に払う。 ごめんなさい挫折しました…。 次は、「アイドルヲタクは夢破れ」でお願いします。 星空を映した様な小さな光が点々と灯る東京の夜景。 そんな景色を窓越しに眺めながら、俺はスーツから部屋着に着替える。 ここは、マンション高層階のペントハウス。 キッチンから、妻が作る夕飯の匂いが漂っている。 音がないのも寂しいと思い、俺はテレビをつけた。 少女達の歌声が聞こえてくる。流行の音楽をランキング形式で紹介する歌番組が流れて来た。 一人ひとりの顔をアップで写していたその番組のカメラは、ふいに客席を映す。 同じハチマキを締め、揃いの格好をした男たち数人が、歌に合わせて踊っていた。 「そんな時期もありましたっけ」 俺は過去を思い出しながら呟く。 「しかし、そんな事をしていてもアイドルは振り向かないぞ。彼女らと結婚するのはたいがい青年実業家だ」 俺も数年前までは彼らと同じ、アイドルヲタクだった。 俺も彼らと同じように、応援さえしていれば彼女達から振り向いてもらえると勘違いをしていた。 けれども、俺が応援していたアイドルグループの一人が突然引退宣言をし、その後に青年実業家と結婚したと報道された時に俺の中で何かが変わった。 『お気に入りのアイドルを手に入れる為にはこんな事をしていてもダメだ。青年実業家になるしかない』 そうして俺は、それだけの為に努力して今の地位まで這い上がって来たのだ。 キッチンから妻のハミングが聞こえてくる。さすがは元アイドル、ハミングさえも可愛らしい。 「あなた、夕飯できたから、着替えたら来てね」 ダイニングから妻の声が聞こえてくる。着替えを終えた俺は、ダイニングへと向かう。 ドアを開けると、振り向き様に妻はにっこりと、俺に向かって微笑んだ。 彼女を一目見た俺は、ドアの側に立ったまま目蓋を閉じると、アイドル時代の彼女を思い浮かべた。 俺がどんな努力をしても手に入れたかった、瞳の大きな、純真そうな笑顔。 ノーメイクの彼女を見た今なら、はっきりと分かる。 彼女の美しさ、かわいらしさの8割は、カラーコンタクトとメイクで作られていたようだ。 次のお題は、「夏の扉の向こう側 俺とビッチの大冒険」でおねがいします! 夏だ!大冒険だ! 子供の頃から夏はわくわくするものだ。 飛び散る汗。照り付ける太陽。行き場のないエネルギー。 17歳になったとしてもそのエネルギーを享受する。 いや、成長した成果は自らのあふれだすエネルギーは制御不能。 この衝動は青い! 火の温度が高くなるにつれ青くなる、つまりそういうことなんだよ!! 何言ってんのかわかんないし超ウケるー、 と隣に座る俺の高校一のビッチ、ビッチオブビッチのサチがやる気なさげに答える。 いや、こうみえてサチは優しい。 すべての男を受け入れる度量がある。 たとえそれが無関心と表裏であったとしても、救われる男がいるのだ。 俺とか。そう俺とか。 お願いします!と、大冒険、もう少年の大冒険じゃないんだ大人の大冒険をしたいんだ、 僕らの冒険はこれからだ!的展開はやめて下さい!打ち切りはなしで! 訴えてみたらさすがはビッチオブビッチ、ビッチオブクイーンは やりたいんだ?と正確に理解してくれた。 お父さんお母さん、僕は今シーツの海のサチに飛び込みます! 夏の扉の向こう側へダイブしまっす! 次は「 ドキッ 水着だらけの…」でお願いします 「どうすんだよこれ」スーツを着た俺は倉庫の中で愚痴を吐いた。 「いやだってしょうがないじゃないですか。0円で売ってたんですから普通買いますって」 安田は俺に反論する。だが俺は安田に回し蹴りを入れて言い放つ。 「『安物買いの銭失い』って諺は知ってるか? お前が知るわけないか。知ってたら女性用 水着10000着なんて買わないよな。やっぱ無知って怖いよな。バカってのは迷惑だよな。 なあ安田、聞いてるのかお前のことだぞ。いま俺はちょっと怒っている。お前の低能さに ついてじゃないぞ。お前をビジネスパートナーに選んだ自分に対しての怒りだ。なあ安田 聞いてるのかオイ」 二十回ほど蹴っただろうか。俺は動かなくなった安田を蹴るのをやめると、この巨大な 倉庫に置かれた女性用水着10000着の処分方法について考えていた。おそらく倒産した のであろう前所有者に引き取ってもらうことは無理だろう。すると単純に倉庫代だけで 月十万はかかる。移動させるにはフォークリフトが数台必要だろう。人件費もかかる。 俺ははっきりいってこれが損失を生み出す負の遺産にしか見えなかった。しかも今は秋。 これから冬に突入するというタイミングである。いかな俺とて、売りさばける自信は無い。 「あ、俺いい方法思いつきましたよ。ヤフオクで売ればいいんですよ」 安田が起き上がり提案を始める。つまり安田は自分のようなバカに押し付ければいいと 思っているのだろう。だが、そんなバカが本当にいるものだろうか? 俺は適当に返す。 「じゃあ『ドキッ 水着だらけの…』とかいう名前で出品してみろ。もちろん現地引渡しで、価格は百万だ」 三日後、水着は百万で落札された。オーストラリアの会社らしい。あっちは今から夏に向かう。それで売るための水着が足りないという話だった。 「結局、儲かりましたね」安田は得意げに言う。 「運が良かっただけだ。今度からはもう少しものを考えて仕入れろよ」俺は安田に釘を刺す。 「えーと、実はまた0円で出品されてるものを見つけまして……」 俺は回し蹴りを繰り出し、安田は回転しながら十メートルほど先に吹き飛んだ。 次は「壊れた温湿度計」 >>298 のタイトルは「ドキッ 水着だらけの…」の間違いです。 俺を見ろ、俺を忘れるな。 昼飯に向かういつもの道で何かが違うと気になった。目をやると朽ちかける店舗兼住宅がある。 しばらく眺め腑に落ちた。 ガラス戸――正確にはプラスチック――が大きく破れて、内の暗さがもれていたのだ。 空き家は不気味だ。 満たされない家として人目にさらされ続ける怨嗟を感じるのか。 ちょっと中を覗きたくなった。何が切り捨てられたんだろう。 破れ戸から覗き込む。 予想以上に物が溢れ生活感が生々しく残っている。 食器の類いがあり、商品棚だったのか棚があり、小さなゴム草履(キャラクターがついている)があり。 床に散乱するプラスチックの破片が乾ききったように黄ばんでいる。 笑顔の女性が虚空を見つめて商品を示すポスターでいつ頃廃屋になったかがわかった。 入ってみたいが大人が入るには穴は小さく、肩までしか入らない。 手が届く物といえば床にある計器だ。引き寄せてみればそれは湿度計だった。 見る人がいない間も計測し続け、やがて力つきたか、70を示しあとはぐずぐずに分解している。 壁から落ちたのかもしれないが。 好奇心は満たされた。 湿度計のなれのはてを奥へ投げ込めばカツンと音がして消えた。 とたんにギャーっと声が聞こえて黒い固まりが飛び出しぶつかってきて、私は尻餅をついた。 家が、湿度計が、いや捨て置かれたものすべてが 怒りをあらわにして中から黒い気が吹き出したような。 道路に投げ出した足元には投げた湿度計があった。 壊れた湿度計がまた70と数値を差し出している。見ろ、と。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる