例文



私の暮らしているアパートの北西には川がある。私は朝と夜、会社の行き帰りに硬いコンクリートで舗装された橋を通って通勤している。
毎日私はこの橋を通る度に、足を止めてこの川を覗き込む。川にはほうれん草みたいな緑藻が、水のなかでユラユラ揺れている。水は清いものではないものの、水中には小さい魚が泳いでいる。
水面には、人間の生活品だの、木切れや葉っぱなどが浮いていて、見ていてあまり気持ちのいいものではない。
まったくのドブ川とまではいわないが、誰も足を踏み入れることのない汚れた川だ。

川辺には時々、不思議なものが引っ掛かっている。瓜や茄子など野菜が引っ掛かっていることもあれば、
おもちゃなのか、本物なのか見分けつかない刀の鞘みたいなものがコンクリート塀と石の間に挟まって浮いている。
またある時に七福神か何かの黒い木彫りの人形が同じとこに挟まっていた。

この川は一体どこに繋がっているのだろう?この川に流れついたものは、人間の手によって、捨てられたものなのか、それとも引力の法則により、この川に落ちて流れたものなのか?
私はこの川に流れついたものたちについて、いろいろと想像を膨らませてみる。

川には不思議な魅力がある。川の向こうから流れてくるものにはヒストリーがあり、長いあいだ流れに沿ってきたものたちには、
その流れに沿ってくるまでのプロセスがある筈なのだ。ものがこちらの世界に行き着いた背景には、何らかの因果が宿っている。
このものの因果を想像すると、途方も無い宇宙が広がっている。
流れてきたもののいく末と原因には必ず人が関わっている。この川に到達したものを所有していた主人は、いま生きているのだろうか?
このものを所有していた人が今生きているか、死んでいるかを考える時、私はやはりこのものの主人はは、やはり生きていないのではないかと考える。
川は死海と繋がっているからだ。