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大学が始まって、私は常に誰かといた。ノンストップに物事は進んでいった。そんな状態が、大学が始まってから続いて、いい加減疲れたし嫌になっていた。
今日は家にいて、ゆっくりと溜まった衣類を洗濯して、部屋を片付けて、それで午後はゆっくりする。その間に心の整理ができればいい。
私は、とにかく一人になって、ひたすら動き回って片付けをしながら過去を回想したり、あれこれ考えたりしたかった。
洗濯物が乾くまでの時間、今度は部屋の整理整頓に取り掛かる。部屋の中には雑誌や漫画が所狭しと散乱し、まるでミルフィーユの断面みたいに積み重なっている。
雑誌を纏めて束ねながら、ふと「確かに〜しかし」という表現が思い浮かんだ。彼女はああいった仕草を見せた、But(しかし)彼女は私を振った。まだ時間に追われた受験生の時の感覚が抜けていないのだ。
なんだか皮肉みたいだ。「確かに〜しかし」は、人に何かを伝える時に、物事の側面を見せて、
核心を相手に伝えるために必要な手順ではあるが、何とか皮肉っぽくならない表現方法が他にないかを私はよくよく探ってみた。
それを考えながら、いつのまにか新たな別のことが浮かんできた。部屋の片付けをしながら、頭の中で考えていることがカメレオンのように変化していった。
気づくと部屋に散乱していた物が、小さなスペースに纏められていた。それをみて私は満足な気持ちになった。