また別の場面


そうか思うと、吉田と松山さんとで「青菜に塩」の話から、人間が塩を取るのが良いか悪いかのくだらない議論を始めた。
「塩分は取りすぎない方がいい」と吉田は、いくぶん皮肉めいた口調で云った。
「確かに塩分を摂りすぎると、体内のナトリウム量が増加して、血圧が上がり、腎臓の機能不全が起こることがある。
だけど、減塩を意識するあまり、ただでさえ失われやすいミネラルを摂り損ねてしまう嫌いがある」
また『確かに〜しかし』だ、皮肉だ、と私は思った。
松山さんは健康オタクだった。その割には不健康な生活を送っている。
しばしば松山さんは、食事と五大要素の話をする。前にも炭水化物の話をしていたが、多少理屈っぽくてウザい。
「塩分は摂らない方がいい。そんなの常識でしょ」吉田は、先程から、ちょっと感情的になっていた。だんだん天邪鬼になりかけているようだ。
「いやいや、それは極端でしょ」松山さんは松山さんで、子供みたいな吉田を半分小馬鹿にしたような言い方をする。もっと大人になれないのか、と私は思った。
「身体ってのは、常に代謝している。君の言っていることは尤もだが、塩分は小まめに摂ったほうがいい」
薄笑いを浮かべている松山さんをみんなどのように見ているのか、私は周りをキョロキョロと見渡した。みんなこの議論に注目しているようだ。
「塩分は摂らなくていいんだよ! まったく摂らなくてもいいくらいだ」とうとう吉田は、癇癪を起こした。
冷静に考えれば、要はバランスの問題なのだ。議論の内容自体はくだらないものだったが、天邪鬼になっている二人の掛け合いは見ものだった。
「塩分の摂り過ぎはよくないよね」と私の前にいた竹田舞子という女が、その隣にいる鈴木さんという女に囁いた。
舞子は、どうしてどうみても分が悪い吉田の肩を持ったのだろう? 私は舞子をマジマジ眺めた。そもそも舞子は、吉田の味方だと云ったのか、それとも松山さんのことを嫌いだといいたいのか、私はそのことを考えていた。
そうこうしていると、部屋のドアーが開いて、小川教授が姿を現した。