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町にひとつしかない万屋の風情を残したコンビニでタバコを買って、先に続く坂道を登り切ると、そこには私の目的地である寺があった。
この寺には妻のご先祖と妻自身が眠る墓がある。私には毎年、ひとりだけ先に墓参りを済ます慣例がある。父親の肩書きを降ろして、夫として妻と語らいたいのだ。大半は愚痴である。
7歳の娘と4歳の息子。親子3人で奮闘する毎日がいかに大変であるかを妻に愚痴愚痴とぶつけてやるのだ。
けれども今回は嬉しい報告もひとつできそうだ。
俺の誕生日が復活したよ、と。私は墓前にしゃがみ込み、娘がくれた誕生日プレゼントの話を妻に語った。

 もともと心臓に病を抱えていた妻は、次男出産の肥立ちが悪く突然にこの世を去った。医者からの忠告はあった。
一人っ子の淋しさを知る妻はこれを振り切った。不安があった私も、娘の出産の成功から妻に同意した迂闊があった。

「こんな日がくるとは思わなかった」
唐突に訪れた絶望の内に私の頭を巡った言葉だ。

「こんな日がくるとは思わなかった」
同じ言葉を娘が私に思い出させてくれた。

人生の其処彼処に仕掛けられた「こんな日」を、私はあと幾つ辿る事になるのだろうか。

 いつの間にか騒がしかった蝉の合唱もヒグラシの独唱に変わり、日も少しずつ傾き始めた。
「愚痴を聞いてくれてありがとう」妻の墓にそうつぶやいた。
愚痴しか言わぬ駄目な夫は、明日には頑張るパパとしてここに戻らねばならない。
私は立ち上がり妻の墓を去ろうとする。ふと、一陣の涼やかな風が私の頬を撫でた。
 妻の私に対する労いなのかもしれない。私は勝手にそう考えていた。

終わりです。よろしくお願いします。