>>820を書いた者です。


月の光線は海原(うなばら)を銀面に染め、てらてらと光る湾央は、あの子を思い出させた。

16の夏の夜、俺は、度々あの子と海に出かけた。

裸のまま泳ぐ海は、揺り籠であった。天上に散らばる星はあの子の濡れた髪を照らし、波の揺れに任せるままに、俺は海とあの子を抱いた。
あの子の肢体から伝わる柔らかな温度は、潮に蕩けそうな俺の輪郭を乱暴に昂らせ、たまらなく恍乎した気持ちで、時よ流れてくれるな、ずっと自然にたゆたうことを俺は星月夜に願ったものだった。あの子の唇は海の味がした。

あの子は18に東京、その後にアメリカへ渡った。かつては憧れた、あの子の光然晴れわたる空ような奔放爛漫さに、今は鬱々とした感情を覚える。
あの夜、俺はやがて手元を離れる蛹(さなぎ)を抱いていた。羽化し、遠くに行ってしまったあの子を抱くことはもう叶わない。水晶のような追憶の抜け殻だけを残して、海辺の町から羽ばたいていったあの子。

サンティアゴの海よ、彼女をよろしく。