>>269
 寒いな、と誰かが言ったのに、その言った声はなかったように過ぎ去っていく。誰もそうだね、と言わない。もはやいう気力さえ残っていないのだろう。永遠とそれほど変わらないくらいの暗い期間を拭う日があらわれれば、我々は再び行動する。と、遺して亡くなったの墓を見ながら、おそらく周辺に住む全員は拝んでいる。もうそれは、国の柄など感じさせないくらいに強引に手をがっちりと組んで拝んでいるのであった。
 ある学者によると、夜明けは近いのだそうだが、その夜明けが近かったことを確認することはできずに、少し前に死んだ。ここ周辺に医者はいない。しかし、医者とは何かは知っている。とある家には大きな大きな国語辞典がある。お腹が空いたらその端を食べるそうで、多少の穴はあるものの、その穴の中の文字を知りたくなるほどに、辞書として多用しているわけではないのだった。とにかく、夜明けは近いと言って死んだその学者を周辺のものの中でも特に腹をすかせた人々に食べさせ、その学者の墓はたてなかった。おそらくこれで日がのぼり、あたたかくなったら彼の墓を皆でたてるだろう。のぼらなかったら死ぬのみだ。子供に託すが、その結果を知ることはできない。やはりほとんどのものがその結果にこだわって生きているのだった。だからこそ皆手を握ってお願いをし、そのお願いを受けている相手も、実のところ自分達と同類である、という疑いなど、一切もたずに、何か許してもらうように、プツプツと呟きながら、それを見て一人一人が結果というものを望んでいるのだった。
あれ、日?と誰かが言った。寒いな、とは違い、場の空気は一変し、一様にしてもうわからなくなってしまった。東と思っている方向を各々が見た。どこからも日はのぼっていなかった。
「あれ、日?」と言ったのは誰かがほとんど全員が察して、それと思われる人を見つけたら、どうするのだろうか。その間に日はのぼる、と神たるもの信じてやまないのだ。
ドヤ!