あなたは「比較」がやめられないので、
常にアレのほうが優れているとそう言い続けたいのだ。
あるいは自分の優劣が非常に気になる

あなたは「比較」をやめてしまった人たちのまえでは
困ってしまうのだろう

だが、なにかを「楽しむのなら」
そこに比較があってはまったく楽しめないのだ。

天気の悪い日に山に登って
そこで晴れた日に撮られたパンフレットの写真を見ながら、
残念がっている人をよく見かけるが、それは馬鹿げていないだろうか?

もしそこで、どこか違う場所に行けばよかった
晴れていればよかった、季節がちがったら良かった
カメラがフルサイズだったら良かったと

なにも比較しなかったのなら
楽しい登山であり発見するものもあったはずなのである。
気持ちよく写真を撮ったことだろう。

なんであれ「比較」が入り込むところには楽しさはなく
なにか不足しているのではいのかと恐れを得るだけなのである。