同一世界線上に岡部の複数の主観が存在するのは誤り。
それを許してしまうとプレイヤー視点としての岡部だけが主観を持ってるわけじゃなくなるからね。
ゲームにない2014年の岡部の主観なんてのも設定できるし、主観が設定できる以上はDメールを送れる。
そうなれば世界線は一瞬たりとも同じでいられなくなるよ。
だから重要なのは、現在がいつかをきちんと設定して、それより未来の岡部は収束にすぎず
可能性を描いているとしないと必ず破綻する。過去はもちろん勝手に行動を変えない。

それでもシュタゲ0とシュタゲでは執念岡部と本編岡部のふたりが存在してしまうけど、
これはシュタゲ0とシュタゲが別のゲームで、ゲームとして岡部に主観を与えてしまっているから

未来の岡部はどこかへ消えてしまったから、2036年SGで本編の岡部の意識が乗っ取られることはないけど
それは別に複数の主観があることの破綻を否定できてるわけじゃないからね。